第24話 女騎士との対決
石壁に立てかけたキッカの槍が持ち主の手に収まった。よくしなるようにできている。穂先は細く、実戦を経て軽さを追求した結果のように見えた。それを構える両手も、レベル38のナイトらしい風格がある。
妙なことになったが、金のためと割り切ってナイフを抜いた。
「勝敗はどう決める」
「最初に血を流した方が負けにしようか。結果死んでも恨みっこなしだ」
それを聞くなり、俺は声を上げて笑った。
「なにがおかしい?」
「ガキの遊びかよ!」
言うなり、俺は短剣をキッカの歩竜に投げつけた。
「ああっ?」
一瞬、キッカが目線を切る。鼻先に迫ったが刺さるようには投げていない。キッカの意識の空白を突いて踏み込み槍の柄をつかむ。ひきよせながら、右胸の下へ貫手を突き刺した。ドンと指先に手ごたえ。
「ううっ……」
うめきながらもキッカは槍から手を離し、雪原を蹴って身を翻した。後ろ回し蹴りだ。拍車をつけたブーツの踵が、素晴らしい速さで眼前に迫ってきた。
「おう」
槍を投げ捨てると、蹴りを外すために自分から体を大きく崩した。雪の上に仰向けに倒れる。女騎士の顔から完全に笑みが消え、瞳は殺人者の色に変わっていた。
キッカは倒れた俺の上へ
そして、そこが俺の狙う隙だった。
「
キッカの横っ面に、屋根から下がったつららをぶち当てた。相手に集中すればするほど、死角からの攻撃は入る。キッカの顔が大きく横へ向いた。
両足をキッカの胴体に巻きつけ、短刀を持つ右手をおさえる。腰のカランビットを取り出し、ざっくりと右脇を斬った。
両足で胴をコントロールしながら馬乗りになる。抵抗はできそうにない。短刀を奪いながら、俺は雪の上に立ち上がった。
「不覚……」
キッカは雪の上に座り込み、左手で脇を抑えて止血した。正しい判断だ。その手を離せば噴水のように鮮血があふれる。両手を封じられ、キッカは手もなくうつむいた。
「続けるか」
「いや……ボクの負けだ」
俺は雪を手にとって刃物を拭うと、懐に戻した。
「お前の歩竜を驚かして悪かった」
「彼に言ってくれ。名前はパウロだ」
額に油汗を流しながら、キッカがウィンクを返した。
「パウロか。すまんな」
歩竜は一度俺の方を向いたが、フンと一度鼻を鳴らしただけで、ざすっと雪の上に腹ばいになった。
「嫌われたかな」
「照れてるだけさ」
キッカが自分に治癒の魔法をかける。すぐに血は止まった。
「数日は大きく動かさないほうがいいぞ。ふさぐのと完治するのとは違うからな」
「お優しいお言葉だね。こんなにあっさり動脈をやられたのは初めてだ。恐ろしい技術だ……」
「そりゃどうも」
地面に広がったキッカの血へ足で雪をかけた。シルヴィに見せたくなかった。
「我慢はしたが、白状すると最初の一撃が効いた。指を肋骨に突き立てられた時だ。鍛えていたはずなのに、恥ずかしい話だ」
「そんなことはねえよ」
はっきり、その言葉は否定しておいた。こいつはこの大陸では相当に真面目に鍛え、訓練してきたはずだ。その努力を無駄だというつもりはなかった。
「お前らの常識じゃ、急所は心臓やみぞおちってことになってるんだろう。あんたの胸当てもそこを守るようにできてる。
だがもう一つ怖いのは乳房の下、アバラの部分だ。そこは大胸筋も腹直筋も関係ない、もう一つの大急所だ。皮膚の下がすぐ肋骨と臓器で、腹みたいに締めて耐えることができねえ。
打たれると鼻水が出て鼻が詰まるし、大胸筋が一時的に麻痺して腕も使えなくなる。指先でなくても、棒や石でもゲンコツでも抜群に効く。覚えとくといいよ」
「恐れ入った。ケンカを売る相手を間違えたよ」
「ただ、こんなのはヤツを倒すこととは何も関係ねえけどな」
空を見上げる。巨大な姿は俺たちの小競り合いに気づくこともなく、ひとり太陽と戯れていた。
「とにかく、ボクはもうキミを疑うことはしないよ」
お互いに笑顔が戻ったところで、サクサク深い雪を踏む音が聞こえた。シルヴィだ。
「何してんの二人とも。こんな寒いのに」
キッカと顔を見合わせる。ふふっと小さく笑って、キッカがシルヴィへ答えた。
「キミを待ってたんだよ」
「はあ? 外で? なんでですか?」
俺も笑った。シルヴィは怪訝な顔のままだったが、適当に押し切って三人でレンガ造りの建物に入った。
俺はイモとニンジンの皮むきを始めた。かなりの量だ。三人分の料理を作った上に、この季節に合わせて保存食も用意するつもりのようだ。
「毎食作ってくれるのかい、これから」
キッカが皿を洗いながら聞いた。前回は料理人を雇っていたが、シルヴィが道中にそれを断ったのだ。
「ランズマーク領では砦の家事が奴隷の仕事でしたからね。レシピは多いですよ」
「ボクにも教えてくれないか。独り身なのに料理が下手でね」
キッカが楽しそうに厨房へ立った。皮むきを終えたので何か手伝うと言ったが、邪魔だからすっこんでろと追い出された。
毎日のように誰かメシ作ってくれないかなと言っていたが、実際にやってもらうとなると恐縮だ。あと手持ち無沙汰だ。人にメシを食わせてもらって平気な奴って、どんな神経してるんだろう。
寝転がって、いつもより体の調子がいいことに気がついた。この数日間、ずっとシルヴィが作ったものを食っている。濃い味付けのメシを飲むように食うのをやめ、話を楽しみながら、よく噛むようになった。栄養には気をつけていたが、やはり食い物に細やかな神経を使う時間は限られる。シルヴィに働かせたくはなかったが、ありがたいのは確かだった。
少しして、大量のガレットがやってきた。全員分の椅子を並べて、俺は一番粗末なやつに座った。
「これの中から好きな香りを教えて。好みを絞っていくから」
シルヴィがいくつか小皿を並べる。白みがかった緑のソースをひきよせた。淡い香りがした。
「甘いのか?」
「うん。心配なら指先で少し味見して」
甘味が舌先を突いたが、砂糖じゃない。
「ステビアだな」
「そうね。果物が入ってるのに使うといいわ」
よく見るとガレットは何種類もあり、包んでいる具材がそれぞれ違う。果物には甘いやつが合いそうだ。
「こっちは故郷にもあった香りだ」
「タイムとフェンネル。味は岩塩。魚に合うわ」
「
「ジャパニア語? そんな言い方するのね」
その通りだが、この使い方は初めて見た。俺の知る限り、その二つは胃薬と痛み止めだ。
「魚は干してあるから香りを殺さないわよ」
「は、はあ……」
すっかりペースを失い、言われるままに食べはじめた。作ってもらうのに違和感があったが、味は俺の雑な料理より数段上だ。
最後の赤いのはトウガラシで、これは俺でもすぐにわかった。俺は
「なんだか昔を思い出すな」
「そう?」
そっけなくしているが、シルヴィはこっそりキッカにも目を配っていた。多分、これはガレリアの味付けじゃないんだろう。俺の故郷で使われている食材を選んで、知らないなりに近い味を作ってくれたのだ。
ゆっくりとクレープをかみしめた。俺のことなんかに気を配るなと言いかけたが、もうそれはやめた。
食いながら、キッカに討伐記録の話を訪ねた。話はやがて、前回の討伐がどうだったかという話に行き着いた。
「夜、日没が過ぎてから一時間で眠り、日の出とともに起きる。ヤツの睡眠時間はかなり長い。なぜ夜襲をしかけなかった?」
「やったさ。でも矢が鱗で跳ね返されるんだ。攻撃を始めたらすぐに目を覚まして暴れられる。木々を倒して翔けられたらもうかなわないよ。夜のほうが危険だ」
「大魔道ソラスはどうやって挑んだ」
「虚数結界をはって、頭めがけて流星。一つ一つが鋭いからそれなりにダメージは出せたけれど、連発ができない。回復中は随伴の魔法使いと弓使いが一斉射撃。それでも気絶は無理だった。数時間もすると『莫耶の光明』で全快する。そうなると一からやり直しだ。
結局、三回目に大魔道は結界をはる直前にブレスの直撃で死んだ。木のない台地から仕掛けた時に。ボクたちが救援に入った時には半数が取られていた……」
「取られたってなに?」
食べながらシルヴィが聞く。キッカが言いにくそうに口を歪める。代わりに答えた。
「殺されたってことさ」
「ああ……」
スープを口に運んで、手ぬぐいで口をこすりながら聞いた。
「俺が聞くのもなんだが、あきらめるって選択肢はないのか」
「この土地は魔法石の産地だ。白龍がいるとマナを食われちゃうんだよ」
なるほどなと言いつつも、そんな理由かよと思う。マナは魔力にしか影響しないから、無くても作物は育つ。メシを食うだけなら白龍を倒す必要はない。政治の事情はくだらないな。
「ご馳走様。美味かったよ。またこのソースと一緒に作ってくれ」
「いいわよ」
シルヴィが食器を下げる。ふと、もっと時間をかけて食えばよかったなと思った。食い物の話もしたかったし、感謝の気持ちも伝えたかった。なにより、こういう時に気の利いたことが言えるようになりたかった。いや、なろう。この仕事が終わったら、きっと。
食器は俺が洗った。戻ると窓から夕焼けの色が消えていた。二人はもう横になっている。天井へ吊ったランプへ、小さく風を飛ばして消した。
【アイテム】
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名称: ガレット
強化: HP+50(上限突破)
MP+30(上限突破)
解説:
ガレリアの郷土料理。原義は「円く薄いもの」。
そば粉・水・塩から作成した生地を平鍋で焼き、
四角く折りたたんで作る。生ハムや魚、チーズ、
鶏卵などを入れることが多い。小麦の栽培には
向かない痩せた土地の料理だが、香りは豊かで
あり地方によっては高級料理とされる。
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