第28話、Soul inspiratipn



「足場が悪いから気をつけて」


そうしてババロアに案内されて辿り着いたのは。

公園から山へ向かうだろう坂道の途中にある一軒家だった。


おそらく、二階建ての建物だったのだろう。

そのあったはずの二階の建物は引きちぎられたかのようにごっそりとなくなっており、一階の壁部分が瓦礫に埋もれつつも、何とか体裁を保っている。


ババロアは、その吹き飛んでなくなっている玄関口から天井が吹き抜け野ざらしになっている一階部分へと、足を踏み入れる。

圧倒されるままに連れてこられたのは、おそらく居間だろう場所で。

枠しかないテレビを横目に、瓦礫に埋もれながらもかろうじて残っていたこたつの、埃をかぶった掛け布団を持ち上げる。



「ちょっと狭いけど……それも入り口だけだから、我慢してな」


そう言うババロア自身も相当辛いだろうに、額の汗を拭いもせずに、堀になっている部分に潜り込む。

それは一見、滑稽にも思える行動だったが。



「あ、黒い輪っかがある」

「本当ですわね……」


それにスピカやハルカが気づいたのとほぼ同時に、堀の下に貼り付けてあった輪が光り、ババロアが吸い込まれていくのが分かった。


「この下にババロアさんたちの暮らす世界があるってことですよね?」

「続けってことかぁ……」


何ていうか、隠れ住むという実態を垣間見たような気がして、マリとサウザンは顔を見合わせ苦笑を浮かべつつも、まずはサウザンが先陣を切る。


黒の輪の中に手を触れると、確かに感触がなかった。

その代わりに引っ張られるような感覚。

一瞬の酩酊とともに、サウザンは手のひらからどうやっても通れないだろうサイズの黒の輪に吸い込まれて。

すぐに感じるのは、自分の体重による下方への負荷。

目を開ければ、目の前にはこたつ机の外された、先ほど見たのと同じこたつが目に入って。



「ぶほっ!?」


自分が蛍光灯にも似た、吊り下げられた白い輪から落ちたことに気づかされる。


「平気かサウザン。顔面から突っ込んだようじゃが」

「は、ははっ。平気平気」


ぎりぎり両手を使って、ロウを下敷きにするという惨事を免れたサウザンは、机をどけていてくれたことへの気遣いを感じつつも、すぐさまよろよろとその場を離れる。

早々にその場を離脱したのは言うまでもなかった。


「おっ……とっと!」


次に見たまんま光る蛍光灯から出てきたのはスピカだった。

スピカは落っこちていく自分に驚いたものの、身のこなし軽く体を回転させて、見事こたつの上に着地する。

そして、サウザンに向かってVサイン。



「あ、あぶな」

「……っ!?ちょっと、どきなさいよっ!」

「うわわぶぅっ!?」


そんな事してる場合じゃない、避けないと危ないよ、と助言するよりも早く。

落ちてくるのはハルカだった。

スピカのように華麗にとはいかず、もろにハルカはスピカの上に落ちる。



「……わっ、わわわ」

「にぎゃぁっ!?」

「ぐはっ」


そこにとどめの、あまり緊張感があるようには思えないマリの焦りの声。

ちょっとした惨事がサウザンの目の前に展開する。


「……なるほど。だから一番乗りで飛び込んだのか」


そんな風にロウがうなるのも分かる、くんずほぐれつの光景が。


「みんな無事に……って、こりゃしまったな。間隔置いて入るようにって説明するの忘れてたか?」


そこに、どう見ても確信犯なババロアが顔を出して。


「って、みんな大丈夫!?」


はっとなったサウザンは、慌てて駆け寄り、ハルカとスピカを下敷きにして座り込んでいるマリの手を取る。



「え? わ、わぁっ!? ご、ごめんなさいっ」


それで初めてマリは、ハルカとスピカを下敷きにしていることに気づいたのだろう。

慌てて起き上がり、謝り倒していて。



「いったぁ……もう! サウザン様、覚えておきなさい!」

「ええっ、ぼ、僕!?」

「うう……ハルカちゃん、おもい~」

「なっ、わたくしは重くなどっ!」

「にゃっ! やめて動かないで中身でるぅ~っ!」


そしてすぐに大騒ぎになって……。


それがようやっと落ち着きを取り戻し、この世界が現実では廃墟と化していたババロアの家そのものだったという事に気づかされたのは、しばらく経ってからで。


真面目なのかふざけているのかいまいちよく分からなくなってきていたババロアに連れられて、ババロアたっての希望でマリたちをその場に残し、サウザンはロウとともにそのまま二階へと案内されて。



「えっ?」


そこには、霞んでいて終わりがないように見える、左右に部屋のある廊下が続いていた。


「これは、まさか……」

「ああ、そのまさかだよ。ここが、オレの力の真骨頂でもある、『時(リヴァ)の家』さ。故あってここから離れられなくなってしまった子たちが、みんなここで暮らしてる」

「それってつまり、ここにいるみんなが炎の呪いの……被害者ってこと?」


だからババロアは、サウザンをここに連れてきたのだと、判断していたわけだが。

あろうことかババロアは、それに首を振った。


「いや、これを受けたのは生き残っていたオレだけさ。ここにいるのは……試練が始まって……いや、始まるよりも前に、命を落とした子たちなんだ」

「な……」

「……」


恐ろしいほどの静寂が、辺りに満ちる。

特に、ロウの沈みようは尋常じゃなかった。

それもそうだろう。

神だからとて、無闇に感知も関与もしない。

その行動が、裏目に出てしまったということなのだから。


「オレがスカーレットさんたちと出会ったのは、『ゴルドボクス』って世界だった。喜望の塔に一番近い世界。正直に言えばもう手遅れだったんだ。そこに暮らす子たちは、たくさんの黒い人間たちの手にかかって……オレたちは助けてやることもできなかった。だから……敵を討って世界を救うための、真の目的を果たす。少なくともオレはそのつもりでいたし、スカーレットさんたちがいればそれは可能だと思っていた」


その重い静寂を埋めるように、ババロアは辛さを滲ませ、語りだす。


真の目的。

神になる他に、そのための歌の力の源である流脈を探す他に何かあるのだろうかとサウザンは思ったが、今はまだ話の腰を折る場面じゃない気がして、黙って先を促す。


「そしたらこの呪印さ。『あなたはまだ生きなければならない』って。……矛盾してるだろ? 一度つけられたら焼け死ぬしかない力なのにさ。それを問い質したら、君の話をされたよ。待っていてくれって。悲劇の運命を辿った子たちとともに、救われるのを……ってさ。オレはていのいい足止めを食らわされたってわけだ。自分の命を人質にされてさ」


そう語るババロアの口調には、やはりそれに対しての怒りはなかった。

……いや、怒りはあるのだろう。

ただしそれは、スカーレットたちに対してではなく、自分自身に対して。


「つまり……つまりそれは、ババロアさんの呪いも、死んじゃった人のことも僕が助けるから、待っててくれって言われたってこと?」

「そうなるね。さすが、物分りが早くて助かるよ」


軽い調子のババロアの言葉。

そんな、ババロアにかけられた呪いの件はともかくとして、常識的にできるわけないじゃないかって一笑にふせればまだよかったのかもしれない。


だけど、サウザンは知っている。

それすら場合によっては可能にしてしまうかもしれない歌が、『ネセサリーの教本』の中に秘められていることを。


「【夢奏一詩】か。しかしあれは、死者の魂が側になければ使えぬ力じゃが……」



―――【夢奏一詩】。


ネセサリーの教本、100ページに記載されている歌の力。

誰もが一度は願う、その力。

死者を……家供(ファミリア)として蘇らせる力。

【過度適合】と双璧をなす、あまり使いたくはないそんな力だ。


「知ってるさ。だからその魂ごと、時が止まったこのオレの領域(フィールド)で、待っていてもらってるのさ」

「なるほど……準備は万端、後は舞台の上の演者の登場を待つのみ、といったところか」


と。サウザンの意思の外で、勝手にどんどんと進んでいく二人の会話。

それに気づき、はっとなってサウザンは叫んだ。



「待って、待ってよ! 勝手すぎるよ! 死んじゃって……知らない間に誰かの家供(ファミリア)にされるなんてさ! このままっ、このままほっといてくれたほうがいいんだって人だって、いるかもしれないじゃないか!」


魂の叫び。

それはもしかしたら、サウザン自身の表に出すことのなかった本音だったのかもしれない。


好きな人に情けなくも庇われるように守られて。

その好きな人は幻で。

幻の世界の裏に厳しい現実があって。


本当は耐えられなかった。

想いが届かなかった……振られてしまった時点で、この世から消えてしまえばよかったのにって、ずっと思っていた。


だけど、サウザンは生かされ、生きている。

何かに導かれ操られているかのように。


それはもしかしたら、死んでいってしまった人たちにこれからしようとしている事と同じなのかもしれない。

そう思ったら、いたたまれなくて。

気づけばサウザンは、叫んでいた。

その本音を……ロウやババロアがどこまで捉えたかは分からないけれど。



「そうだな。だから君に直接話を聞いてもらいたい。そのまま時の止まった部屋を出て滅び行く道を選ぶか、君とともに生きる道を選ぶかを……っ」

「ババロアっ!」


最後まで笑顔。

言いたいことを言って、もう言うことは何もないとばかりに。

やせ我慢することもないとばかりに、ゆっくりと倒れ伏すババロア。

とっさにサウザンが抱えれば、火傷するほどのひどい熱だった。

それは、生きているのが不思議なくらいのやせ我慢だったのだろう。

きっとババロアは、サウザンが死者の意思を聞き、良いようにしてくれる事を信じ、自らの命も顧みず、この場を維持し続けたのだろう。

そこまでされて、そこまで追い詰められて、首を横に振ることなど、どうしてできよう。


「みんながここまでしなくちゃいけない……試練の本当の目的、教えてくれるんでしょ?」


だから代わりに、サウザンはロウを見上げて、そう言った。



「……うむ。どうやら、それが全ての答えのようじゃしの」


するとロウは重々しくもそう答えてくれたから……。

サウザンもひとつ頷き、ネセサリーの教本を開き、光溢れるページに目を落とす。


まずは、ババロアの呪いを解く。

全てはそこからだった……。



            (第29話につづく)






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