第26話、ノスタル ~遠い約束~



その後。

心情の変化があったのか、マリはスピカとハルカに支えられ、何とか飛べるようになったようだった。


初めは緊張していたが、そのうちに他愛もないおしゃべりなどもできるようになって。

もう慣れただろう、なんて思う頃には。

サウザンたちは海を渡りきり、眼下に陸地が見えてくるようになっていて。



そのまま降り立つことはぜず、サウザンたちはひたすらロウの指し示すワカサと呼ばれる場所を目指す。


だが、外界へ出たことによる浮かれ気分は、最初の一瞬だけだった。

サウザンたちの目の前に広がる、破壊しつくされた人の暮らす世界を目の当たりにして、一同の間に重い沈黙が支配する。


最初に見えてきたのは、おそらくは元々学園だったのだろう、そんな場所だった。

建物の屋根と言う屋根は壊され、壁には大きな爪痕のようなものが残り、上空から丸見えになった家屋からは、様々な木々草花が我が物顔で顔を出しているのが見える。

だが、かろうじて建物があることが分かるそれはまだ、マシなほうだったのだろう。



「すごいな。何をしたらこんなことになるんだろう……」


それは、大地の底が見えないくらい深く、大きく抉られた大地。

広さはジャスポースの世界など比べ物にならぬほどに広いだろう。

四角く抉られた大きな穴。

例えるなら、宮殿のような大きな建物があって、それが丸ごと消えてしまったかのような、そんな感覚。



「ここには昔、プレサイドの世界があったんじゃ」

「えっ?」

「……っ」


それに、たった一言、簡潔な言葉を口にしたのはロウだった。

驚愕に息をのむプレサイド出身のスピカとハルカ。


「……避難したのじゃよ。世界ごと、黒い太陽からな」


まるでここにあったプレサイドの世界が、生きていたかのようなロウの物言い。

言葉面だけなら俄かには信じがたいことであったが。

こうして現場を目の当たりにしていると、それは正しいことのように思えてくる。


「そっか。この穴ぼこってよく見たら人型だもんね。プレサイドはここに寝てたんだ」

「人型、ですか?」

「ええ、わたくしたちの世界は元々、動く巨大な人型だったって言い伝えがあるの」


纏めたハルカの言葉に、動く人型……ロボットであるロウに視線が集まる。


「こやつは操縦タイプじゃったから、わしらとは根本は違うがの、ま、そう言うことじゃ。なんならこやつの英雄譚を話せて聞かせたいとこじゃが、日の暮れまであまり余裕はないぞい。とにかく、今は急ぐのじゃ」


初めはそれに、何だか嬉しそうに解説を始めようとするロウだったけれど。

時間がない、というのは確かなのだろう。


何せ目的地はロウしか知らないのだ。

まだ日は高かったが、そう言うロウのことばに異論などあるはずもなく、サウザンたちは再び空を進んでゆく。



人が生き暮らしたその証だけを集中的に破壊しつくされているようにも見えるその世界。

山間にかかる大きく長い橋は細切れに落とされ。

背の高いビルは根本から折られて瓦礫の醜態を晒す。

鉄塔は引っこ抜かれて電線を絡ませ谷へと丸まり。

さぞかし大きかったろうショッピングモールのど真ん中には、大きな樹が、一国の主のごとく座している。


何より圧巻だったのは、元は多くの人で賑わっていたという海水浴場であった。

巨大な隕石でも落ちたかのようなクレーターが、砂浜を吹き飛ばし、擂り鉢状に落ち窪んでいる。

それはまるで、巨大なアリジゴクのようで。


「一体、人間は何をしてしまったのですか? ここまでされるほどの罪を犯してしまったんでしょうか……」


何とか一人で飛べるようになったらしいマリの重い呟き。

それは、滅んだ世界のことを聞かされた時に、訊く事のできなかった疑問だった。



「この世界作りしものも、もしかしたらここまでするつもりはなかったのかもしれぬ。……唯一分かっておることは、黒い太陽の力は世界作りしものですら手に余る力じゃった、ということじゃろうな」


しかしロウは、その答えを曖昧に濁す。

どうして人間は滅びに追い込まれなければならなかったのか。

その確実な答えを口にしようとしない。


サウザンは、ロウがそれを知らないとは思えなかった。

それでもなお語ろうとしないのは、きっと何かの意図があるのだろうと。



「ここは黒い太陽が世界を滅ぼすきっかけとなった爆心地じゃ。わしは日が陰る前に立ち去ることをお勧めするがの」


と、そこで、結局また立ち止まってしまったことにちょっとおかんむりな様子のロウの言葉が脳天に響いてくる。


何だかやっぱり、ロウは引率の先生みたいだな、なんては内心思いつつ。

サウザンたちは再び空の行軍を開始する。



そうして。

本物の太陽がその色を濃くし始めた頃。

辿り着いたのは元々どこかの町だったらしい、その公園跡の一角だった。




「あれ? ボク、なんかここ知ってる気がする……」


と、そこに降り立って眼下に広がる……遠目には海、近場には廃墟の森と化した光景を見て、スピカが不思議そうにそう呟いた。

それに、あからさまに驚いた反応を見せるマリとハルカ。


「……え? スピカもですの? 今、わたくしもそう思っていたところなのよ」

「わたしもです。なんだか懐かしいっていうか」


三人が共有する懐愁めいたもの。

浸る三人を脇目に、仲間外れなサウザンがそこにいる。

実の所サウザンは、プレサイドで同じものを感じていたはずなのだが、スピカに会ったことの衝撃で、すっかりそんな事を忘れ去ってしまっていた。


かといって、自分だけ仲間外れなのもしゃくだったので、サウザンは一緒になって懐かしいふりなんぞしつつ、ロウに話しかける。



「それで師匠? 師匠の知り合いって人はどこにいるの?」

「うむ。問題はそれなんじゃ。ババロア・リヴァという優男なんじゃが……奴の隠れ暮らす世界……ワカサはちと特殊での。ジャスポースやプレサイドの世界と違い、持ち運びできるくらい小さなものなんじゃ。この町にはいると思うんじゃが、探さねばならんかもしれんのう」


少し困った様子で、ロウはそんな事を言う。


「その場所の心当たりとか、あるの?」


とは言え、ロウの事だからある程度は予測がついているのだろう。


「まぁ、いくつかはあるにはあるがな。まずはやつの元自宅じゃ」


案の定、すぐにそんな言葉が帰ってくる。


「それじゃ、そこに行こう」


サウザンはそれに頷き、歩きだそうとしたけど。

そんなサウザン達のやりとりなど蚊帳の外で、高台から覗く眼下を見ている三人の姿が目に入る。

思わず、何か気になるものでもあるのって声をかけようとしたサウザンだったが。どうしてか、それはできなかった。


サウザンと三人の間に、決して破ってはならない境界線があるような気がする。


懐愁の共有。

サウザンにはないもの。

もし、人に前世というものがあるのなら、ここは三人にとって大事な場所なのかもしれない。


そう思うと、何も口出しできなくて。

そんな自分が、何だかとてももどかしいサウザンだったけれど。



「お、やっと見つけたよ……」


その代わりにと言わんばかりに声をかけてきたのは。

聞き覚えのない気さくな青年の声だった。


その声に、ぴくりと真っ先に反応したのはロウで。

それに倣うようにして、サウザンは背後を振り返る。


すると、何事かと三人がその後に続く気配。

それに、何故だか内心安堵しているサウザンがそこにいて……。



             (第27話につづく)






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