第22話 討伐志願
「逆らえる立場じゃないってのはわかってるわ」
シルヴィが言った。ルテティアの城門が見え始めたあたりだった。
「でも死ぬかもしれない。わかってるでしょう?」
「お前に迷惑はかけないよ。主人が死んだら奴隷は解放されるし、お前はパーティ登録してないから借金も引き継がなくていい。都合が悪いところは何もないだろう」
「そうじゃない。どれだけ鍛えたって、おじさんは生身よ。やるならもうちょっと現実的な依頼を受けるべきよ」
「どうしたんだよ。なんか嫌なことでも思いだしたのか」
「違うわよ。怖くておびえてるんじゃない。この前の失敗で思い知ったの。無理したってろくなことにならないって。それに……」
言って、少しためらいながらシルヴィが続けた。
「それに、おじさんがやる理由なんてないわ。ねえ、なんでやるの? 自分のため? あの馬車で死んだ人たちのため? それともあたしのため? 自分のためならわかる。でも他の人のために、わざわざ命を削る必要ある? お金は必要だし、あればいいとは言ったわ。でも今回は別よ。こんなバクチみたいなこと、やる意味がわかんない」
俺たちは通行証を見せて門をくぐった。雑踏に踏み入れる前に軽く肩を回し、それからまっすぐにシルヴィを見た。
「ブリストラでシルヴィがやった時とは違うよ。ちゃんと勝ち目はある。バクチに走るつもりはないよ」
「本当に?」
「武術には格闘、白兵だけじゃなくて、兵法っていう分野がある。そこで学んだ技術を使えば十分に勝ち目はある。俺にはもう、目星はついている」
「どんな?」
「食いながら話そう」
シルヴィの質問攻めもこれで三日連続だ。だが、ちょうど俺の頭もまとまってきたので、山のようにアヒルとウサギのサンドイッチを抱えて公園のベンチへ座り、計画を詳細に話し始めた。
あの龍を知っているのは幸運だった。なにしろ故郷でも、あれを倒すならという話は道場で散々してきたのだ。その中で、いくつかの現実的な案は出ていた。それを基にした俺なりの方法も、頭の中で組みあがっている。
シルヴィは細かくつっこんできたが、どの質問も答えられた。山のようなサンドイッチが二人の腹に消え、バケツみたいなコップに入れたヤギのミルクも空になる。そのあたりで、ついにシルヴィが口をぬぐいながら首を縦に振った。
「言ってることはわかったわ。できそうには思う。あとこのサンドイッチ美味しかった」
「だろう。俺は仕事もメシもしっかり考える主義なんだ」
「でも能書きは能書きよ。本当にうまく行くかは別でしょう」
「どんなことだってそうだ。ただ時間はかかるけど、やる気があればできるさ」
満腹の腹をさすりながら庁舎へ向かう。そこに伝言を頼んでから、今度は冒険者ギルドへ向かった。賞金首の張り紙はそのまま残っていた。俺はそれをビリビリとはがして、受付の女へ持っていった。
仕事を探していた連中が、おっ、と集まりシルヴィを押しのけて俺を囲む。群衆をかきわけて賞金首のチラシを机の上に置いた。受付の銀髪が上目遣いに俺の顔を伺った。
「……ご用件は」
そう言ったが、すでにわかっているのが伝わってきた。周囲の連中も目に同じ色を浮かべていた。
「この賞金は俺がもらうよ」
一瞬だけ、しんと静まり返る。俺が周囲を見回して口の端を上げたときに、ようやく歓声が轟いた。
声はギルドの外まで響いたようだ。ばたばたと人がなだれ込んでくる。囲まれて肩と背中をばんばんとたたかれた。
「やんのか!」
酒の臭いが俺を包んだ。
「何人集めるんだ? 補給のあてはあるのか? 武器の調達は?」
「やるのは俺だけだ」
聴き耳を立てていた盗賊が大声で叫んだ。
「ソロだ! 二十九次はソロだぞ!」
周りが同じ言葉を繰り返す。そのたびに歓声は膨れ上がった。ソロだ、ソロだ、ガレリアに英雄がいるぞと繰り返した。
「おい、そこの女は?」
「やらせないよ。俺だけだ」
「すごいなお前! レベルは?」
「ステータス・オープン」
俺の右肩にみんな一斉に視線を移す。そこで、それまでの騒ぎが間違いだったかのようにおさまった。
「なんだ」
白けた空気の中を誰かが吐きすてた。
「ギャグか」
「いいや」
「自殺か」
「いいや」
「バカか」
「それはまあ、あってるかもしれん」
「バカじゃないわよ」
シルヴィが緊張をこめた手を握って話に割り込んだ。
「この人はやるわ」
「お嬢ちゃんは世間知らずだねえ!」
誰かが大声を出したが、シルヴィは答えなかった。受付の銀髪女が、ふうとため息をついた。
「あの、おじさん、レベル4でレムリアを滅ぼした白龍に挑むんですか? とても許可できませんよ」
「ところが、そうはならないんだ」
龍の絵と賞金額を書いた紙に手を乗せたときに、背後でドアが開いた。つかつかと軽い足音が俺の背に近づいてくる。
「本当に来たんだね。背中を見るまで信じられなかったぞ」
「来るさ。さあ、承認してくれ」
入ってきたのはキッカだ。騎士は複雑そうにメガネの奥を閉じながら、巻いた羊皮紙を机に置いた。中には軍団長の直筆が書かれている。
「あれだけ手伝ってもらったんだし、協力は惜しまないと言ったよ。ただ、賛成とは言えないけどね……」
受付が手紙を開いた。
「ガレリア王国ベルギリア方面第四軍の名の下に、第二十九次白龍討伐隊の編成を承認する。隊員は……空白のようですが」
羽ペンを取り、漢字で自分の名前だけを書いた。広々としたスペースにインクが染み込んでいく。
いよいよわからんという顔で全員がきょとんとしている。キッカも苦々しい顔のままだ。
「支度金を貸してくれ。七百万ダカット。討伐隊はその賞金額の十分の一を上限として金を借りることができる。そういう決まりだ。悪用がないよう、監視役もつけてもらえるんだろう」
「それはボクがやる……やるが……」
キッカが唇を波打たせて答えるが、態度はどうでもいい。欲しいのは言質だ。
「だそうだ。さ、行こう」
シルヴィのツインテールを払って、肩をポンと叩く。ざわめきを残して表へ出た。風はやんでいて、静けさが心地よかった。
「言っちゃったね」
「そうだな」
シルヴィが言った。
「緊張しない?」
「ああ。気楽だよ」
キッカが俺たちを追ってきた。連れている歩竜は片目から腹にかけて大きな縫い痕ができているが、前よりも元気そうだ。
それにひらりと乗ると咳ばらいをして、俺たちに声をかけた。
「キミたち、何者だい」
シルヴィと二人で首だけを後ろへ向けた。
「どう見える?」
「ボクには無謀としか見えないけれど……でも、二人はステータスを隠す秘術を知ってる伝説の勇者、かもしれないよね」
「いいや」
「いいえ」
俺たちは同時に答えた。
「主人と奴隷はカモフラージュ。本当は亡国の王子様と王女様で……」
キッカが笑いながら畳みこんでくる。
「ねえよ」
「ないですね」
また二人で同時に答えた。
「でもワケありとしか思えない二人だ。なかなかに興味深いね」
キッカが笑顔で俺たちを見た。女騎士は前より幾分おしゃべりになっていた。元々は明るい性格なのだろうか。
「前の討伐隊にも東洋人がいたな。低レベルなのに、そうは思えないくらい強かった」
一瞬、渋い気分で唇をゆがめて足をとめかけたが、すぐに続く石畳に目を落とした。
「シンドーって奴か」
「名前は知らないけど、よく覚えている。ソラル大魔道が死んでから、かなりの人数を救い出して撤退させてた。あの道中で亡くなったけどね。魚を取ってくれたのを覚えてるよ」
「魚?」
「基地のそばの池で爆裂玉を使って魚を捕っていたんだよ。ボクたちにも分けてくれたことがあった。水の中だと爆発の威力は何倍にもなるとか言ってたな」
「へえ」
適当に相槌をうった。なんだ。あいつがくれたのは魚を獲るための道具か。もっと大袈裟なことを言っていた気がしたが、拍子抜けだな。
とにかく死んだ奴より生きている奴のほうが大事だ。理不尽なものには目を向けない。それが明日を見る方法だ。
少し歩いてからまたキッカが声をかけてきた。
「無口なほうかい?」
「ああいや、そんなことはねえよ。まあ口は食うために使いたいけどな」
それを聞いて安心したのか、キッカが大きな声で笑った。シルヴィも笑った。
「おじさん、食べるために生きてるもんね」
「生きるために食うようにするよ」
シルヴィの声に気分が和んだ。笑顔でいようと思った。生き延びるために。
ウルル、と、小さな吐息が聞こえた。キッカの竜が軽く火を吐いて、街路の雪を溶かしながら歩いている。自分の道を作りながらのろのろと進む姿が、なんとなく俺に重なっているようでおかしかった。
【ステータス】
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名称: パウロ
種族: マラク
分類: 歩竜族
LV: 25
属性: 大地
状態: 負傷
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HP: 203/220
MP: 102/102
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攻撃: 280
守備: 289
敏捷: 152
魔術: 99
信仰: 140
技術: 66
運勢: 211
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武器: なし
防具: 胴当て
財産: 0 Ɖ
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スキル
かみつき(3HP)
ひっかき(6HP)
とっしん(10HP)
ファイアブレス(12MP)
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