第5話 規格外の亜人

 宝箱を台車の隅に押しやった。シルヴィが罠の解除が必要かを調べたが、箱は鍵なしで素直に開いた。中に金貨と宝石のネックレスやブレスレット。千万ダカットというのは嘘ではないようだ。


「どうする。計画通りか?」


 シルヴィの耳元でつぶやいた。そこそこ重そうで、一人で抱えるにはギリギリに見えた。


「当たり前よ。あたしの人生がかかってるんだから」

「へいへい」


 後のことは本人にまかせよう。今は追跡をなんとかするのが先だ。ラクシュから買った壺の蓋を開けた。片方に砂、片方に油。ガラガラと即席の馬車が揺れる。シルヴィが叫んだ。


「追手よ! 速い!」


 手をかざすと、数体のコボルトが秋の山道に現れた。


「大八車とコボルトだし、いずれは追いつかれるだろな」

「わかったわ。戦うってことね」


 言って、シルヴィが背中の弓に手を伸ばした。


「あわわ、まてまて、そんなもんいらんよ!」

「どういう事?」

「おっさん! 俺はどうすりゃいいんだ?」


 ジェドが後ろを気にしながら手綱を振る。


「二人とも落ち着けって。もう少し引きつけてからだよ。引きつける。引きつける……」

「追い付かれるわよ!」

「じゃ、やるか」


 まず砂の入った壺を抱えて振った。中身が飛び散る。


爆風ブラスト!」


 駆けてきたコボルトの先陣に砂をぶち当てる。見事に目へ命中だ。


「これで見えなくなる」

「コボルトは鼻と耳で追うのよ?」

「とは言っても、目がなけりゃ困ることもあるんだよ」


 言いながら二つ目の壺を手に取る。今度は落ち葉の上にドジャーッと油を撒いた。目を閉じながら追ってきたコボルトたちが、バタバタと冗談のように転がった。秋の落ち葉でよく滑る。風情があるなあ。


「コボルトたちは追い付けそうだと思ったら全力で走る。だからこの目つぶしは絶対によけられない。下り道をあの勢いで転んだら間違いなく捻挫だ」


「……おじさんのレベルが上がらない理由わかったわ」

「そういうこっちゃ。俺はレベルなんぞいらん。腹いっぱい食えりゃいいんだよ」


「こんな方法よく思いつくわね。考えたこともなかったわ」

「なまけ根性が足りんなあ。一流のおっさんになりたければ、ぐうたらするための努力を惜しんではいかんぞ」


「多分おっさんにはならないと思う……」


 そこで、ジェドが振り返った。


「まさか、これが風魔法武術なのか?」

「まあ、そういう奴もいるな。俺がつけた名前じゃないけど」


「これじゃレベルアップできねえよ!」

「あったりまえだろ。レベルは遭遇エンカウントして戦闘バトルしてキルして初めてアップするんだぞ。ドロボウとイタズラじゃ上がらんよ」


 集団はド派手にひっくり返ったまま足を引きずっていた。もうすぐ中腹の砦へ到着だ。無傷の奴らは後続の三体。同じ手がもう一度使えるな。


「さ、もういっちょやるかー」


 俺が砂を入れた壺をつかんだところで、荷台にジェドが下りてきた。


「どしたの」

「レベル上がらねえミッションなんて冗談じゃねえよ! これじゃ冒険に出たって言えねえだろ!」


 突然、ジェドが俺の胸ぐらを押した。


「いまさら戦うのか? 楽勝で逃げ切れるのに」

「やるに決まってるだろ! レベルあげないと親父にぶん殴られるんだよ!」


 ジェドが馬から降りたせいでみるみるスピードが落ちていく。コボルトたちが近づいてきた。あわてて俺が馬に乗ろうとしたが、見るなりジェドが剣を抜いて俺の首にあてた。


「おいおい、なんだこりゃ。財宝はもう取り返したんだぞ」

「常識をわきまえろって言ってんだ!」

「お前の常識なんて知らんよ」

「いい加減にしろ!」


 馬が走るのをやめた。ジェドが地面に立って剣を抜く。鞘も立派なら中身も戦慄するほど美しいはがねだが、今はそれを出されてもこまる。二人にはわざわざ言ってなかったが、戦わない理由は面倒だからだけじゃない。


「ジェドやめろ! そいつら殺すな!」

「なに言ってんだ? こんな犬っころ、俺だけで!」


 落ち葉の上に降り立つと、ジェドは素早く一体を袈裟がけに斬りつけた。鋭い叫び声をあげてコボルトが倒れる。次の二体もジェドの大剣が次々に葬っていった。


「アホーっ!」


 思わず叫ぶ。ジェドの体からチャラリンと軽快な音が鳴った。レベルが上がったらしいが、そんなことを喜べる時じゃなかった。


「ねえおじさん、ちょっと驚きすぎじゃない? 倒す分にはいいじゃない。レベルが上がって困ることないでしょう」


 シルヴィが言う。冗談じゃない。あるのだ。ちゃんと言っておけば良かった。ギルドお抱えのパーティならもうちょっと物わかりが良かったのに。


 計算ミスもいいとこだ。駆け出しが経験値を稼ぎたがり、簡単なところでドジを踏んでしまう。そんな当たり前のことを忘れていた。説明をサボった俺のドジだ。この山には一つだけ、神様がひどいデタラメを仕込んであるのだ。


 ジェドが殺した三体の向こうからもう一つ。


 それは赤い陽を背に歩いていた。


 秋とは思えない生暖かい空気が漂って来た。絶え間ない川音がその気配にかき消された。顔も体も暗くぼんやりとしていたが、刀と丸い楯、そして黄色く丸い二つの目がはっきり浮かびあがっている。


 肩当てに赤いキジの尾羽おばね。コボルトの族長を示す証だ。


 昨日の激しい遠吠えは、前の族長がライバルに討たれて新しい支配者に変わったときの儀式だ。穏健と言われた白鋼山の老コボルトは死に、赤銅山のコボルトが二山の族長を兼ねることになった。その情報をこの前ギルドから買ったから、俺の手持ちはすっからかんになったのだ。


 歌う鋼鉄シンギング・スティール


 俺がその姿を見たのは半年前。隣国オライリー公領で保安隊の遺体回収をやった時だ。獰猛で、人間に強い敵対心を持っていて、そして、強い。


 族長の顔が徐々にはっきりしてきた。じろりとジェドを一瞥して、それから姿勢を低くしてこちらを観察した。丸い目がさらに大きくなったように見えた。唾液まじりの長い呼吸音が届いてきた。


 俺は荷台から駄馬の手綱をとり、しずかに前に進めた。ジェドもその奇妙な気配にじりじりと下がった。


 族長は仲間の遺体から耳を力任せにバリバリと引きちぎると、それをガツガツと喰い始めた。奴らの儀式かなにかだろうか。仲間を殺されたことへの怒りを感じているのは間違いなかった。


 コボルトにはいくつか種族特有の掟がある。俺たちのような侵入者がいたとき、コボルトの族長は部下をどうするか?


 部下が侵入者を殺せば褒める。


 部下が侵入者を殺せなかったときは殺す。


 そして部下が侵入者に殺されたときは……


「ジェド。早く荷車に乗れ」


 かなり距離をとってから、俺がジェドだけに聞こえるようにささやいた。だが、族長の耳はそれを拾って動いている。


「で、でも、あとあいつだけじゃねえか」


 ジェドが視線を切ったとき、コボルトが立ちあがり、すさまじい速さで腕につけた投げ矢を飛ばした。ジェドの手の甲に刃物が命中し、装飾だらけの剣が土の上に落ちる。


「うわあっ!」

「バッカお前!」


 ジェドを荷車に引きあげ、急いで馬に飛び移り、走らせた。コボルトが早足で近づき、ジェドの剣を素足で踏みつけた。装飾が飛び散り、刃がぐにゃりと曲がった。


「えいっ!」


 シルヴィが遅れて弓をひいた。矢は全く見事にコボルトの眉間へまっすぐ飛んで行った。だから簡単によけられた。コボルトのバックラーがカアンと高い音を立ててシルヴィの矢をはじく。2本目が胴を狙って飛ぶ。それもコボルトは右手でつかみ取って捨てた。


「嘘? なにあいつ?」

「逃げるぞ!」


 馬に鞭を当てた。すぐにコボルトが追ってきた。あわてて坂道を逃げる。雷のスクロールを投げつけた。後ろで派手な爆発音がしたが、あんなもんコケ脅しだ。


「ジェド、動くなよ、毒が回る! シルヴィ、とにかく射まくれ! 細かく狙わなくていいからよ!」


 新たに二山の族長に君臨した若いコボルト。あいつはまずいんだ。あいつは別格なんだ。あいつはコボルトじゃない。コボルトはあんなに強くならない。


 夕闇に夜のとばりが下り、半月が高くのぼる。それを背に犬人が本格的に疾走した。財宝を盗まれ仲間を殺された怒りが、火のような目に宿っていた。


 縦に並ぶ四本の犬歯へ向けて、ステータス解析のスクロールを広げた。信じられん。ケタがおかしい。あんなコボルトがいてたまるか。


【ステータス】

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種族: コボルト

分類: 亜人族

LV: 2

称号: 歌う鋼鉄

属性: 大地

状態: 高揚

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HP: 566/566

MP: 22/22

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攻撃: 847

守備: 354

敏捷: 683

魔術: 8

信仰: 60

技術: 441

運勢: 704

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武器: 迅雷の曲刀シャムシール

防具: 英雄の胸当て / 真王の小楯バックラー

装飾: 族長の尾羽フェザー

財産: 5,253,229 Ɖ

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スキル

 3回攻撃(常時)

 全体攻撃(常時)

 俊足フリート[秘伝の継承](16HP)

 跳躍リーピング[閃光の領域](24HP)

 即死クリティカルヒット (30HP)

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