第5話、行こうよ!


サウザンは、ディコといつものように合流して。

だけどいつもとはちょっと違う会話と約束を交わして。

しばらく真っ直ぐの道を歩いていくと、次第に周りが賑わってきた。


サウザンと同じように自らの家から、あの闇の階段を通って黒いアーチと丸い扉をくぐって、ジャスポース学園の生徒たちが集まってきたからだ。

長く伸びるならされた土の道と、野原しかなかったロケーションは、いつの間にやらカラフルなインターロッキングの道路へと変わり、その通りには様々な出店が姿を見せはじめる。


その角を縫うようにして、横手に伸びるいくつもの道。

その一つ一つから、ジャスポースの制服(男子は紺色ブレザー、女子はクリーム色のブラウスに赤のプリーツスカート)が、賑やかに、いつもより高揚した様子でやってくるのが分かる。


そんな空気に流されのまれるように。

熱気が帯びてくるサウザンたち。

その事で、改めて今日が特別な日……学園祭の初日であることを思い出す。



「ま、今後のことまたの機会だね。面倒臭いことは全部置いといて、今日を楽しもうよ」


気付けば、周りのテンションにあてられたのか、切り替えて笑うディコがそこにいて。

サウザンは同じような笑みを返し、その後にひとつため息をつき、あごをしゃくった。



「そうだね、こんな話これ以上してると自爆しかねないし」


ディコは少しだけ首をかしげて、サウザンの視線の先を追う。

そこは、通りで一番の交差点。

その真ん中にある七色の水をあげる噴水広場。


そこに、明らかにサウザン達を待っている一団があった。

同じ学年を表わす赤いリボンの女生徒が二人。

サウザンたちと同じブレザーを着崩した男子生徒が二人。

楽しげなお喋りをしながら、残り仲間の到着、サウザンたちがやってくるのを待っている。



「おそいっ」


そんな中、誰よりも早くサウザンたちに声をかけてきたのは。

リコリス、と言う名の少女だった。


サウザンとディコの幼馴染。

そして、サウザンの想い人である。


ジャスポース学園最強決定戦。

その優勝という勇気のかけらを持って、長年の想いを伝えたい。

そうサウザンの中で勝手に思っている人だった。


「ごめんごめん。いよいよお祭りだって思ったら眠れなくてさ。おはよう、リコ。マリさん。後ついでにハヤテとシュラフも」

「おはようみんな、今日もいい天気で幸運だったね」

「はよ……って、ああん? 何だよついでって。わざわざ言うことじゃねーだろが」

「……おはよう。流石に祭初日は神も慈悲をくれたというわけか」


まずはお決まりの挨拶。

金髪坊主のハヤテが、見た目にふさわしく、だけど笑顔のままに口を開く。

続いて青髪ドレッドのシュラフが低く渋い呟きをもらす。


もうすっかりパターン化してしまったかのようないつものやり取り。

不良っぽくて口が悪いけど、中身はお人よしで優等生のハヤテと、必要なこと以外があまり喋らない寡黙で不器用なシュラフ。

二人はサウザンにとって、ディコと同じように、なくてはならない友であった。



「おはようございます。サウザンさん、ディコさん。大丈夫ですよ。まだ時間には余裕がありますから。リコにはそれでも待ちきれなかったみたいですけど」


そう言って、花咲くように笑うのは。

これまた幼馴染であるリコリスの親友、サウザンが見る限りではいつも一緒にいる少女……マリだった。


サウザンのようなくすんだ灰色とは大違いの、虹を撒く白金の髪。

うなじのところでちょこんと纏めている。


その顔立ちも、雰囲気も。

見ているだけでほんわかとするような、そんな少女だ。


だけど、その青とも紫ともつかない輝石を潜ませたその瞳は、流石にリコリスの親友というか、見た目通りとはいかない凛とした強い意思がそこにはあった。



「おはよう……って! そうよっ、もうお祭りは始まってるんだからね。一秒たりとも無駄にしちゃいけないんだから」


マリのからかい半分の言葉に気付いたかと思いきや、全く気付いていない様子でそんな事を言ってくるリコリス。


いつもの少しだけ怒ってるようなそんな顔。

他の誰とも違う、少なくともサウザンにとってはリコリスただ一人の色とも言える黒色の長い髪。

腰まで届くそれは、日の光を浴びて天使の環を作り出す。

雪のように白く、それでいて赤ん坊のようなはりのある肌。

びっくりするくらい長い睫に、髪と同じ……それよりもっと黒く、それでいてサウザンの嫌いな闇とは別次元の、どこまでも澄み切った瞳がそこにある。


そして、その瞳の中で燃え盛る意思の朱色は、ゾクゾクするほどに強かった。

サウザンでなくても、それだけでリコリスと言う少女が、我の強い性格をしていると、判断してしまうくらいには。


それも……やっぱりいつもの事なのに。

告白することを決めたせいか、ここ最近はどうにも慣れないサウザンである。

じっと見てるとふいに顔が緩んでしまうような気がして、サウザンは慌てて顔を逸らした。


「な、何よ。わたし間違ってないでしょ? 最近ちょっとおかしいわよあんた。こんなことで怒るなんて」


しかし、そのタイミングで顔を背けたのはまずかったらしい。

視線を逸らした。

ただそれだけのことで、リコリスはサウザンが怒っていると思ってしまっている。


なんて分かりやすいんだろう。

サウザンは、ついには緩んでいく顔が止められなくなった。


ディコとマリは、たまらず笑みをこぼし、シュラフは肩をすくめ、ハヤテは気を使って空なんぞ見上げている。


「誰が怒るんだよ。リコがまぶしかっただけだって。ほら、あんまりキレイだからさ」


リコリスに対して声を荒げて怒ることなんかあるんだろうか……いや、ない。

サウザンは、確信めいた気持ちでそう思い、いつものように正直なところを冗談交じりに口にし、気勢のわりには小柄な彼女の髪をかき混ぜるようにしてさっさと歩きだす。


「わわ、バカ、何するのよっ、もうっ! そ、そんなこと言って誤魔化されないんだから!」


顔を真っ赤にして逃げるサウザンに、同じくらい顔を赤くして、その後を追いかけるリコリス。


それはやっぱりいつもと変わらないやり取りで。

もう慣れきってしまっている周りの面子は、何事もなかったかのようにその後を追いかけてゆく。



そんな周りから見れば、二人がどうしてくっつかないのか、それが最大の謎だった。

あそこまで感情をストレートに出しているのに、告白する勇気がないとは何の冗談だと。



「……マリさん? 置いていかれちゃいますよ?」

「あ、はい」


そんな考え事をしていたマリは、ディコに声をかけられ、はっと我に返ってその後を追いかける。



(……でも)


本当は分かっている。

リコリスが素直にサウザンの想いを受け入れようとしないその理由を。


お互いが近すぎるからこそ、今が変わってしまうのが嫌なのだと。



終わりが近付いているからこそ。

先に進むことを、時が進むことを、躊躇ってしまうのだ、と……。




              (第6話につづく)







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