第24話、海の見える街~Indigo days~


そうして。

意味は違えどそれぞれが同じ目的を持って、今度こそサウザンたちは外の世界へ出るためにと、プレサイドと呼ばれる外殻の世界を進んだ。


無人の廃墟と化したダンスホールを抜け上階へと。

抜け出たその先にあるのは、鉄ではなく、煉瓦の壁に囲まれた広い庭園。

全てが水浸しで、荒れ果てているその地。


その中でサウザンは初めて嗅ぐ風の香りを受けながら。

まさしく世界を支える柱としてふさわしい、天井を突き抜けてなお、天に伸びる赤煉瓦の塔の中へと入った。


その塔は、かつて地上にあった時は『赤い月』と呼ばれていたらしい。

それは、ドーナツ状に配置された数々の小さな部屋……その奥にある鉄格子の窓先から、赤い月を望むことができたことに由来するそうで。


そんなロウの解説、かつては地上にあったとはどういうことなのかと、思わず首を傾げるサウザンだったけれど。

その疑問は、一階のエレベーターのある(電源が入っていないのか不通だった)エントランスを抜けて、螺旋の石階段を上ることですぐに解決した。



「これは……」


サウザンと同じくして、このプレサイドの世界の住人でないマリが、二階に到達するや否や、驚きの声を上げている。

惹かれるままに向かった小さな、まるで独房か何かのような部屋の奥、そこにはロウが言っていた鉄格子はなく、代わりにあるのは暗幕のような分厚いカーテンつきの窓ガラスだった。


その向こうには、一面の蒼が広がっている。

うねり、鈍重な気配を持ち、時折水泡を浮かび上がらせるそれ。



「何これ、水? それじゃあ、この世界は……」


大きな水槽の中に、逆に閉じ込められてしまった世界。

サウザンの頭の中に浮かんできたのはそんな事で。

だからどこもかしこも水浸しなのかと気付かされる。


「あ、そっか、まりちゃんもさーちゃんもここの世界の人じゃないから知らないんだっけ」

「これは現実の……海ですわ。つまりこのプレサイドは、大海の底に沈んでいる世界ということですわね。黒い太陽から隠れ潜むための」


……海。

サウザンはそれを、知識の中だけで知っていた。

だけど、それとこんな所でお目にかかるなんて思ってもみなかったから、出会えたことへの喜びや興味よりも、驚きと戸惑いの方が強かった。



「でもね、このガラス窓、夜になると危ないんだよ。むかしはしょちゅう黒い太陽のカケラが入ってきてたんだって。カーテンつけたら、だいぶおさまったってきいてるけど」


サウザンたちと同じよう夢幻でない存在としてこの世に取り残されて。

その大変さは、よっぽどのものだっただろう。

そんなスピカのぼやき一つで、この場で生きていた彼女たちの苦労が身に染みてくる。


「ここが海の底ってことは、わたしたちの世界は?」

「完全に光の届かぬ海遠の淵にあるというわけじゃな。流石に水圧に耐えられなくての、世界を覆うものは全て鋼鉄だという、無骨なものになってしまったが」


ふいに出たマリの疑問。

すかさずそれに答えたのはロウだった。


「外界に近い場所で、大きなものが動く音がしてたじゃろう? あれは海の水に晒される音じゃな」


そこまで大仰な事をしてまで、黒い太陽から逃げていた。

それでもなお、黒い太陽は諦めることなく僅かな隙間を、水すら入れない隙間をぬって世界に住むものを滅しようとする。


お互いがそこまでする理由。

あまりにもスケールが大きく、サウザンには分かりようもなかったけれど。



「日が沈むまでにつぎの世界にいかなくちゃダメなんだから、いそいで、いそいでっ」


深く黙考していると、背中を叩くスピカの声。

気付けばマリもハルカも先んじて階段を上がってしまっていて。


「どうした、今度こそ本当の外の世界じゃぞ?」

「あ、うん」


続いてそんなロウの言葉がダイレクトに頭から伝わってきて。

生返事で歩を進めるサウザン。


「ほら、はやくっ!」

「う、うわっ!?」

「こ、これっ、急に動くな、落ちるっ!」


そんなサウザンに業を煮やしたのか、サウザンの手を取り、ダッシュで駆け上がっていくスピカ。

慌てている二人を見たせいか、楽しげに笑っている。

その予想を上回るほどに華奢で柔らかい感触と、ひまわりのような笑顔に、自然とサウザンの胸は高鳴る。


それは浸かればとても心地よいものだったのだろうけど。

サウザンは首を振るようにして、それを打ち消すことに専念していた。

リコリスに似ているからそんな感情を持ってしまうんだと、スピカに対して失礼な考えを振り払うように。



……そうして。

どれほど上ったかも分からないままに、階段は終わりを告げる。



「とうちゃくっ!」


意味があってないような、そんなスピカの掛け声。

タイミングよく、お互いが手を離すタイミングが重なる。

おそらくスピカは、無意識の行動だったのだろうけど。

それに、嬉しくてこそばゆいような妙な感覚を覚えるサウザンである。



「ほれ、呆けとらんで早うわしを扉の前へ運ぶがよい」


その時のサウザンの顔は、もしかしたら緩んでいたのかもしれない。

そんなロウのからかうような声と、到着の勢いで、何故かそのまま抱きついてるスピカを後ろ手に隠すようにしてサウザンを睨みつけているハルカ。


そして、一連のサウザンの行動を見ていたのか、まるでいつものサウザンとリコリスのやり取りを生暖かく見守っているときのような笑顔のマリがそこにいて。



なかなか呪縛から抜けられるものじゃない。

そんな事を身に染みながら、サウザンは苦笑を浮かべてロウに言われるままに扉の方へと向かった。


辿り着いたのは、いよいよ天井の低い、小さな丸い部屋だった。

ロウの言う扉は、黒いアーチの掲げられた、真ん中にある上り階段の行き止まり……天井壁にはめ込まれるようにしてそこにある。


楽を覚えてしまったからなのか、もはや当たり前のように頭の上にいるロウ。

その金属の塊でできたロボットにはふさわしくないぬくもりでハゲやしないかと心配になってきたサウザンではあるが、この時ばかりは頭の上が功を奏したらしい。

サウザン自身をはしごのように使い、頭上の扉へと張り付いて何やら操作している。


そう言えばガーベラやスカーレットたちはどうやってこの扉を開けたのだろうか。

なにやら難しそうなロウの操作を見ていて、そんな疑問の浮かんだサウザンだったけれど。

それを聞く前に扉が白い蒸気を下方に噴き出してきて。



「ぬおっ!?」

「わっとっと」


それに弾かれて頭の上から落っこちそうになるロウをサウザンはなんとか両手で抱え込むのに成功する。

そしてその事で、はっとなった。

ずっと頭の上に乗っていたから慣れてしまったのだとばかり思っていたが……。

ロウが初めて会った時と比べて恐ろしいほどに軽くなっていたのだ。



途端、サウザンの全身を駆け巡る嫌な感覚。


それはかつて疑問に思ったことだ。

ロウは何を力にして動いているのかと。

その力がなくなってしまったらロウはどうなってしまうのか、と。



「師匠っ」


サウザンはロウを両手で抱え持って、サングラスの向こうにある光を覗き込むようにしてそう問いかける。

それでロウは全てを察したらしい。



(何、心配はいらぬよ。白夜が終わるまではもってみせるさ)


返ってきた言葉は、どういう仕組みなのか、サウザンの頭の中にだけ届いてくる。

だがそれは、全くもってサウザンの心を穏やかにするものではなかった。

何せ、それだけでロウが軽くなったような、そんな感覚があったからだ。


試練が終われば、ロウの役目は終わる。

目の前のロウが、もう亡くなってしまった人の忘れ形見なのだと思い知らされたかのようで。



「サウザンさん? どうかしたんですか?」


その時のサウザンの心の揺れ幅に真っ先に気付いたのは、マリだった。



「ロウ様がどうかしました?」


それに、ハルカも続く。

マリとは長年の付き合いで。

ハルカには、心の垣根がなくなってしまったことへの直感のようなものが働いて、それに気付けたのかもしれない。



「いや、よくよく見ると師匠って愛敬ある顔だなって思って……つい」

「ええ~? さーちゃんセンスないよぉ」

「そ、そう? んじゃあそう思わないようにしなくちゃね」

「なんじゃと!? どういう意味じゃそれは!」


そして、それはサウザンの勝手な考えにすぎないけれど。

おそらくそんなスピカの言葉は、全て知った上でのやりとりなのかもって、そう思っていて。


役目が終わったからさよならなんて絶対に嫌だ。

サウザンはそう心中で近い、苦笑しつつロウを元の低位置へと戻す。


そしてロウとスピカがやいのやいのやってる中、サウザンはそっと扉を押し上げた。

僅かに軋む音がして、その場が光に包まれる。



「これが本物の太陽の光……」


マリが呆けたように感動を滲ませ、呟いている。

その気持ちが分かるほどに、その光は柔らかく暖かく、幸せな眠気へと誘わんとする。

光の向こうに広がるのは、先程見た海の蒼とは根本的に同じようで決定的に違う、本物の青色が見えた。


覗く白い雲と、流れ鼻をくすぐるのは、さっきも感じていた潮の香り。

気付けば皆が心奪われたかのように、天井を見上げ目を細めていて。



「よし、行こう」



サウザンは呟き、先頭を切って階段を上りきる。


その後にすぐ、みんなが続いて……。



            (第25話につづく)






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