第19話、扉
それから、場所を変えて。
元々はグラウンドのあった場所、巨大な四角いフロアへとやってきて。
さながら弟子のごとく、二人(主にサウザン)は、実戦を兼ねた話を聞いた。
まず聞かされたのは、神になるための試練についてだった。
サウザンにとって、それは当初元々関係のない話であったが。
マリの代わりにと宣言した以上、それはもう関係ないとは言ってられないもので。
それより何より、それはサウザンにとって興味深いことであったから、今となってはむしろ知りたい、そんな気持ちのほうが大きかった。
ロウによると、神の試練とは黒い太陽の蔓延する外世界にある、『喜望の塔』と呼ばれる塔へ向かい、『流脈』と呼ばれる『歌(カーヴ)』の力の元となる場所へと辿り着くことなのだという。
その場所に辿り着くことで、神候補は、新しい神の力を得ることができるらしい。
だが、その場所は。
黒い太陽の力が、もっとも蔓延している場所で。
前回の神候補たちは、そこまで辿り着くことができなかったのだという。
何でも、試練には期間があるらしい。
『白夜』と呼ばれる本物の太陽の出ている時間が長い間だけ行われるのだ。
理由は単純、無理をして向かおうとして命を落としたら元も子もないからだ。
前回の『白夜』は予想していたよりも短かったのが、辿り着けなかった原因のひとつで。
スカーレット家の者は、後一歩のところまで行ったそうだが……。
結果、初代神であるロウ・ランダー・ヴルックの後を継ぐものは現れなかった。
そのために、ロウが引き続き神の座についたらしい。
それはすなわち、次はないことを意味している。
誰かがその流脈のある場所へと辿りつくことができなければ、いずれ人間は本当の滅びを迎えるのだと。
ロウは、直接それを口にすることはなかったが。
その事実は、サウザンたちに重くのしかかってくる。
だがロウは、やってもみないうちから諦めるなと言わんばかりに、話を切り替え、今度は『歌(カーヴ)』のことについて話を始めた。
歌は、世界を構成すると言われる12の唱力を元に、人の想像できる範囲ならば何でもできるとも言われる、そんな力で。
人が世界を生き抜くために身につけた進化の形でもあるらしい。
その歌の力は大きく分けて4つに分類されるという。
人にとっての脅威と同化するがごとく、何も介さずに12の唱力を具現化する……例えば何もないところから炎を生み出す、といった『自天(ネイティア)』。
ジャスポースの世界のように、人に害なすものから身を守る場所を作る『領域(フィールド)』。
人を害するものを惑わせ、あるいは身代わる盾となる役割を持つ『家供(ファミリア)』。
そして人を害するものに立ち向かうための道具を作り出す、『楽具(ウェール)』の四つに。
楽具(ウェール)が、歌の力の一つでしかなく。
他にもあったことには驚かされたサウザンだったけれど。
そのままサウザンは、歌の力の実戦練習に入った。
とは言っても、ロウの指導の元、自らの命を守るためということで、華麗な剣さばきを見せるマリを脇目に、サウザンのしたことは『ネセサリーの教本』に書かれてた詩と、譜面、そしてそれらを使うことで起こることが書き出されたもの(ロウがプリントアウトしてくれた)を、ひたすら覚えることだけだった。
それだけだったのだが。
頭に叩き込んでいくうちに、サウザンはちょっと不安になる。
元々出来損ないなのか、楽具のひとつもまともに出せなかったサウザン。
ロウはそんなサウザンに、ただ楽具を扱うタイプじゃないだけだと笑っていたが。
そんな自分に、こんな何でもありな、万能の神にも等しい楽具を押し付けて大丈夫なのか……そんな不安が。
片手では重くてちょっと持てないその本は、サウザンから見れば万能の力を起こすと言われる歌そのものに思える。
ここに書かれていることが全て可能なら、黒い太陽すら倒すことができるんじゃないのかって思って、サウザンには怖かったのだ。
だから自分にはふさわしくないと主張しても、ロウはいいから持っていろの一点張りで。
「今までこれって思う楽具が出せなかった、あるいはなかったってことは、その本がサウザンさんの楽具だったんじゃないですか? この剣も、うちの倉庫にあったものですし、何よりサウザンさんによく似合ってます。魔法使いみたいでかっこいいじゃなですか。……歌も、素敵でした」
そんなマリの言葉が決定的だった。
そこまでストレートにおだてられて、おだてることはあってもおだてられることのなかったサウザンは、すっかりその気になってしまったのだ。
当初の不安はどこへやら、夢中になってその本を読みふける。
その集中度合いときたら、文字通り夢の中でも夢中になるほどで。
一度旅が始まればろくに眠ることもできなくなるかもしれない。
そんなわけで就いた眠りを中々に有意義にサウザンは過ごして。
ロウに叩き起こされ、自身の身体の倍はあろうかというくらいの大きな旅道具を軽々と持って出迎えてくれたマリに目が覚めるほど驚いて……。
二人と一体が向かったのは。
再びの、元は学園のあった広いフロアだった。
入り組んだ道を抜け、階段を見つけては上る、の繰り返し。
そして想像するに、今まで足を踏み入れたことのない、学園の屋上があっただろう場所へと、サウザンたちは辿り着く。
そこは、以前ロウが示したジャスポースの見取り図には入りきらなかった部分に相当する。
それはすなわち、未知なるジャスポースの外まであと少し、と言うことを意味していて。
辿り着いたそのフロアには、馴染み深い立ち並ぶ黒いアーチの姿があった。
その先には壁……いや、壁をまるまるくり抜いて、またはめ込んだような、丸い扉の姿が見える。
他の場所ならぽっかり開いているはずのもの、その厳重さが、いよいよもって緊張感を高めてゆく。
「よし、サウザンよ、そのまま扉の前まで近付くのだ」
「は、はいっ」
省エネ、と称してサウザンの頭の上に陣取っていたロウの声が、直接サウザンの頭に響いてくる。
すっかり師匠と弟子の関係が板についたサウザンは、頷くとそのまま扉へと近付く。
扉の中央、そこにはパネルがあった。
間髪置かず、ロウはその小さな機械の指で、器用にも数字を打ち込んでゆく。
鉄の塊……ロボットだと思っていたロウから伝わってくるまで人肌のようなぬくもり、サウザンがそれに慣れずにされるがまま下を向いていると、なんとも気の抜ける金属打ち鳴らす音が聞こえてくる。
ゴゴゴゴゴッ……。
続いて、フロア全体を揺るがす地響き。
それに驚き、サウザンがバランスを崩すヒマもあらばこそ、気付けば目の前にはぽっかりと空虚な穴が開いていて。
すぐそこに階段が見えた。
「一度開いてから15秒後には再び閉まることになっておる。二人とも、心の準備は整ったかの?」
そこでロウが、言葉の通りの最終確認。
「はい」
「うん、準備は万端だよ」
考える間もなく即答して。
「では参ろうかの」
ロウの言葉に、マリとサウザンは頷き合い、歩き出す。
右上がりにうねる階段の道は、意外にも暗くなかった。
壁が、階段が……それら自体が発光している。
幻想的、とも呼べる光景。
三人は、この先の緊張感と、そのことへの厳粛な気持ちで、語るころなくどのくらい続くかも分からない階段を上ってゆく。
だがその終わりは、サウザンが思ってるよりも早く、唐突に訪れた。
曲がる冗談のその向こうに、不意に見えてくる白光。
……外の光だ。
何が起こるかもわからない、でもサウザンが心のどこかで待ち望んでいたもの。
自然とその目前で立ち止まり、改めて意志を確認するみたいに顔を見合わせて。
サウザンたちは、ジャスポースの世界の外へと、飛び出していったのだった……。
(第20話につづく)
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