第23話 国境へ

 たった一人の討伐隊を結成してから一週間が過ぎ、俺たち三人の馬車は、下見で行った村よりも少し西の街道沿いに止まった。


 俺たちが宿泊する基地が小高い丘の上に見え、その手前に集落の入り口がある。大きな木のゲートに『白の村』と掘ってあった。


「白ね。白龍の事かね。それとも雪の事かね」

「違うでしょ。サラザンっていう穀物に白い花が咲くの。ガレリアでは主食よ」


 シルヴィが呆れた声で答えた。


「知らねえ食い物だな……」


 言いかけた時に、畑の脇に建てられた貯蔵庫からの香りが鼻に届いた。なんだか懐かしい匂いだ。


「なんだ、サラザンって蕎麦ソバの事か」

「知ってるの?」


「故郷でパスタみたいに伸ばして食ってた」

「サラザンって、普通はクレープの皮よ」


「変な食い方だな」

「そっちこそ」


 雪を踏みしめる足を止めてお互いに変な顔で見つめあい、くすっと笑う。


「明日あたり作ってあげるわよ」

「いや、いいよ。手間だろう」

「別に。簡単よ」


「なんか釈然としないな」


 キッカが割り込んだ。


「なにがよ?」

「キミたち、パーティなのにお互いのこと知らなさ過ぎじゃないか? ちゃんと話し合ってるのかい?」


 シルヴィが心外そうにキッカをにらんだ。


「必要なことは話してますよ。どこがおかしいんですか?」


 キッカは複雑そうに顔をゆがめていたが、基地の建屋に到着したので話は続かなかった。


 古びた石造りの建物だが、戦争にでも使えそうな頑丈な建築だった。中には、がらんとした中に大量のベッドが並んでいる。俺たちは部屋履きに履き替え、三つの椅子を暖炉のそばへ並べた。


「あたし、買いものに行ってくるね」

「ああ。ついでにこいつを出してくれ」


 手紙を渡すと、シルヴィはすぐ戻るねと残して外へ出た。少し膝が痛んでいて休みたかったが、かなりの数の資料が残っているので、まずはその紙を片っ端からかき集めた。最初の二時間はそれを整理するのにつぶし、それから役に立ちそうなものを振り分けた束をつかむ。


「討伐の期限は半年、のんびり始めるか。とりあえず、これまでの討伐隊長の日誌を教えてくれ」

「これだね。最新のはソラス大魔道のだ」


 キッカから錠がついた立派な表紙の日記帳を受けとった。鍵はかかっていない。俺はすぐにページを繰っていった。事細かに白龍の特徴が書いてある。まずはここからだ。


 白龍。レムリアを滅ぼした龍族。群れをなさず山海の動植物を食って生き、普段は何もしないが攻撃を仕掛けると怒り狂う。主力武器は盤古バングゥの吐息と呼ばれる炎のブレス。しばしば崑崙こんろんの神通力により大規模な地震を起こす。毎晩、入眠時に莫耶ばくやの光明と呼ばれる術で体力が回復する。


 身体の特徴は次のごとし。まず……


 長い説明を、俺は一字も漏らさずに読み続けた。


「……本気なんだな」


 キッカが横から話しかけた。


「冗談と思っててもいいぞ。あんたが俺をどう思ってようがかまわんさ」

「……なぜ勝てると思う? ボクは報告が仕事だ。うまく行きそうかは王国の事務官に答えなけりゃならない。教えてくれないか」


 ふむ、と口ひげに手を当て、そういう事もあるかと日誌を机に置いた。その隣に置いてある文献をキッカに手渡す。


「これは、ジャパニア語か?」

「そうだ。俺には読める。あと討伐隊の指揮をしていたソラスも読めたみたいだな」


「そうだな……ボクにはまるで読めないが」

「説明するよ。白龍に攻撃を仕掛けた時、大きく暴れたことがなかったか?」


「それはあった。初回の攻撃の時だ。ただ理由は聞いていない。監視隊は討伐隊の作戦がどんなものだったかは知らないんだ」

「その理由がそこに書いてある。白龍の絵があるだろう。字は読めんかもしれんが、その喉へ伸びた矢印を見てみな。東洋の龍には逆鱗げきりんってのがあってな」


「げき……何?」

「白龍には八一枚のウロコがある。そのうち、あごの下に一枚だけ逆さに生える鱗があって、そこに触れられるだけでかなり大きなストレスを感じる。日誌によると、二十八次討伐隊はそれに触れて大暴れをした。ソラスは、逆鱗げきりんを狙うなと討伐隊に通達を出している」


「なるほど、じゃあそこを狙ったら暴れてまずいわけだ」

「そうだ。だがそこは考え方だ。実は逆鱗の裏側に心臓があって、角度をつければダメージになる。そこにさっきの質問の答えがある。俺の戦い方でなぜ勝てるのかだ。確かに俺はレベル4だ。そしてひとりだ。だが、俺には戦訓と理論を生かした技術がある。そのわずかな違いが、龍を倒せるかどうかにつながっている」


「逆鱗を打てば倒せるってことかい」

「いや、逆鱗を含めて、多くの急所を狙えばいいって話だ。そういういくつもの情報をまとめて、俺は算段を立てた。よく勘違いされるが、俺はおまえらを軽蔑はしてねえ。侮ってもいねえ。単純な頭の回転や力の強さなら、おまえらは俺よりもはるかに上だ。だが、戦い方が単純すぎる。生物の繊細さ、その緻密な構成、複雑な動作に気づいていない。だから武術が生まれない」


「武術……」

「そうだ。武術だ。武術があるから俺は勝てる」


「ボクたちにも武術はある」

「だが単純で雑だ」


 キッカが椅子の脇に荷物を置いて、整えた声で話しかけてきた。


「それでもまだ納得いかないな」


 キッカが長い髪を結わえなおして、眼鏡をテーブルに置く。


「なにが」


 俺は文献を整理しながら聞いた。


「キミになにかしらの計算があるのは理解できた。それでもあんまり突飛すぎてね。ボクにはやっぱりついていけないんだよ」

「それが?」


 書物を繰る手を休めた。


「キミの理屈がどういうものかはわかった。でも腕はまだ見ていない。なにしろボクにはこの国の常識が体にしみこんでいてね。レベル4の人が言う勝算を、そうですかと納得できないのさ」


 キッカが自分の槍を手に取った。穂先を包む袋の中から、鋼の鈍い光が零れ落ちた。


「ひとつ、立ち会ってもらえないかな。白龍を倒せる身が、このボクを倒せないということはないだろう。


 もし、ボクに苦も無く勝てるならキミのことを認めよう。ほかの討伐隊と同じように協力しよう。でもボクすら倒せないようなら、支度金を返済してもらって、討伐隊は再編成する」


「俺が討伐に失敗しようが、お前には関係ないだろ」

「まるで勝算もない冒険者を死なせたとあると、ボクにとっても不名誉だからね。そしてもう一つある。どうも見ている限り、キミが死ぬとあの赤毛の若い子が悲しむことになるように見えるんだ。キミがどんな奴か知らないけど、彼女が解放されても喜ぶことはなさそうだ。それが納得いかない」


 キッカの口調は少しずつ早口になっていった。


「どうしてただの監視役が人の幸福を気にする?」

「ボクはナイトだ。ナイトは女の子の涙を許さない。オーケイ?」


 キッカの穂先はまっすぐに俺の喉を向いている。俺は小さく息をつくと、親指で小屋のドアを指さした。


「キミの武器は?」

「これでも持っていくか」


 俺はシルヴィが置いていったナイフを手に取り、見えないようにカランビットを後ろ手にして腰にさした。キッカがドアを開ける。外には細かい雪が降り始めていた。


【ステータス】

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名前: キッカ・ド・ナセリ

LV: 38

年齢: 20

種族: 人間

身分: 貴族(卿)

職業: 騎士

属性: 光

状態: 警戒

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HP: 544/544

MP: 162/162

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攻撃: 422

守備: 330

敏捷: 691

魔術: 110

信仰: 369

運勢: 140

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武器: 騎士の槍

防具: 騎士の鎧

財産: 2,657,326 Ɖ

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スキル

 刺突アロンジェ(HP10)

 回転防御コントルカルト(HP5)

 無効化ノンバラブル(HP15)

 剣戟フラーズダルム(HP20)

 白兵戦バタイドゥベガ(HP25)

 治療ラ・ゲリズン(MP4)

 結界バリエル(MP10)

 閃光リュミエ(MP10)

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