第27話、HEARTBEAT
「ええと、初めまして。オレはババロアって言うんだけど……君がサウザン君かな?」
サウザンが不意に感じた疎外感のようなものから解放してくれたかのように。
朗らかで人当たりの良さそうな、落ち着いた雰囲気を持った青年の声が、背後から聞こえてくる。
明らかに年下のサウザンに対しても一定の礼儀をもって接してくれているところが非常に好感が持てるというか、仲良くなれそうかも、だなんて勝手に思っていて。
「あ、はい。はじめまして。僕がサウザンですけど」
「ふむ。こんな事態になってもおぬしは変わらんのだな。……どうやら息災とはいかぬようじゃが」
だからサウザンも名乗り、どうして名前を知っているのか伺おうとすると。
それより先に口を開いたのはロウだった。
口振りからすると、ロウの知り合いとは彼のことらしい。
長年のつきあいのある友人のような言い回しだったから、もっと年齢がいっているかと思いきや、ずいぶんと若い。
「……その声と奇怪なしゃべり方は、ロウ・ランダーかい? あるいはその主が死のうとも生きていられるっていう特別な命を与えられし家供(ファミリア)か」
「どちらかというと本人という感覚の方が近いがの」
「そっか。ずいぶんと変わったな」
「おぬしが変わらなすぎるだけじゃよ」
「それが時(リヴァ)の名を持つものの特権だからねえ」
だが、長年来の知り合いであるという事は本当らしく、気づけば積もる話を始めている。
ロウが本当に生きていたことの証のようなものがそこにはあって。
ロウがつくりものでないことを改めてサウザンが実感していると、ロウはさらに言葉を続けた。
「それで? どうやらわしらを探しておったようじゃが、何かあったのか? こちらもおぬしに用があっての。迎えにきてくれたのは幸いじゃったが」
「ああ、サウザン君のさ、お姉さん方に言われたのさ。大人しくしてれば命だけは助けてやるって。サウザン君が助けてくれるって。……いやぁ、してやられたね。オレとしたことが」
あくまで朗らかに、そこには怒りも何もなく。
ババロアはそんな事を言って二の腕を差し出してくる。
そこには、焼き印されたかのようなロマンティカ家の紋様が刻まれていた。
「ふいをつかれて、気づいたらオレの腕にこれはあった。力を使うことで身を焦がす、この呪印がさ。そんなわけで、ちょっとまずい状況なんだよね。交換条件ってわけじゃないけどさ、そっちの用より先に、まずは助けてくれると結構助かるんだけど」
「……涼しい顔をしよってからに。そうそうに動けるものでもあるまい?」
「いやぁ、これでもオレ、ここいらのまとめ役みたいなもんだし、だらしない姿は見せられないからさ」
言って笑うババロアは、よくよく見れば髪にか売れた隠れた額にびっしりと汗をかいていて、顔をも火照っていた。
「凄い。あの呪いを受けて動けるなんて……」
その事の凄さを一番よく分かっていたのは、自身も炎の呪いを受けたハルカだったんだろう。
その炎の呪いがサウザンにしか解けないのならば。
理由が何であれしでかしたのが自身の身内であるのならば。
サウザンにはその呪いを解く義務があるのだろう。
だが、それにはリスク……あるいは代価がつきまとう。
今は元気そうなハルカを見ていると、一見なんでもないことのようにも思えるが、その事を説明せずにババロアの言葉に頷くわけにはいかなかった。
「炎の呪いを解くのは構わないんだけど……」
「ああ、そうじゃな。そこからはわしが話そう」
口を開いたサウザンの言葉を繋ぐようにして、ロウはその代価についての説明を始める。
基本的に、スカーレットの炎の呪いの標的にされ、それを受けてしまえば、炎に焦がれることを回避するのは難しい。
その呪いは、標的と決めたものがその身に秘める唱力を少しずつ奪い、焼き殺すまで離れないからだ。
だが、その標的が別個の存在に変わることで、呪いの炎は標的を見失い、消える。
それこそがネセサリーの教本に書かれている歌のひとつであり、呪いを解くための代価でもあった。
―――【過度適合】。
受けたものの個を奪い、家供(ファミリア)と化す歌。
人の人生を奪ってしまうかもしれないものなのに、その怖さにそれほどの実感がわかないのは、その事でサウザンが心を痛めるだろうことを、受けたハルカが分かっていたからなんだろう。
ロウがその事を軽妙な語り口で説明して。
その場に訪れるは一瞬の間。
そう、一瞬だった。
「なるほどね。そういうこと……か。分かった。これでもまだまだ死にたくはないんでね、よろしく頼むよサウザン君」
明るい調子を崩すことなく、あっさりとババロアはそんな事を言う。
「そ、そんな簡単に決めちゃっていいんですか?」
それに戸惑うのは、サウザンばかりで。
「もちろん。これでも人を見る目はあるほうなんだ。そのおかげで、こんな焼き印押されちゃったのも確かなんだけどね」
あっけらかんと、ババロアはそんな言葉を返す。
その言葉の意味するところはつまり、スカーレットが、ハルカやババロアに炎の呪いをかけたのは、何らかの意味があった……ということでもあって。
サウザンには、そんなババロアがその理由を知ってるのではないかと。
死ぬかもしれない目に合わされているのにも関わらずその事に怒ろうともしないババロアを見て、そう思っていて。
「……でも、確かに言われてみればオレがよくたって他の子たちが何て言うかだな。まぁ、進んで死にたいやつなんざ一人もいなかったとは思うが、念のため説明したほうがいいかもしれないな。よし、それじゃあみんな、ついてきてくれ」
そんな事を考えているサウザンをよそにババロアは一人納得して、どこへともなく歩き出してしまう。
「ふぅむ。どちらにせよ陽が沈む前にババロアの家……やつの世界に厄介になるつもりだったしの、向かうとするか。こちらの用件を為すに、そう簡単にはいかぬようじゃがな」
ババロア以外にも呪いをかけられてしまった人物がいるのだろうか?
ババロアがそうだと言うのなら、確かに自分たちのことよりそっちをどうにかするのが先なのだろう。
サウザンたちはそれに頷き、ババロアの後を追ったのだった。
「夕焼けかぁ、見たかったな……」
そんな、その場を離れるのがどこか名残惜しげなスピカの声を背に受けながら……。
(第28話につづく)
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