第29話、I wish
「……それで、試練の本当の目的って何なんですの?」
それから、場所を戻して、居間。
それを知れば、何故スカーレットが自分たちに呪いを施したのかが分かる。
そんな意気込みをもってハルカがロウに……そしてすっかり回復し、呪印を失ってサウザンの家供(ファミリア)となったババロアにその返答を要求する。
下で大人しく……なんてしてることもなく、ちゃっかりサウザンたちの話を聞いていたハルカたちの顔は、事情を説明する暇もなく真剣だった。
スピカあたりは、結局サウザンとババロアとロウだけで戻ってきたのを見て、他の名を持つものたちはどうなったのか、非常に気になっているようだったが……。
話を聞いてみれば、返ってきた答えはみんな同じだった。
このまま死にゆくよりは、何であろうと生きたい。
その理由としては、それこそ様々で。
サウザンが考えていたような後ろ向きな考えを持つものは、誰一人としていなかった。
それならばと。
サウザンは、【夢奏一詩】と呼ばれる歌を紡いだ。
生まれたのは必要とするものの数だけの矢。
それらは、全ての無念を負った魂を貫き、サウザンとの切れない鎖をつくる。
だがそこで、ハルカやババロアの時とは、少し異なる変化が起こった。
ババロアが時の止まった部屋で引き止めていたのは、彼らの魂ともいうべき存在のみだったせいもあり、彼らはサウザンの家供(ファミリア)となっても、その肉体を持つことがなかったのだ。
だから今は、彼らはサウザンの身体の中にいる。
多重人格のようなものだと口では説明されたけど、いまいちスピカにはピンとこないらしい。
その度に気にするようにしてサウザンのことを見てくるスピカのことをぎりぎりのところで受け流しつつ、サウザンは目下検討中の話題に耳を傾ける。
「喜望の塔で流脈を探す。……それが試練の内容じゃなかったんですか?」
それは、今の今まで騙されていたようなものだろうと、僅かばかりご立腹な様子でマリが言葉を紡ぐ。
「まぁ、その事は前世界からの生き字引のロウさんに聞くのが一番だと思うけどね、オレもそれほど詳しいわけじゃないし」
「おぬしこそ似たようなもんじゃろが……まあいい。試練の真の目的、今まで話さなかったのは詫びようぞ。じゃが、それには理由があったのじゃよ。とはいえ、今回のスカーレットの行動を考えれば話さぬわけにはいかんだろうがな」
場を重くしないためか、のらりくらりとそんな事を言うババロア。
ロウはそれに答えるように言葉を返し、サウザンの頭の上から久しぶりに降り立つと、こたつの真ん中に陣取り、改めて一同を見渡す。
「ひとつひとつ順を追っていこうか。まずは、試練の真の目的じゃが……そもそも一時しのぎだとは思わなかったかね? 前神の任期は終わったら次の神を決めるための試練を行う、なんてことは」
「言われてみれば、そうだよね。黒い太陽から逃げ隠れて暮らしてるだけだもん」
「つまり、真の目的っていうのは、黒い太陽をやっつけるってこと?」
そして最初の問いかけに答えたのはスピカだった。
確かに言われてみれば今まで聞かされていた試練は、たとえ達成しても、逃げ隠れて暮らすという根本は何も変わっていなかった。
その事に気づかないのなら、それはそれでいいのかもしれないけれど……。
素直に、その根本の理由をどうにかすることが目的なのだろうかとサウザンが口にすると、ロウは何だか曖昧な感じで頷いた。
「世界を、人を滅ぼすもの、としてはそうとも言えるかもしれぬな。正確にはそもそも完なるもの……黒い太陽が生まれた原因を探り、その力生まれるのを阻止する、というのが本来の試練の目的じゃ」
それが達成できるかどうかは別としても。
それは正に神となる試練に相応しいものだったろう。
だが、それがそのままの意味であるのならば。
隠しておく必要もないだろうし、そもそもスカーレットがハルカやババロアに炎の呪いをかける意味が分からなくなってしまう。
「ですが……それだと、スカーレットさんがわたしの役目を代わってくれるって言った意味が繋がらないですよね? その原因を探すのに、何かあるんですか? ロウ様がかつてわたしに怒った、その理由が」
そんなサウザンの心情を代弁するかのように口を開いたのはマリで。
ロウはそれに重大なことを伝えるとばかりに重々しく頷いて、サウザンの事を見据える。
「滅びの原因をつきとめ、阻止するために、おぬしはいかなる行動を取る?」
サウザンはそれを、ネセサリーの教本を使うならば、という意味で聞かれているのだと、考えた。
歌の力で、滅びを止めるということならば。
実は……直接対象を害することのできる力を持ち合わせていないネセサリーの教本であったが。
その中でそれが可能かもしれないと考えうるものが、ひとつだけあった。
それは、サウザンにとっての一番のお気に入りの歌だ。
しかし、その原因が忘れ去られるほどの過去のことならば、その効果はあまり期待はできないだろう。
そこには、大きな壁がある。
「ちょっと、難しくて、分かんないかも」
他にうまくいきそうな歌の力が見当たらなくて、サウザンは首を横に振る。
「簡単じゃよ。世界が黒い太陽によって滅ぼされるその前まで時を遡り、それを起こらぬようにすればよいのじゃ」
「ええっ!? そんな事できるの?」
「できる。そう言う歌の力は確かに存在しておるからの」
スピカの驚愕交じりの問いかけに、断言して頷くロウ。
「え? で、でも、ネセサリーの教本にはそんな歌載ってなかったよ?」
「当たり前じゃ。その本には、何かを傷つけ失わせる様な攻撃的な歌は一切載っておらん。だからこそ黒い太陽が恐れるのじゃ」
記憶を辿りながらサウザンがそう言うと、
返ってきたのはそんな言葉で。
それはすなわち、過去へ戻ることが、何かを傷つけ、失わせる力である、ということを意味していた。
「それでは、過去を渡るその力は、何かを犠牲にする力ということですの?」
答えが近づいてきたからなのか、必然と低くなるハルカの声。
「それにはオレが答えようか。時(リヴァ)の力ときたら、一応オレの専門だからな」
それに割って入るように手を上げたのは、ババロアだった。
「またしても質問になるけど、サウザン様は何をもって歌を発動しているのかは、知っているかい?」
「ええと……生命力って言うか、唱力かな?」
自分が死ねばハルカやババロアたちも同じ運命を辿ってしまう。
その事を思い出し、それでもサウザンは自信なさそうにそう答える。
「そう、その通り。そして、その中でも時(リヴァ)の歌は特殊なんだ。大昔の文献では、何百人も犠牲にして未来を占ったって話もあるくらいだし」
そんなサウザンの言葉に満足そうに頷いて発せられたババロアの言葉は、もうほとんど答えだった。
背中に冷たいものが落ちるのを感じる中、それを引き継ぐ形でロウが言葉を続ける。
「だが人はそんなところでも進化の手を止めなかった。ある時、前世界の人間が、一人の人間の命を犠牲にし、それを鍵とすることで時を渡る扉を、そのための船を作ることに成功したのだ。その鍵を作るための歌は、プレサイドの世界で発見された、古びた書物に書かれている。噂くらいは聞いたことがあったじゃろう? 読み歌うと命を落とす、そんな怖い本の話を」
それを聞き息をのむ、スピカとハルカ。
もしかしたらそれは、小さい頃、みだり歌を歌わないようにと、子供を躾けるためのものだったのかもしれないが……。
何よりそれが恐ろしいのは、それが本当だということだろう。
「それは、どこに?」
扉のありか。
話の流れからして、それは気になるところだろう。
そんなマリの問いかけには、ロウが首を振って、
「分からぬ。……じゃが。喜望の塔にある可能性は高いじゃろうな」
それでもはっきりと、そう答える。
「じゃあ、姉さんや母さんは……」
「どちらかが犠牲になるつもりなんじゃろう。だからサウザンには話さなかった。マリの試練の辞退を快く引き受け、ひいては邪魔になるだろう他の名を持つものの動きを、その呪いの炎によってとどめた」
それは決定的とも言える、全てが繋がる、そんな答えだった。
「わたくしは、邪魔、ですか?」
「そうじゃろう? おぬし、スカーレットたちがその身を犠牲にすると言ったら、なんとする」
「……止めますね。そんな事させません」
だから邪魔だった。
だから炎の呪いをかけた。
サウザンがやってくることを、スピカがサウザンを連れてくることを、見越して。
「他の人間が犠牲になるくらいなら自分が……か。たいした自己犠牲だよ。そのための話し合いの場すら持たせてくれなかったわけなんだからな」
ハルカもババロアも、悔しそうだった。
マリとスピカは、何を言ったらいいのかも分からず、俯いている。
「止めなくちゃ、そんな事絶対させちゃいけない! 行こう、喜望の塔へ!」
何かそれに代わる、世界を救う案があるわけじゃない。
ただ許せなかった。
家族だと思っている人たちが、何も言わずそんな事を考えていたことにこれっぽっちも気づけなかった自分。
多分、その叫びは、そんなサウザンの我が侭にも等しかったけれど。
「……じゃな。わしを無視しよって。お灸を据える必要があるようじゃのう」
それに合わせるようにして、ロウがそう頷いてくれたから。
その瞬間、サウザンたちの指針は決まっていて……。
(第30話につづく)
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