第17話 価値ある失敗
俺が足を引くと合わせて兵隊たちはじりじり包囲を狭めてきた。だが、それはこちらの誘導だ。
大人数が一人を相手する時、均等に取り囲むのは意外と難しい。距離とタイミングを合わせられない奴が必ずいる。十人いれば、必ず位置取りに失敗している奴がいる。
それはたいていの場合、ベテランに合わせようとする未熟な若いやつだ。
俺は左端の小柄な新兵に狙いを定めた。振り上げた刀と指揮の声に混乱して、腰が固まっている。隊長らしき男が号令を出そうとする直前、息をすった拍子に合わせた。
「
新兵の足を風で斜め後ろからすくいあげる。盛大にすっころんだ。
「うわあっ!」
「バカ、何やってる!」
別の兵士が転倒した仲間に目を向ける。そいつの槍を狙った。刀を十字に組んで下へ。穂先は地面にたたきつけられ、真ん中は二本の刀にばっきり折られた。
「ああっ?」
槍の柄が宙を舞う。
「
浮いた棒を半包囲した連中めがけてたたきつけた。四人の顔面に命中だ。
残りがつっかかってきたが、ものの数じゃなかった。完全に目がおびえている。刀をひっくり返して峰うちを叩き込み、次々にひっくり返していった。
都合十人ほど叩きのめして、ふたたび俺は逃げた。距離を保ちながら、とにかく連中の有利な場所に自分がいないように道を選んだ。
振り返ると市場が見えた。俺は刀を納めて雑踏に入り、驚く連中の肩を両手でつかんで泳ぐように走った。兵隊は市民を殺して追いかけてくるわけにはいかない。これで距離を稼げるし、足の痛みも抑えられる。
さて、まずいことになったぞ。実はさっきの魔法でMPがゼロだ。なにしろレベル4だから、回復しないと一日に六回しか使えない。戦闘は武術とオサフネでなんとでもなるが、魔法なしだと移動がつらい。背負い袋は闘技場においてきちまったし、腰に提げている薬箱も空だ。
いや、あれ、おかしいな。
ポーチに手を突っ込むと、そこからポーションが出てきた。なんか貼ってある。
~~~~~~~~~~~~~~~
水晶のポーション
_人人人人人人人_
> 4000Ð <
 ̄Y^Y^Y^Y^Y^Y ̄
日頃のごひいきを心から感謝
がんばるおじさんを応援する
クリシュナ商会
看板娘:ラクシュ🐾
~~~~~~~~~~~~~~~
相場の倍じゃねえか!
絶対感謝してねえだろとか、絶対応援してねえだろとか、一人でやってる店でなにが看板娘だとか、この変なスタンプなんだとか、すべての文句をこらえてポーションの口を叩き折ってがぶ飲みした。これで
HPとMPを全回復して、少しはましになった足で駆けだした。兵士たちは追っくるのをあきらめ、回り込む作戦に出たみたいだ。それならと、今度は待ち伏せそうな曲がり角を見つけては爆風をしかけて近付いた。三回同じ手を使って、三回とも俺の目の前にゴロゴロと兵隊がころがってきた。その後ろを抜けて逃げる。
足をすりながら路地を抜け、ついに城門が見えた。ちょうどラクシュとシルヴィが外へ出ていくところだ。門兵は騒動でこちらを向いていて、二人に気がついていない。
後ろから兵隊がやってくる。追いつきそうな奴から兜を峰打ちでぶん殴って昏倒させた。集団を相手にするときの鉄則はとにかく動くことだ。足は痛いが仕方がない。
大通りへ出る。効く方の片足で地面を蹴った。
「
全身で風を受けて飛ぶ。着地して地面を蹴り加速。そしてもう一度。
「
またMPが尽きそうだ。あと一回。ラクシュとシルヴィまであとわずかだ。門兵が近づいてくる。
「何者だ! どこの者だ! 所属を言え!」
「おっさん! 住所不定! 無職!」
二刀で番兵の剣を十字に受け、剣を吹っ飛ばして外へ。兵隊がしぶとく追ってくるが、なんとか追いついた。笑顔のニャンコの後ろには、巨大な荷車がとまっていた。
「とことん用意がいいな!」
「上客に優しいクリシュナ商会をごひいきに!」
ラクシュはシルヴィを荷台へ放り投げ、自分の服にもぐり込むと人に戻った。隅の投石器を引っ張って、上に油壷をセット。肉球の消えた手が火のスクロールをぽんと渡してくる。どれもこれも、この街に来た時に買わなかったものばっかりだ。
「一万ダカット!」
ラクシュがにやりと笑った。
「銭ゲバ!」
「良心的なお値段でーす!」
「わかった借りるよ!」
「それでは本日の花火をご覧ください!」
どーんと音を立てて、ラクシュが投石機で壺を飛ばす。遅れて俺が火のスクロールをひったくって投げた。
「
これでまたMP0だ。火のスクロールが空に広がる油へ突っ込んでいき、そして着火した。炎が城壁の前に広がる。見事な足止めだ。
ガラガラ走り始める馬車に飛び乗り、オサフネの大小を地面に突き立てた。
「返しちゃうの? りっちぎー!」
「あんなもん、二度と見たくねえ!」
ははっと目を細めて、ラクシュが手綱をつかむ。砂利道をはずむ荷車の上で、シルヴィがようやく定まった目で俺を見た。昨日までの勝気が消え、悔しそうに何かを言おうと口を動かしていた。先に俺がしゃべった。
「よくやったな」
「は? なにがよ?」
シルヴィが眉間に皺を寄せた。
「自分で考えて、自分で行動して、自分で責任を取りに行ってさ。一人前だ」
俺が言うと、シルヴィは顔を下にむけて涙を流した。気まずくなったのか、ラクシュがそれを見てへへっと笑った。俺もひひっと笑った。
「ガレリア行きの切符まで買ってあるこのあたしの手際、すごくない?」
ひらりとラクシュが三枚の紙きれを出した。
「お前も行くのか?」
「あの街、汚職がひどすぎて商売にならなくってさあ。それより旅行代理店のほうがいいかなって。このチケットは三万ダカット。キリキリ働いてね!」
船めがけて馬車が走る。もう桟橋を上げる直前だ。待て、待てと大声で叫ぶ。慌てて板が下り、馬ごと船の中に駆け上がった。船乗りが叫んだ。
「大丈夫か? すぐに出すぞ!」
「そうでなきゃ困る!」
桟橋が再び上がり、抜錨が終わったところで赤馬に乗ったあの男だけが追いついてきた。両手に抜身のオサフネを持っている。
「僕は
「だれがヤクザの話なんか聞くか! とっとと消え失せろ!」
その先もウォンと名乗った細目はなにかをまくしたてたが、やがて海風に流されて消えていった。刀を持った両手を大きく振り続けているのだけが見えた。なんだか憎めない奴だが、とにかくもう関わることもないだろう。
ひどい目にあった。何ひとついい思い出が作れない、ろくでもない旅行だ。
でも、それでもいい。今までよりは。なんの生きがいもない、メシを食っていただけの毎日よりは。
今の俺には同行者がいる。シルヴィがいる。
少しずつ、こいつに協力することが自分にも意味があるような気がしてきた。手がかかろうが足が痛かろうが、そんなのは些細なことだ。今やっていることには、もっと価値があるように思えた。
【ミッション失敗!】
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内容:勇気の儀式
結果:失敗
獲得:なし
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