第12話、神の雫
「やっぱり知らない場所だな……」
中心が窪まった丸い部屋。
サウザンが出てきたエレベーター以外にも、闇に浮かんでいるように見える、鈍い光を発している螺旋階段が二つ見える。
それは、なんとなくこの場所が、最深部……終着点であるとそう思わせる雰囲気で。
最も象徴しているのは、部屋を青く照らす柱だろう。
中央に座しているその柱は、クリスタルのごとき光沢を放っている。
幅はサウザンが抱きついても囲めないくらいあり、その高さはサウザンが見上げるほど。
サウザンは、一度目にしただけでそれに惹かれていた。
ふらふらと近付き、その手に触れてみる。
感じるのは、ひんやりとした冷たさ。
まるで氷のように。
だが、いかにも透明度がありそうなそれは、触れるほどに近付いても、中を見通すことはできなかった。
虹のような光の乱反射がサウザンの目を焼き、中にあるものを隠そうとする。
「中に何か……ある?」
サウザンははっとなって、さらにそのクリスタルに近付き、よく見ようとして。
ゴポッ。
「うわっ!?」
いきなりがくんと、手応えがなくなって。
サウザンはその青の中に頭から突っ込んでしまう。
そのとたん、頭の中に怒涛のように押し寄せてくる文字の羅列。
それは……クラス発表の題材になっていた歌の詩で。
それにれっきとした音がついているのに気付いて。
サウザンは怖くなり、青いものの中にめり込んだ身体を、転がることでなんとか起き上がらせる。
そして見上げれば、硬質的だった青いそれが、粘着性の高い水のようなものに変化していることが分かって。
そのまま見守っていると、青いそれは光を湛えたまま本物の水と化す。
慌てて飛びのいたサウザンを追いかけるようにして地面に光る水が一杯に広がって。
その水は土の地面でもないのに、鉄の地面に染みるようにして消えてゆく。
だが、辺りは明るいままだった。
何故なら、青く光る水の去ったそこには、円柱の台座に座す、何かがいたからだ。
「これは……?」
それは人の形をしていた。
だが人でないとすぐに分かったのは、その身体が青白い金属でできていたからだ。
その大きさは、サウザンの頭より少し小さいくらい。
青い鉄でできた小さな両手に、青く光る本を抱えている。
台座に座り込んでいるそいつの表情は見えない。
やはり鉄製だろう、青く透き通ったつばのあるサンバイザーと、まんまるの黒いサングラスをかけていたからだ。
「人形っていうか、ロボットかな。中々奇抜なデザインだけど」
「……失敬な、このわしを誰と知る!ジャスポースの初代神、ロウ・ランダー・ヴルックなるぞっ!」
「う、うわっ。しゃ、しゃべった!」
再び近付いてよくよく見ようとして。
それまでうんともすんとも言わなかったそれが、急に喋りだしたから、サウザンはびくりとなって後退る。
「なんじゃなんじゃ、おぬし、随分と頼りなさそうじゃの。若かったころのわしを見てるようじゃわい」
町のデパートのオモチャコーナーで売ってるようなものとは一線を画す、とばかりに。
まさしく人間のようにスムーズに立ち上がったそれは、本を抱えたまま……甲高い割に、何だか年季の入った、お偉方のような口調でそんな事を言ってくる。
ロウ・ランダー……神候補。
いくつかサウザンの知っている単語があったけれど。
いまいち理解できずに、ただただそんな青いロボットを呆けて見つめていることしかできないサウザン。
しばらくそのままでいると、しびれを切らしたみたいに再びロボットが口を開いた。
「何かしらリアクションをしてくれねば話が進まなぬではないか。……まあいい。おぬし、名をなんという」
「サウザン・ロマンティカだけど」
どことも知れない場所で、生きているかどうかも怪しい相手に自分の名を問われて。
だけどサウザンは、あまり深く考えぬまま反射的にそう答えた。
ロマンティカ家のものを名乗るのに戸惑う自分が、こんなわけの分からない状況になっても変わらなくて。
サウザンは、思わず苦笑を洩らしてしまう。
「ロマンティカ……。はて? スカーレットに血縁などおったかの?」
そんなサウザンに気付くことなく、中空を見上げ、つるつるの頭を手で叩き、ロウと名乗った青いロボットは、そう聞いてくる。
「あ、僕は拾われっ子だから……養子みたいなものかな」
そんなロウの雰囲気にのまれ、普通に言葉を返して……サウザンは、はっとなってロウを見た。
「スカーレットって、母さんのこと、知ってるの?」
「スカーレットが母とな?こりゃわしも年を取ったもんじゃわい。……知っているとも。彼女が神候補だった頃からの。彼女は神候補の中で一番に神となる資質があった、前途有望な若者じゃった。その夢のある人生が神の仕事で奪われると思うとどうにも不憫でのう。こうしてわしが、二代続いて神の座についていた、というわけじゃ」
サウザンが話題に食いついたのが嬉しかったのか、からからと笑いながら……そんな話を始める。
その事で改めてサウザンは気付かされた。
ロウ・ランダー……その名が、ジャスポースの世界を治めてきた神の名前であることに。
「して、息災かの?」
「……だと思う」
はっきりとした返事ができすに、そう言葉を濁すサウザン。
そんなサウザンを訝しく思ったのか、ロウはじっとサウザンのことを伺い見る。
「何じゃ、随分頼りない答えじゃの」
「ごめん。今、自分がどこにいるかも分からないんだ。校舎裏の伝説の樹の下に僕はいて、リコを待ってたはずなのに。黒い太陽が襲ってきてリコが消えちゃって。気付いたらここにいて……」
ロウの否定できない、そんな言葉。
それに対してサウザンは、それまで押さえていたものを吐き出すかのように答え始めると。
「君は……いえ、あなたはロウ・ランダーさんなんだよね? ジャスポースの、世界の神、なんだよね? 一体、何が、何が起こったんですか? 僕にも分かるように教えてくださいっ」
それはもう、止まらなかった。
内心の不安と焦りと恐怖、それを曝け出すようにして。
全ての疑問を、目の前のロウにぶちまける。
それに、しばらく黙りこんでいたロウだったが。
「お主、神候補でありながら何も知らぬのか?」
「違うよ。僕は神候補なんかじゃない。神候補は姉さんだから」
「……」
重い静寂。
再び中空を見上げたロウ。
その表情は分からなかったが。
サウザンにはそれが深い懊悩に包まれているようにも見えて。
「……すまぬ。おそらくはおぬしが何も知らぬのは、わしの死期が早まったせいかもしれぬな」
何とか吐き出すように、そんな事を言う。
「死期……?」
「ああ、わしの死期が近いのは、わし自身が一番分かっておった。わしが死ねば、ジャスポースを含めた全ての箱庭の世界はその姿を保てない。その世界を維持するためには、新しい神をあてねばならぬから……わしはわしで、その時期の予測を立て、皆に伝えておったんじゃが……」
反芻したことで返ってきたのは、そんな言葉で。
「それってもしかして、祭の前に発表された?」
聞き覚えのあったそれにサウザンがそう問いかけると、ロウは重々しく頷く。
「本来なら、わしの寿命が尽きるのは祭りの後、神の試練が終わるまでの数日後のはずじゃった。祭自体も、それに合わせて日程を組んであったはずなんじゃから間違いない。じゃが、ここ最近力を増してきておった『完なるもの』……君たちの呼び方で言えば黒い太陽の力に、わしは耐えられなかった。すまぬ。すべてはわしの力不足じゃ」
そして、土下座でもしかねない勢いでロウは、サウザンに頭を下げてくる。
言葉通りなら神であるはずのロウにそんな事をされて、サウザンは気が気じゃなかった。
どう対応すればいいのか分からなくて、ふいに疑問に思ったことが口に出る。
「いや、その……でもさ、ロウさん、こうして生きて喋ってるじゃん」
「これは、次の神候補が神になるためのサポートを行うための型代、『家供(ファミリア)』の身体じゃ。生前のわしの記憶、思考がインプットされとる……カラクリのようなものだと思ってくれていい」
すると返ってきたのは、身も蓋もないそんな言葉で。
「まぁ、こういう場合に備えてのわしなんじゃろう。神候補であるお主が何も知らないのならば、全てを伝える義務がわしにはある。いまのわしは、その為の存在といってもいいのかもしれぬな」
一人納得して、うむうむと頷いていて。
「いや、だから僕は神候補なんかじゃ」
「ないとは言わせぬよ。何故ならばこの青きクリスタルの封印は、神候補にしか解けぬのだからな」
「……」
言葉通りの有無を言わせないようなロウの言葉は、サウザンの反論の言葉を奪う。
少なくともサウザンがどう思おうとも、ロウはサウザンが神候補であることを疑わない、そんな強さと説得力のようなものがある。
だけど、自分が神候補かどうかなんて、本当はどうでもいいことなのだと、サウザンはその時考えていた。
とにかく今は、元の場所へ帰りたい。
それだけだった。
「それすら知らぬか。どうやら本当にスカーレットは何も話さなかったらしいな」
「母さんは悪くないよ。僕がほんとの子供じゃないからって、そういう難しいことは聞かなかっただけだから」
「……ふむ」
呆れたようなロウの言葉がしゃくに障って、サウザンは強気に言葉を返す。
するとロウは再び考え込むように中空を見上げて。
「ならば全てを教えよう。おぬしの知らぬこと、ジャスポースの、この世界の真実を。……だが、それを知ることはおぬしにとって耐えがたき絶望にも等しい行為じゃろう。強制はしない。聞かず知らずで生きるのもいいだろう。選択はおぬしに任せる」
再びサウザンにその面差しを向けると。
ロウが持つには大きいだろう古びた本を手渡してきた。
「……これは?」
「『完なるもの』。黒い太陽と言ったほうが分かりやすいか。きゃつが消し去り、滅することのできぬ『歌(カーヴ)』だけが記されたものだ。わしは、『ネセサリーの教本』と呼んでおる。これを用いれば完なるものに襲われることになろうともその身を守ることができる。おぬしがどちらの選択をしようとも、生きていく上で役に立つはずだ」
「あ、ちょっと?」
どうやって使うのか。
その説明をすることもなく、ロウはそうとだけ言って羽もないのに浮き上がり、サウザンに背を向けて、目の前にあった階段の一つを上っていってしまう。
急な展開。
サウザンはそれになかなかついていくことができない。
ロウの話を聞くのか聞かないのか、どちらがいいのか。
まるで見当のつかないサウザンは、大きく深く、ため息をつくしかなくて……。
(第13話につづく)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます