第16話 二天一流

 鉄条網を蹴りこんで試合場に飛び込み、排水溝に並べてある小石をつかむ。じゃらっという音に、十分な重さと硬さを感じとった。


「なんだありゃ」

「ハーフエルフの主人みたいだぞ」


 観客が声色を変えたが、全く気にもとめなかった。一直線にリザードマンへむかった。シルヴィは地面を濡らして、目に涙をためたまましゃがみこんでいる。


 トカゲの片目が俺をとらえた。遅れてオサフネを横なぎに振り回そうと持ち上げる。それより一手速く、つかみ取った小石をまとめて投げた。放物線を描いてトカゲの背後へ飛んでいく。


爆風ブラスト!」

「ギーッ!」


 石に脊椎を強打され、巨大な魔物が汚く歯を鳴らす。無理やりオサフネをふってきたが、俺は何もしなかった。刃が俺の上をすり抜けていく。正中線を保ってこその刀だ。


 接近してトカゲの腕を捕まえ、手の甲を拳で殴りつける。肉の中に鈍い音が響き、日本刀は宙へ舞った。


「いよっと!」


 飛びついて、つかをがっしりと握りこむ。横薙ぎにトカゲの喉を裂いた。緑色の血が俺の顔に飛び散った。さすがの斬れ味だ。


 リザードマンは俺をはるかに上回るレベル21。屈強で俊敏だ。だが飛び道具は刀に勝ち、ゲンコツは手の甲に勝ち、刀は生身に勝つ。強点で弱点を制する、これが武術だ。


 座りこんでいたシルヴィの右手首をつかみ、小太刀と一緒にトカゲの胸へ突きたてた。これで倒した記録キルカウントはシルヴィにつく。


 ガタガタ震えたままの少女を加護の光がつつんだ。レベルが上がったようだが、この際そんなことはどうでもいい。


 血まみれのリザードマンが全く動かなくなり、闘技場に立っているのは俺だけになった。警備の兵隊がぞろぞろと出てきたが、シルヴィはまだ放心している。大小を手に取り、転がった麻痺玉を拾った。


 さて、どうする。考えなしで動きすぎたぞ。シルヴィをかついで逃げるのは無理だ。連中に恨みはないが、殺すしかないか……


 思ったところで、兵士の一体に弾丸のような黒い姿が直撃した。もんどりうって鎧姿が倒れた。


「ラクシュ?」


 巨大な黒猫がこちらへ駆けより、シルヴィをすくいあげて背中に乗せた。


「どうやって入った?」

「昨日のうちに、金網にちっちゃく穴あけたのさ。ったく、もうちょっと早めに助けてやんなよ」

「やたら煽ってたのはけしかけるためか」


 猫が苦笑を俺に向けた。


「ベッドに荷物おいて、二人で床に寝てさ。バカかな?」


 ひょいと赤毛を背負って黒猫が出口をめざす。気合を入れて地面を蹴った。一人ならなんとか走れる。死ぬ気で門をめざした。出口には司会のドレス女が立っていた。


「わ、わたしはただ、お仕事で……」

「おうそうかよ。無職で悪かったな!」


 最後の麻痺玉を口の中へねじこむ。さっきと真逆のダミ声を上げて、女は地面にひっくり返った。


 二刀で門を斬り開いて外へ。後ろから兵士たちが追ってくる。ラクシュの足はさすがだ。俺が遅れていく。


 道路にいた連中が突然の騒動にざわめいたが、ラクシュはシルヴィを背負ってするすると屋根に駆けあがり、南の海に面した城門を飛びこえていった。


 あいつらが無事ならいいか。俺は足を止め、振り返りながら両手にオサフネを構えた。


 ステータス上、俺にこいつは装備できないことになっている。だが持つことができれば十分だ。


「これはこれは、誰かと思えばあの時のお客様じゃありませんか!」


 追ってきたのは俺たちに刀を押し付けた露店商だ。真っ赤な馬に乗っていた。


 剣を鋭く降って、リザードマンの血をそいつの顔に飛ばす。中華国人が白い袖でぬぐった。


「実に役にたったぜ。貸してくれてありがとうよ」

「礼には及びませんよ! 代官に献上する前に威力を披露する約束でしたからね! 期待以上の見事な活劇! 素晴らしい!」 


 笑顔のままヤツは兵士の後ろへ隠れた。本物の悪人だな。


 俺は細身の刀を左右の掌におさめた。わずかにも錆のあとはうかべてはいなかった。刃こぼれもなく、鈍い光を放って輝いている。


 ずらりと並ぶ兵士を前に、いつもの恐怖と緊張が俺の中でいっぱいになった。荒い息に混ぜてそいつを吐き出した。


 もう何十回も、こういうところに身を置いてきた。それでも毎回、武器を持つ相手の前に立つたびに恐怖が背中を駆ける。


 俺には武術がある。そう自分に言い聞かせた。呼吸の読み方、拍子の合わせ方、間合いの取り方。最小の力で最大の効果を生む動き。親父が死んでから、俺を守ってくれた唯一のよりどころだ。


 俺はもう一度、柄に深く両手を噛ませると、小さくうなずき腹から声をだした。


「ズーッ……」


 緩やかに足を運んだ。兵士たちが動きをとめた。世界が鮮明に見え始めた。現実が厚みと重さを取りもどして、はっきりこの刀の先にいるのだととらえることができた。


「テーン、エェッ!」


 流派独自の気合と共に、先頭の兵士に斬りつける。胴は加減して鎧だけぶっ壊したが、右腕はすっ飛ばした。悲鳴が街路に響く。綺麗に斬ったがつながるかどうかは知らない。ぶんと刀を振る。街路にジグザグの赤が散った。


「貴様、手向かうか!」

「あたりまえだ!」


 全員が槍をまっすぐに俺へ向けてきた。だが一人を躊躇なく倒した勢いに動じたか、間合いは遠い。


「こいつ、怪しげな技を使うぞ」


 兵士の一人がつぶやいた。


 怪しげね。そう見えるか。俺の国じゃ定番中の定番だったがな。


「トアアッ!」


 一人が威勢よく槍を突き出してきた。


爆風ブラスト!」


 風を自分にぶち当ててざっと右へ移動する。空を斬った槍を真っ二つに斬った。兵隊の体がバランスを崩したところでもう一度爆風ブラストで顔面を叩き、崩れたところを蹴り飛ばして転ばせる。


 集団がざざっと足を引いた。その歩数だけ俺が前に出た。柔らかく置くように小刀で次の兵士の槍を抑え、大刀で斜めに斬りこむ。相手は悲鳴もあげずに後ろへひっくり返った。


 兵士たちの勢いは完全に失せていた。密集して防御姿勢を取り、俺の動きを観察する態勢に変わっている。自分たちの見積もりが甘すぎたと、やっと気がついたようだ。


 高く二刀を掲げ、大声を出した。


「代官のベーカー卿に教えてやりな! この武器はこうやって使うらしいですってよ!」


 これは、俺が最初に習った武術。


 東洋最強の武芸者を流祖とする剣術の骨頂。


 兵法、二天一流だ。



  ◼️  相乗効果シナジー  ◼️

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 武装: 備前長船ビゼンオサフネ大小ダイショウ

 武術: 二天一流ニテンイチリュウ剣術

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 理力強化: 弥勒ミロク人中ジンチュウ

 闘位強化: 那由多ナユタ丙寅ヘイイン

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 戦術強化: 五輪書ゴリンノショ/マキ多敵討伐タテキトウバツ

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