第19話 ガレリアの龍退治
「どこで募集してんだ、こんなの」
空を舞う龍の挿絵をかざした。新しいインクで書いてあって、ガレリア王家の印鑑が押してある。
「全土に張り出されてるよ。現世に姿を見せてる種族では最高クラス。ほとんど神様だよね。魔神オーディーンが86、霊鳥コスモゾーンが91だからその間」
「すごいな……六千万ダカットか」
ラクシュへ白龍の絵を返したところで、馬車は舗装道へ入った。西へ日が傾いていく。ラクシュが、あそこでと大きな木の陰を指さした。俺たちは焚き火をして天幕を張り、干物のタラと乾燥させた海藻を煮た。これで当分は海のものとはお別れだ。潮の香りを腹に溜めて、料理用の火を焚き火に変えた。
「野宿と行くか。俺が最初の番するよ。次がラクシュ、明け方がシルヴィでいいか」
「うん、よろしく」
言うとラクシュは猫になってうずくまり、シルヴィも木の根を枕に毛布をかぶった。武術の型でもやるかと立ち上がり、軽く体を動かした。ところが少し時間が経ったとき、俺たちのいる場所と違うところで鳥が声を出した。何もなければ夜には鳴かないはずだ。焚火から離れて気配を殺し、懐の刃物に手を伸ばした。
街路に響く車輪の音から、かなり規模の大きい集団が移動しているのがわかった。焚き火の間から槍と兜の装飾が見えた。ガレリアの辺境警備隊だろうか。
「誰かいるな」
先に相手が声を出した。中性的な語調だが女のものだ。先頭のランプの光に続いて、灰色の巨大な
「ボクはガレリア王国ベルギリア方面第四軍隷下の百人隊長だ。傷病人の搬送をしている」
俺も姿を見せた。女の鎧にはところどころに砂がたまっていたが、疲れを見せず凛としていた。
「俺は旅行者だ。今晩カレア港に到着した。首都に向かうところだ。ステータス、オープン」
「ステータス・オープン」
お互いの右肩に情報を開いた。女騎士はレベル37の貴族だ。相手も俺の数値を見たが、見下したりはしなかった。良い教育を受けているらしい。
「ダン・ゴヤ。ダンが名前かな」
「俺は東洋人だ。ゴヤが名前だ」
「そうか、失礼した。キッカ・ド・ナセリ。
「こちらは俺と……」
目を後ろへ向けると、二人ともとっくに目を覚ましていた。
「レベル15レンジャーのシルヴィ、レベル21商人のラクシュだ」
「ボクたちもルテティアに行くところだが、こちらの後続は大半が傷病人だ。同行して看病を手伝ってくれれば、対価なく食料を分ける。どうだい」
ふむ、と同行人を見る。シルヴィが馬車を指さした。
「搬送している傷病人は、疫病の罹患者ですか?」
「負傷した冒険者だ。キミたちに感染する病気じゃない」
弓を背に戻しながら、シルヴィはかまいませんと言った。続いて人の姿に戻ったラクシュが、大きな麻袋を抱えて前に出た。
「商売になるなら協力したいな。薬草なら売るほどあるよ」
「願ってもない。ぜんぶ買おう」
竜騎士は手綱をひいて歩竜を止め、部下たちに声をかけた。
「全隊、ここで小休止とする。湯をわかして怪我人を洗え。必ず傷病者の包帯をかえてから自分の疲れをとるように」
闇の中から幌のついた巨大な八頭だての馬車が現れた。最初に感じたのは強烈な臭いだった。俺は鼻と口をボロ布で覆ってその中をのぞきこんだ。
「ひでえな」
中は贈り物みたいな
「龍退治か?」
「そうだ」
治療をしていた高齢の司教が答えた。
「何回もこんな事が続いてるのか?」
幌の中に重いため息がただよう。空気が動き、血の臭いが鼻をついた。
「彼らは第二八次討伐隊の生き残りだ」
「そんなに?」
「誰も倒せんさ。そして毎回半分が死ぬ」
坊主が顔を伏せてつぶやいた。
「なんでそんなこと」
「それが俗世の定めということなのかもしれんな」
なんのことかわからず見回す。突然、傍らにうずくまっていた男が乾いた声で笑いだした。
「金と名誉さ」
男は口より上の部分に包帯を巻きつけ、まるで仮面をかぶっているように見えた。
「命の方が大事だ」
言い返すと、そいつはまた薄く笑った。
「んなこと分かってるさ。それでもやんだよ。恋人に認めてもらうため、腹をすかせた子供のため、どうしても欲しい未来のためにな。やめられねえよ。どんなにやめたくてもよ」
男の声は細く、息もつげないほどだ。そいつは背中を壁にあずけたまま足を放りだした。
そこで、突然地面が揺れた。グラグラとかなり大きく。何人かが悲鳴を上げた。
「なんだ」
「白龍の神通力ですよ。時々こうやって地震を起こす」
別の若い僧侶が手を止めて叫んだ奴のところへ向かった。
「いやだ! たすけてくれ! 殺すな! 殺すな! 殺すな!」
「大丈夫です。大丈夫ですよ。私と一緒に祈りを捧げましょう」
暴れている若い男は筋骨たくましい戦士だった。それが子供のように泣きじゃくりながら、彼よりはるかに細い僧侶に抱きしめられている。
若い頃の戦争を思い出して目をそらした。老司教がつぶやくように続けた。
「今回こそとは思っていたのですが。百人を超えるパーティでしたし、指揮はレベル65、ガレリア王立大学の教授をつとめるソラル大魔道でした。流星と虚数結界を使える、ガレリア屈指のウィザードだったのですが……」
「死んだのか」
「小指の先も残さずに殺されました。一瞬でした」
「白龍はそんなに強いのか」
「見れば分かりますよ。一度、遠目から見物するといい」
僧侶と兵士は血と膿で汚れた包帯をはがし、湯で傷口を洗い、ラクシュから受け取った薬草を塗り続けた。
「あんた、その発音だと東洋人だな。ジャパニア人。いや、大和国人だろう」
さっきの男が、俺だけがわかる言葉に切り替えた。
「答えなくていい。黙って俺の話を聞け。この討伐にはからくりがあってな。白龍退治はわざと勝てないように、ギリギリ勝てないようなメンツを投げこんでるのよ。
冒険者は借金をしょって最高の装備で挑ませるんだが、そうすると生き残りは一生返済地獄になるのさ。ガレリア国王レイモン二世はクソだ。死んじまえばいい」
包帯の男に、俺も故郷の言葉を使った。
「大魔道だか教授だかってのは?」
「でばる必要があったんだ。流星の魔法が必要だった。俺はちょっと事情を知ってたんだ」
「どうして俺にその話をする」
「悔しいからよ。俺は成人した時に氷河戦争に巻きこまれて、借金から逃げまわってチャイニアにいた。ようやく生きがいを見つけてこの国に来たんだ。それがこのザマだ。もう目玉もなくなっちまって涙も出ねえ」
「生きがい?」
「まあまあ、それはもういいよ」
くくくっと、包帯の中身がもう一度体を揺らした。何かをそいつが放り投げた。魔力がかかっているのを感じた。なにかのマジックアイテムだろうか? 複数の呪符で包まれたその玉には、漢字で一文字「天」と書いてあった。受け取れと言われた。
「お前、道士か?」
「そうだ。チャイニアにいたころは、幽州で屍鬼を百体以上しとめたこともある。そいつは俺の手製だ。白龍に食らわすとっておきだったんだが、ソラスが死にやがったからチャンスがなくてな。くれてやるよ。飛べと念じれば飛んで、触れたら爆発する。威力は折り紙つきだ」
「俺には何もできん。お前の意志なんか受けつぐ気もない」
「おまえなんかに期待しちゃいねえや。ただ聞いてほしかったのよ。こういうクズが生きていたってな。俺を見てくれ。そして憐れんでくれ。ステータス・オープン」
男の右上に目をやった。ショーマ・シンドーという名前の下で『消耗』という文字が薄く消えかかっている。直後、それが切り替わって『死亡』になった。
「坊主!」
司教に声をかけた。のろのろと年老いた神官が寄ってきて、額と口に手をあてた。
「坊主、助けろ!」
「もう死んでおる」
「
「MPが足りん。生きている連中を救わなければ。魂を御手にゆだねられるよう、彼の代わりに祈ってやりなさい」
そいつはぐらりと体を崩して、床に重い音を立てた。同じ国から来た男が。ショーマ・シンドー。進藤? 新藤? 信藤だろうか? 親はいたのか。兄弟はいたのか。恋人はいたのか。なんのために白龍と戦ったのか。死体は何も答えなかった。
【ステータス】
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名前: ショーマ・シンドー
LV: 23
年齢: 29
種族: 人間
身分: 冒険者
職業: 呪術師
属性: 火
状態: 死亡
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HP: 0/177
MP: 2/150
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攻撃: 66
守備: 98
敏捷: 159
魔術: 399
信仰: 501
運勢: 19
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武器: 銭剣
防具: 特殊霊魂の衣服
財産: −112,302 Ɖ
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スキル
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