第6話 歌う鋼鉄

 全力で馬を走らせた。中腹の砦がすぐに見えた。巡回の見張りが怒鳴りつけてくる。


「もう夜だぞ。静かにしろ」

「それどころじゃねえ!」


 俺が叫ぶと、見張り台の鎧騎士が門を開けろと手を振った。兜を取りながら番兵がどうしたと聞いてきたところで、ついに族長が追い付いた。番兵が真横にすっ飛んで消えた。とんでもないことになったぞ。


 ジェドとシルヴィは先に砦へ転がり込み、俺は宝箱を爆風の魔法で叩き込んで後を追った。馬は門を駆け抜けたが、荷台は段差にはまってぶっ壊れた。くそう、俺のなのに。


「なんだおい?」

「いいから閉めろ!」


 番兵と戸を閉めてジェドを詰め所に運んだが、あの魔物はすでに砦の壁を登りはじめている。こりゃもう宝箱を渡しちまうしか……


 思って足元に目をやった。なんてこった。宝箱がない。馬もいない。


「シルヴィ?」


 坂道のはるか彼方へシルヴィの背中が見える。鞍に宝箱がくくりつけてある。


「ああっ、待て!」


 なるほど抱えて運ぶには重いが、馬なら楽勝だ。いったんランズマーク領に入って反対側の門から逃げ出す作戦か。機転がきいてると言いたいが、あの宝箱にはコボルトの小便がひっかけてある。族長はその臭いを感じる限り追い続けてくるだろう。


「ちくしょうめ!」


 つなぎとめてあった砦の馬を勝手に持っていく。


「おい待て、何やってる!」

「後で返す! それより警戒ののろしを上げろ! 街がやられちまうぞ!」


 手綱を取るなり走らせた。さすが官兵の軍馬だ。あっという間にシルヴィの駄馬に追いつけた。横にならんでハーフエルフに怒鳴りつける。


「コボルトの小便を取らないと逃げきれねぇぞ!」

「街に入ったら洗えばいいわよ!」

「二山の族長は追いつく! 街に入っちまう!」

「族長って、コボルト一匹でしょう?」

「あれ見て言えよ!」


 赤毛がツインテを回し、ひっと息を飲む。抜き身の曲刀は馬の尾へ今にも届きそうだ。鞭を入れてシルヴィの胴をつかんで引き寄せる。


「きゃーっ、なにすんのよ!」

「こっちに来い! 早く!」


 俺の……じゃないが、とにかく俺が乗っている馬に座らせた。そのうちこんな馬が買えるようになろう。


「あいつもまだ疲れてねえな」


 宝箱をくくりつけた駄馬を引きよせる。荷が軽くなったおかげで、なんとかコボルトを引き離せた。徐々にその輪郭もはっきりしなくなり、獲物を追う俊足も蜃気楼のようにかすんで見えた。


「この組み合わせで街まで逃げよう」

「わかったけどあいつなんなの?」

「赤銅山に関わった連中ならみんな知ってる、わけわからんコボルトだよ」


 街の光が見える。下り坂だけに行きよりは数段早い。城門で番兵が堀にかかる橋を下ろしている。砦が上げた狼煙が見えたのだろう。


「開門しろ! ランズマーク家の郎党だ、開門しろ!」


 太った番兵へどなった。


「通れ!」


 低いガラガラ声が返ってくる。


「あんたうちの人じゃないじゃない!」

「いちいち説明してられん!」


 軍馬が見えたからか、城兵はあっさり道を開けた。城内へ乗り込む。目の前に銀色の鎧。シルヴィを抱えながら叫んだ。


「門を閉めろ! コボルトに追われてる!」

「はぁ? コボルトなんかで……」


 言いかけた大鎧がまたも消し飛んだ。


「え? 隊長?」

「なんだ今のは?」


 城門の周りにいた警備がざわめく。もう追いついたのか。このまま疲れてくれれば距離を稼げると思ったのに。


 吹き飛ばされた銀鎧を見る。壁に跳ね返って失神し、ばったりと突っ伏していた。ようやく部下たちが武器を抜いた。わらわらと休憩中の兵隊が出てきたが、右往左往するばかりで姿をとらえていない。寝ぼけた警備とあんな怪物とじゃ話にならない。


 俺は体をひねってシルヴィを連れ、兵士たちの後ろへ馬を移動させた。かさかさになった唇をなめ、バテかけの馬に鞭打って夜の冷気へ駆ける。俺の目の前にいた番兵は十人そこそこ、相手は魔物一体。だが地面を踏みしめる音が違った。その音がお互いの戦力の差をそのまま表していた。


 直後。コボルトはケーキを当分するナイフのように集団へ斬り込んだ。兵士たちが竜巻を食らったみたいに吹き飛び、次々に城壁へ叩きつけられる。


 コボルトはキジの尾羽をなびかせて物見台へ飛びつくと、それをハシゴのように登った。すくむ見張りを蹴りおとして矢倉に立ち、夜を引き裂く声を轟かせた。


「白鋼山! コボルト! 歌う鋼鉄シンギング・スティール!」


 俺たちの言葉だ。コボルトの部族語ではなく。自分の名前を伝えるために覚えたのだ。


「弓をひけ! 早く!」


 番兵があわてて矢を射たが、下からの矢でろくに威力がでない。コボルトの胸当てとブーツにはじき返され、喉へ迫った一撃もつかみ取られた。


 兵士たちが二の矢をつがえるよりも速く、族長は跳んだ。青い半月を背に。逆手で曲刀を真下へ、赤く濡れた喉が夜を揺らす。


「白鋼山! コボルト! 歌う鋼鉄シンギング・スティール!」


 眼下の兵士をざっくりと突き殺す。コボルトが石畳の上で足を止め、大きく体を広げて吼えた。衣服のあちこちに真っ赤な血がついていたが、それは全て返り血だった。


 動きが止まったとみて番兵は再び矢を射かけたが、族長は矢を曲刀で散らし、それからバチンと音を立てて刀を納めた。


 チャンスと見て、番兵がさらに弓を引いた。だが族長はそれを狙っていた。剣で落とす必要などないと見切ったのだ。


 コボルトは素手のまま、飛んでくる矢をパシッ、パシッとはじき飛ばし、さらにつかみ取って投げ返していく。鮮血を振りまいてバタバタと兵士たちが倒れていった。なんてこった。手投げが弓より速い。


【武器】

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名称: 迅雷の曲刀シャムシール

攻撃: +289

効果: 攻撃回数増加(常時)

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名称: 投げ矢

攻撃: +20

効果: なし

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