第4話 強盗の強盗の強盗

 話をまとめるとこうだ。まずランズマーク家の財産を白鋼はくこう山のコボルトが盗んだ。それでランズマークの息子ジェドが取り返すために俺を雇った。ところがパーティの一人シルヴィは、その財宝を横からひったくるから手伝えという。


 強奪されて強奪し返すところを、横から強奪する。あまり聞いたことがない話だ。


 でも最初は変なことに巻き込まれたと思ったけど、考えてみたらまあいいか。見てればいいだけだし。あとで誰かに怒られたら「怖かったし低レベルだし無職だしおっさんだし」とか言ってればなんとかなるだろ。


 むしろ不安なことは別にあった。


「ジェド、白鋼山に行ったことあるのか?」


 燃えてるみたいなモミジを眺めながら聞く。貴族のご子息が気まずそうに答えた。


「近くまではあるけど、コボルトの住処のあたりは知らないな。でもコボルトなんてレベル2だから、そんな苦労しないかなって」

「そうか。たしかにほとんどのコボルトはそんなに強くないよ。俺は近くまで行ったことあるからな」


 それを聞くとジェドは緊張がとけたのか、少しずつ話題を広げてきた。


「おっさんってもともとどこの人なの?」

「生まれたのは東の大陸だよ。ガキの頃に親が死んでからいろいろ巡り歩いて、五年前からここに住んでるんだ」


「五年もいるなら仕事に慣れてそうなのに、ちょっと慎重すぎないか。馬に荷車に、道具も積んでるしさ」

「レベル4だからな。死にたくねえのよ」

「あーまあ、そんなもん?」


 荷台と馬に並んで道筋を一時間ほどたどった。ミッションは夜までに終わる予定だ。この地域はそこそこ舗装ができていて、俺の足でも普通に歩ける。


 シルヴィの話を思い出して、揺れるツインテールと後姿を見た。奴隷はその証として、魔法がかかった首輪をつけることになっている。ただ少女がつけているのは細くて美しい銀色のチョーカーのようで、一見してそれらしくは見えない。


 そこがランズマーク家がずるいというか、アピールのうまいところだ。その制度を続けるために悪いイメージを薄めようとしているんだろう。


 本当は誰だって、奴隷制なんてろくなものじゃないことは知っている。外ではまともそうに見せかけても、家に入れたら殴ったりレイプしたりなんてのはよくある話だ。奴隷による主人殺しの事件も多い。俺も以前いた東の地域で親父が死んだ時、人買いに連れていかれそうになったからわかる。


 シルヴィが振り返って俺を見た。俺は仏頂面を不自然な笑顔に変えてひらひら手を振った。ぷいっと軽蔑したような視線を叩きつけられた。アホっぽいおっさんだと思ってるようだが、まあそれでいい。


 深く首をつっこむつもりはない。政治の話は俺には重すぎて手も足もでない。なにもできないなら、楽して金がもらえる方法を選ぶ。世の中の矛盾に気づかないのが子供。世の中の矛盾を許せないのが少年、世の中の矛盾を利用しようとし始めたら青年。どーでもよくなったのがおっさん。つまりおっさんこそ自由。


「おっさん、そういえば武器とかないの?」


 ジェドが聞いてきた。


「あるよ」


 俺が懐からひょいと刃物を取り出した。


「何それ?」

「ナイフだよ」


 指を入れる丸い輪をつけた、三日月のようなナイフを見せた。


を忘れた鎌みたいだな」

「うん、まあ、鎌の刃にロープを巻いて持ち手を作ったんだよ。いろんなこと気にするんだな、お前」

「あー、まあ実は。失敗したくないんだよなー。親父が怖くてさ」


「いつまでも子供みたい。情けない」


 シルヴィが口をはさんだ。


「いやだって、俺の親父知ってるだろう?」

「ランズマーク辺境伯と話したことなんてほとんどないわよ。そうじゃなくて、親父親父って、あんたいつもそればっかり。親離れしたらって言ってるの」

「きっついなぁ」


 口をとがらせたが、二人はそれ以上言い争いはしなかった。枯れた木の葉がサクサク、荷台がガラガラ。山が全ての地平を占める中、遠くに木の柵が見えた。入り口に粗雑な木戸をはめてある。


 コボルトのものだ。見張りは一体。扉の横に背中を預けて座っていた。


「ギルドの地図ってよくできてるのね。枝道も多いのに全然迷わなかったわ」

「それは俺が作ったんだ」


 ツインテールがカクッと揺れた。


「こんな奥まで来たの?」

「そだよ。アルバイトでな」


「それなのに退治はしなかったってこと?」

「ヤだよ退治なんて。ケガとかしたくねえし」


「あっきれた……そんなだから街まで降りてきて被害が出たりするのよ? 自分から討伐を申請すればかなりのお金になるのに」


 熱血だねえ。街から逃げようっていう人が、なんでいまさら正義の話をするかね。へらへら笑ってごまかしながら横道へ回った。


「どこへ行くんだ?」


 ジェドが木製の扉へ向けた足を止める。


「財宝は正面から入ってたら重くて持ち帰れないよ。コボルトが盗んだなら札束じゃなくて金貨か宝石だろ。だから荷車持ってきたんだよ。疲れるのはよくない」


 少し広い場所で荷車を止めた。鉄の杭と布をかかえて細い道に分けいった。


「入り口は反対側だぞ」

「これでいいんだよ。そこのちょっと高くなったところに鉄格子見えるだろ」


 俺が指さしたのは小さな換気口だ。盛った土の中に埋め込まれていて、のぞき込むと半地下が見える。そこで、二人があっと息をのんだ。


「あの宝箱だろ」

「何でこんなこと知ってるの?」


「ここらへんの亜人や魔獣なら、縄張りも行動も全部頭の中さ。俺は弱いからこうやって食ってんだよ。戦闘なんかやってらんねえよ」


 へらへら笑いながら周りを見渡す。巡回は多くない。たとえ鉄格子から財宝箱が見えても壊せないと思っているんだろう。ところがどっこい。


「鉄格子の上に土が盛ってあるだろ。そこにこの杭を上から刺す」

「え? なんで?」


 二人が同時に聞いたが、まあ説明いらんだろ。


「いいから刺す。俺もやるって。手が痛くならないくらいに」


 四本の杭はかなり長く、人間の身長より長い。それを三人でぐっと鉄格子の裏側に差し込んだ。土は柔らかい腐植土だ。前に調べた通り。


「そしてこの布を上に張るんだ」

「なんだか全然わかんねえんだけど」

「いいか、うまくいったらサッと取って、サッと引き上げるぞ」

「だから何が?」


 言ってる間に、四本縦に並べた杭へ布を張り、端を縛って固定する。みすぼらしい旗というか陣幕というか、そんな形だ。


「わが友シルフ、旋風を分けあたえよ。暴風ブラスト


 やる気のない詠唱に合わせて印を結ぶ。


「うわっ!」


 ジェドとシルヴィが腕を出して顔を守った。風が布にぶち当たる。テコの原理でバッカンと盛大な音を立て、鉄格子が吹き飛んだ。


「うっしゃあ!」


 ぶっ倒れた鉄格子を乗りこえて、ひょいっと宝物庫に入る。宝箱を両足で挟み、体を二人に支えてもらう。反動をつけて宝箱をえいっと地面の上に放り出した。


「さっさと荷台に積むぞ!」

「こんなのありかよ?」


 穴から抜け出してささっと荷台へ。ジェドとシルヴィが追ってくる。


「ジェド、馬には?」

「乗れるけど?」

「じゃ、よろしく!」


 両手を組むとジェドの足を乗せて鞍の上に放り投げ、俺は荷台へ。最後にシルヴィの腕をつかむと、ひょいっとこっちに引き上げた。


「杭と布はどうするの?」

「あんなもんいらん」


 ようやく音に気がついて見張りが飛んできた。犬みたいな亜人がぶっ倒された鉄格子を見て叫んでいる。思い出したように角笛を吹き鳴らしたが、もう遅い。こっちはあっという間に坂道をくだり始めた。


「バトルは?」

「ミッションにはバトルしろって注文はないよ」


 ジェドがあっけにとられていたが、知ったこっちゃない。なにしろ俺おっさんだし、そんなこと気にしない。


「一体ともバトルしないって、そんなのアリかよ……?」


【ステータス】

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名前: ジェド・ランズマーク

LV: 8

年齢: 16

種族: 人間

身分: 貴族(ランズマーク家)

職業: 剣士

属性: 大地

状態: 驚愕

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HP: 101/101

MP: 12/12

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攻撃: 103

守備: 55

敏捷: 80

魔術: 10

信仰: 25

技術: 46

運勢: 79

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武器: ランズマーク家の宝剣

防具: ランズマーク家の胸当て

財産: 1,584,716 Ɖ

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スキル

 一撃離脱ヒットアンドラン(3HP)

 斬り裂き(5HP)

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