第20話 金、金、金

 ルテティアに到着するまでに、馬車の中でもかなりの人数が命を落とした。男も女も「お母さん」とつぶやいた奴はたいてい、その数時間後には息を引き取っていた。


 百人以上をつぎ込んだ第二八次討伐隊はガレリア王立大学の大魔道と、多数の名もない冒険者を殺して終わった。残った奴らも支給品の返済のために多額の借金を抱えることになる。


 そして首都の中心地に入ると、同じような事情の奴がいくらでもいることがわかった。こういう人生に未来を見つけられなくなった奴らへ向けた、バクチのようなミッションに関わったやつらがいたるところにたむろしている。職探しの札を首からかけた若者が、加工肉のようにすりつぶされていく、それは故郷でもよく見た光景だった。


 最後のけが人を寺院へ担ぎこみ、最後にキッカが俺たちのところへ来た。


「おかげで病院送りも墓場送りも相当減らせた。報酬が食事だけで申し訳ないが、これも彼らの借金を増やしたくない。ご理解いただきたい」


 言って、騎士は寺院の入り口で俺たち三人に敬礼を向けた。


「いくつか頼みごとをしたよな。よろしく頼むぜ」


 暗い気持ちを隠して、事務的に答えた。


「承知しているさ。約束は守る」

「ありがとうよ」


 街道に降りると、シルヴィが寺に少しだけ目を向けてつぶやいた。


「キッカさんが自腹で払えばいいのに」

「俺たちの給料をか」


「だってあたしたち、あんなに働いたのに。自分は無傷で、高い給料もらってさ」

「そいつは言っちゃいけねえよ。あいつにはあいつの役目がある。役人が規則を守ってしっかり仕事をしてくれるから、助かった人がいる」


「それはわかるけど」

「契約してない相手に金をよこせって言うのはよそうぜ。それ言っていい相手は家族だけだよ」


 言ってから、少し気まずくなって口を閉じた。説教しているみたいだし、無職が金を語るなって感じだ。


 間がもたないのを見て、ラクシュが口をはさんでくれた。


「ね、二人ともこれからどうすんの」

「今すぐは決まってねえよ。とにかくシルヴィの家族はガレリアにいるらしいんだ。身分を解放したら探すのを手伝うさ」


「あー、そういう話だったよね。じゃ、あたしはこの街で昔の取引先に仕事分けてもらうよ。三人旅もここで終わりだね」

「そうか……世話になったな」


「うん。だから貸したお金は返してね。これ借用書。あたしのサインがこれ。あんたのサインはここ」


 あれこれ積みあがって五万ダカットか。ぱっと稼ぐのは難しいな。ラクシュのサイン欄には大きな丸上に小さな丸がポンポンと四つの小さな丸。


「いいのかこんなので」

「さっさと書く」


 へいへいとその下に漢字を書いた。


「いつ見ても文字と思えないね」

「お互い様だろ」


 ラクシュは紙を背負い袋へ入れて、商人ギルドへ向かった。一回だけこちらを振り向いて、ひらひらと手を振る。それを見て、苦々しくシルヴィが鼻を鳴らした。


「お金、お金、お金……みんなみんなみんな、お金のことばっかり」

「お前だってランズマーク領を出る時はそうだったろ」

「だから言いたくなるのよ。普通に生きたいだけなのに、なんでこんなにお金かかるのかしら」


 そうだなとシルヴィの肩を軽くたたいてギルドに向かった。まったく言うとおりだ。ヒマな喫茶店で植木鉢でも眺めながら暮らしたいが、現実は辛い。


 酒場に併設しているギルドの建物へ入り、まっすぐに受付へ向かった。大きい髪留めをつけた銀髪の女がこちらを向く。すぐに俺から切り出した。


「ダン・ゴヤ。第四軍隷下の百人隊長キッカ・ド・ナセリから報告を届けに来た。第二八次白龍討伐隊の生還者が先程帰還した。ミッションは失敗だ」


 俺がスクロールを机に置いた。えっ、と交互に紙と俺を見つめ、それからおずおずと聞いた。


「ソラル教授は?」

「死んだ」


 ざわっと周囲の奴らが立ち上がった。


「小指の先も残さずに消えたそうだ。こちらがソラルはじめ死傷者のステータスの写しだ。家族がいる奴に伝えてくれ。冥福を祈ると」

「は、はい」


 銀髪に小さな巻物を渡した。


「……たしかに。ご報告ありがとうございました」


 しんと静まり返る中、受付が粛々と掲示板の情報を書き換える。賞金は七千万ダカットに引き上げられていた。


「それじゃあ」


 俺たちはギルドを出ると、その夜は安宿に入り、料理と掃除を手伝って晩メシにありついた。


 *


 二階に行くと、すぐにシルヴィがペンデュラムを地図の上に垂らした。ガレリアに入れば、親父がいる場所を示してくれるというやつだ。


 だが、地図の上にお守りを吊っても動きはしなかった。『メゾン』と呼んでいる父親の家に近づけると、右回りに回転するらしいが、全く動く気配がない。俺も地図をのぞき込んだ。


 シルヴィは自分の住所は覚えていない。故郷につながる手がかりはこいつだけだ。落胆が手に取るように伝わってきた。


「どうしよう……青い光を出して回るはずなのに。マナが弱いのかな」


 マナというのは大地に宿る魔力だ。それが豊かな大地では魔力が倍加したり、魔力を宿した鉱石が採掘されたりする。


「もうちょっとマナの強い土地を探して……でもこの国から離れるわけにはいかないし……」


 これがダメなら次の手は人探しを頼むということだが、ガレリア全土は広い。王国全土の盗賊や商人、占い師、吟遊詩人などのギルドに頼んで調査を依頼するしかない。そうなると相当の金が必要だ。


 何度か、あの馬車で死んだ男の顔が脳裏にうかんだ。


『恋人に認められるため、腹をすかせた子供のため、どうしても欲しい未来のため……金が必要な奴がな』


 しばらくシルヴィは狭い居室で地図とペンデュラムに向かい合っていたが、疲れたのか、髪を下ろすとすぐに横になった。俺が静かに明かりを消すと、お父さんという寝言が聞こえたような気がした。


 眠れなかった。一人稽古でもするかと指の爪を切って外に出た。宿の前は雑木林だ。立ち木に向かって三戦サンチンに構えた。


 両足で地面をつかむように腰を落とし、下半身の筋肉全体に力を入れる。ガジュマルの大木が地に根を下ろすように姿勢を整え、腹を膨らませて背中の筋肉で肩をぐっと落とし、掌を開いて指先をそろえた。


 鋭い呼吸と同時に木へ指先を突きたてた。何度も。何度も。空手は多くの流派では拳を鍛えて殴るが、俺が習った空手は手を開いて指先を打ち込む。これは貫手ぬきてという技術で、指先を強く打ちこんでも傷めないようにするため、長い修練が必要になる。


「十、十一、十二……」


 あまり人には稽古している姿を見せないようにしていた。実力を知られたくないからだ。師匠にそうしろと言われていた。


『生き残りたければ武術をやっていると言うな。石を担ぐ仕事をしていたとでも言っておけ』

『それじゃ舐められちまう』

『舐めてくる相手なんかどうでもいい。ケチなヤツに使うための武術じゃない』


「百二十一……百二十二……」


 子供のころを思いだしながら、指先で黙々と立ち木を突いた。ぐらぐらぐらと、また地面が揺れた。今度はまったく揺るがなかった。三戦サンチンが、武術が、俺の全身を支えてくれていた。


『私たちみたいな戦いのプロは、間違ってもくだらないケンカなんかしちゃいけない。失うものが大きすぎる。強くなるって一生懸命努力して、牢屋に行くんじゃ何をやってんだかわからない』

『じゃあ何のための武術だ? 何のために俺たちは鍛えてる?』


 俺がムキになって言い返しても、師匠はいつも静かな笑みを崩さなかった。


『大物を狙いな、ダン。誰も倒せない大物を。そいつの喉笛を貫手でぶち抜いてこその武術だよ』


 姉のようにしたっていた師匠の言葉が遠ざかる。剥がれ落ちていく樹皮が足下に積もっていく。


 大物。大物ってのはなんのことだ。虎か。鬼か。それとも……立ち木に指を突き立てながら頭に浮かんだのは、ギルドの壁に貼られたゼロが並ぶ張り紙だった。


 金、金、金か……


 【賞金バウンティプログラム】

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 賞金首: ベルギリアの白龍

 LV:  88

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 賞金: 70,000,000Ð

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