第36話、遠い空で
キラリが言うには。
つまるところサウザンたちは体よく利用されたってことらしい。
それはロウも知らなかったことだそうだが。
喜望の塔にあるとされていた時の扉はそこにはなく。
喜望の塔と同じくらい、黒い太陽が蔓延していた場所にあるのだという。
時の扉の鍵を開け、それを渡るには黒い太陽は邪魔だった。
だからガーベラは、黒い太陽が喜望の塔の方に集まるように仕向けたそうなのだ。
……つまりその点において利用された、ということなのだろう。
それだけを聞いていれば俄かには信じがたい、なんて思ったかもしれないが。
黒い太陽の使いのはずのキラリが何でそんな事を言うのか、そう問い質したら。
「黒い太陽が支配する力より、あの子を思う気持ちの方が強いんだからしょうがないじゃん」
なんて言い残し、笑って消えたのだから仕方がない。
サウザンたちはその言葉を信じて。
キラリが教えてくれた場所へと向かった。
それは、地上の世界。
プレサイドからそれほど遠くない、山奥。
前世界の……あまり壊されることなく残っていた古びたお屋敷だった。
広い広い花園のあるその場所に。
夕日を背に受けながら、サウザン達は降り立つ。
「とても大きなお屋敷ですわね。お手入れが大変そう……」
感心したかのようなハルカの呟き。
夕日の朱に彩られた、庭の枠を外れ、自由奔放に育ちすぎた草花を見やりながら、サウザン達は屋敷の奥へと進む。
「……あ、なんかいる」
花が大層好きらしく、興味津々で花園を眺めていたスピカが、その途中にあったベンチ……その上でもぞる何かを見つけて、声を上げた。
「ああ、猫だね。まだ生き残ってたんだ。随分珍しい色をしてるけど」
そんなババロアの言葉を受けて、一同の視線がそのひまわり色の毛並みをした小さなものに集まる。
すると、それが気に障ったのか、ととっと草場に降り立って花園の方へと消えようとして。
何かを見つけたかのように、にゃあんと一声鳴き声あげた。
「……え?」
マリが驚きの呟きを洩らす。
その気持ちは、サウザンも同じだった。
猫が気遣うように見上げたその先に、黒髪の……リコリスによく似た少女を見出したからだ。
だが、その少女は目をしばたかせた隙にその姿を消していて。
何とも不可解な、妙な気分になっていると。
―――この世界の終わりのように星が降る。夢の中、朝を迎える……。
聞こえてきたのは。
初めて聞く、しかしまごう事なき、ガーベラの歌声だった。
「まずいぞ!急ぐのじゃ!これは鍵に命を捧げる歌じゃ!」
「……っ!」
鋭いロウの声。
一同はそれに顔を見合わせて。
真っ先に飛び出したのはサウザンだった。
―――どことも知れない彼方へ還ることで、悲しみ取り残されるのも知らずに……。
そこはベンチの裏側、屋敷の寝室が見えるプライベートスペース。
植木で隠された内庭の真ん中には、七色の光を 波紋たてて放ち続ける大きな扉があって。
サウザン達に横顔を向ける形で、ガーベラは瞳を閉じ、歌っている。
「まずいぞ、もうサビに入る! 取り返しがつかん!」
悲鳴に近いロウの言葉。
その声も耳に届いていないのか、今まさに次のフレーズが紡がれようとしている。
お互いには、まだまだ手の届かない距離がわだかまっていて。
どんなに足が早かろうとも、歌を止めることはできそうになかった。
歌より早いものはない。
どうしようもない焦燥感がサウザンを支配して。
そんなサウザンに天啓が訪れたのは、まさにその瞬間であった。
歌には誰にも追いつけない。
ならば、自分も歌えばいいのだと。
―――この想いを愛しい人に届けるために。
―――この心で世界が回るように生まれめぐる意味を求めて、時の扉は開かれる……。
重なる声。
生まれる新たなハーモニー。
ガーベラを包んでいた虹色の光は、サウザンをも包んでいって……。
命を奪うにも等しいはずのその光。
しかしそれは、温かく柔らかい、気だるさがあるのみで。
不意に眠気が訪れ、サウザンがそのまま心地よい眠りに落ちようとした、その瞬間。
かさりと草場に何か小さく硬いものが落ちる音がして。
バイオリンの後奏の余韻の中。
サウザンははっと我に返り、目の前に落ちた七色の、不思議な形をした鍵を拾い上げる。
そして顔を上げれば。
まるでお化けか幽霊でも見たかのように驚愕の表情でサウザンを、自分を見下ろすガーベラの姿があった。
「姉さんっ!」
「サウザン……それに皆も。どうしてここが?」
一同を見渡し、ガーベラの表情が罪悪感にまみれた苦渋のものになる。
「教えてもらったんだ。……友達想いのひとにさ」
「ガーベラ様がご自分の命と引き替えに使命を果たそうとしているのを知って、飛んできたんです」
そんな辛そうなガーベラの表情をいつまでも見ていたくなかったから。
ちょっとおどけるようにサウザンがそう言い、真剣な面持ちでマリがそんな事を言う。
「し、しかし、なぜ私は生きて……」
「ああ、たぶん。一か八かだったから予想だけど、僕が途中で割って入ったからじゃないかな」
本来なら一人の命を引き替えに生成されるはずだった時の扉の鍵。
その引かれる分が、サウザンが横やりを入れた分軽減されたのだろう。
しかも今、サウザンはその身にいくつもの魂を秘めている。
こうして無事に生きていること以外に証明の術はないが、恐らくそうだろうと、サウザンは考えていて。
それより何より、スカーレットはどこにいるのか、サウザンはそう聞こうとして。
「なるほどの。どうも妙に話がかみ合わぬと思ったんじゃ。…のう、スカーレット? いや、今はガーベラと呼ぶべきか」
一人でひどく納得し、どこか責めるようなロウの言葉が、その場を静寂の間へと落とす。
「その声は、ロウ・ランダー様。……随分お変わりになられたようですね」
「お主は変わらんの」
だがすぐに、深い諦観を含んだ、そんなガーベラの呟きが聞こえて。
「えっと? つまり、どういうこと? ボク、ガーベラさんにも会ったし、スカーレットさんにも会ったよね?」
この期に及んでの信じがたい真実に、サウザンが何も言えないでいると、そんなサウザンの気持ちを汲んだみたいにスピカが問いかける。
「それは……」
相変わらずその声は沈んだままだったが、ガーベラは話してくれた。
サウザンの知らなかったその真実を。
まず、スピカの会った……正確にはサウザンやマリがサウザンの母だと認識していたスカーレットは、ガーベラの家供(ファミリア)だったのだという。
名を変え、姉……ガーベラとして生きるようになったのは、幼いサウザンのため、というのもあったそうだが。
一番の理由は、黒い太陽の目を盗みここへ来るための、いないはずの存在……ガーベラを作るためにあったらしい。
つまり、喜望の塔にいた、完なるものにその身体を乗っ取られた……あえて乗っ取らせたものこそが、そんなガーベラの家供(ファミリア)で。
サウザンの知るところのスカーレットだったのだ。
そんなスカーレットは今、サウザンの歌の力を受けたことで、ガーベラの所に戻ってきているらしい。
ガーベラの命を持って作られるはずだった鍵は、主死してなお存在していたロウのように、そんなスカーレットに託す手はずだったそうだ。
主が命失えば消えるはずの家供(ファミリア)が、たった一つだけ消えることなく行き続けられる方法。
自身の変わりに生きる、そんな命を与えることによって。
その事だって、サウザンにとっては中々理解しがたいことだったけど。
それ以上に、サウザン達に何も言わずに、自身を犠牲にしようとするガーベラが、サウザンには許せなかった。
「赦してもらおうとは思わない。サウザンだけじゃなく、皆にはひどい仕打ちをしてきたのだから。だから……どんな罰でも受ける覚悟だ」
だけど。
悲壮な顔をしてそんな事を言われたのなら、許せない、なんてどうして言えるだろうか。
そもそも自分勝手に犠牲になろうとしたことを怒っているのであって(まぁ、死ぬような思いをしたハルカやババロアにとっては全く持って迷惑を被ってない、とは言えないのかもしれないけど)、スピカの言葉を借りれば、こうしてみんな無事だったのだから、気に病むことはない、といった結論になるのだろう。
だが、学園祭でミスをして、罰を与えられない自分を許せなかったほどのガーベラにしてみれば、やはりこのまま何もお咎めなしは心苦しいのかもしれない。
「分かったよ、姉さん。罰っていうのも変だけど、これからは僕の家供(ファミリア)になって、姉さんの思う罪を償ってください。これからまた、とんでもない旅に出なくちゃいけないわけだし、姉さんの力は絶対必要になってくると思うから」
サウザンは芝居がかった口調でそんな事を言い、ガーベラの手を取って口約束の家供(ファミリア)契約をする。
それに対して、長い長い間があって。
「ありがとうサウザン。……精一杯償わせてもらうよ」
ガーベラがようやく笑顔を見せてくれたのはその時で。
「ははは、これはまた強敵だね、みなさん。面白くなってきた」
「うぅ~、負けないもん」
「……右に同じです」
「いつの間にか二人とも気合い入ってるのね。これも家供(ファミリア)の力かしら。まぁ、その方が張り合いあっていいけど」
「……ふふ」
心底楽しそうにババロアが。
頬を膨らませてスピカが。
拳を握ってマリが。
ため息をついてハルカが。
ガーベラを同志として受け入れる、そんな言葉をぶつける。
ガーベラは、それを大人の余裕で微笑み、受け流していて。
(何か僕の意志の反映されないところで盛り上がってるな……)
今はまだ。
その言葉を末尾に置いて。
早くも仲良さげなみんなのやりとりを見て、苦笑を浮かべるサウザン。
「お、いかんいかん、扉が消えるぞっ、皆のもの、細かい大切なことは扉の向こうで、ということにしようぞ 」
と、そこに変わらぬ調子のロウの声がかかる。
見上げると、確かに扉が……どういう仕組みなのか、上下から消え始めていて。
「よし、それじゃ行こう!」
その先に何が待っているのか。
何もかも分からないけれど。
そんな時は歌に願いを込めて、言葉に心を込めて、幸せな前途を祝う。
そうすればそれはうつつの力となって、きっとうまくいく。
―――そう、信じて。
サウザンとそのかけがえのないつながりを持った仲間たちは。
未知なる扉をくぐったのだった……。
(第37話につづく)
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