第3話 美少女の秘密
街路をとぼとぼ歩きながら、左手をポケットに差しいれた。赤毛の美少女レンジャーが渡してきた紙を開く。
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この手紙は誰にも見せないこと。
読んだらすぐに燃やすこと。
協力してほしいことがある。
成功したら五十万ダカットを渡す。
約束の時刻より少し早く来て。
シルヴィ・オッフェンバック
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ピンクのファンシーな紙なのに俺へのファンレターじゃないばかりか、これでもかってくらいに色気がない。しかも本気みたいだ。なにしろ字が血で書いてある。あいつ、指先に包帯を巻いてあったのはこれか。
困ったな。なんだかめんどくさそうだ。この手紙もおかしいが、そもそも白鋼山はそんなに簡単なところじゃないんだぞ。なんかこのミッション、うまく行きそうにない気がする。俺くらいのおっさんになると経験でそういうのがわかる。
でも金ないしな。それに受けるって言ってから断ると次の仕事がなくなるしな。ギルドも領主も守ってくれないし。
しょうがない。いつもより慎重に準備しておくか。
俺は腹いっぱいで眠い目をこすりながら家へ帰ると、裏手の大八車をひいて今度は道具屋へ向かった。無職なのによく働くので、俺はもっと褒められるべきだ。
大通りまでガラガラと移動してから、黒猫の看板を吊った店のドアを開ける。奥から大声。
「ドラゴンも真っぷたつの剣から恋人に見せられないエッチな本まで、なんでもかんでも取り扱い! あなたの懐に優しいクリシュナ商会へようこそ!」
両手を開いた笑顔でボッタクリが出むかえてくれる。この爽やかな声と笑顔にダマされたアホは少なくない。しかし俺は世間の裏側を知ってるおっさんだから、そんな小細工にはひっかからない。
「ラクシュ、俺の身長くらいある鉄の杭をいくつかくれ。あと床に敷く布。それと壺を四つ。ちなみに金はない」
ガラクタをかき分けて奥へ声をかけた。たちまち店員の眉間がゆがんで牙が伸びて目は光り輝き、黒髪ショートカットの中から左右にぴょこんと三角形が出てきた。この瞬間って耳が四つあるように見えるんだが、どう聞こえてるんだろう。
「うちの店をつぶすつもりか! 帰れ帰れ! 帰れ!」
黒猫がフーッと髪を逆だて、肉球のついた手のひらを前に出す。変なエフェクトが手の周囲に輝いた。なんの必殺技だ。
「ドラゴンスレイヤーもエロ本も置いてないサギ商売じゃねえか。それより俺が必要なもんを頼むよ」
「どっちも取引をしたことはあるから嘘は言ってませーん。はい営業妨害確定、退場!」
鼓膜を突きさす大声に目を閉じる。黒猫は毛を逆立てたままカウンターに飛び乗った。
このワーキャット店員はラクシュという。清く正しく生きている貴公子然とした俺と正反対の金もうけ第一人間だ。いや、ニャンコだ。
「ミッション受けることにしたんだよ。成功したらおごってやるって!」
「なにが悲しくてこのうら若き美女がおっさんとのデートにつきあわにゃならんのか! それがご褒美と思ってるのがびっくりだよ!」
「わかったよ、三千ダカット」
「四千ダカット!」
「三千百」
「三千九百!」
「三千二百」
「三千九百!」
「下げろよ!」
「ばれたか! 三千八百!」
「もう三千五百でいいだろ!」
「決まり!」
生暖かい肉球が俺の手をにぎり、ゆるゆると人間の手に戻っていった。くそう、ぼったくりニャンコに一日分の生活費とられた。なんで棒と布と容器で金を取るんだよ。
「でもなんに使うの? ダンの買うもの、いつもわけわかんないものばっかりだね」
「そんなことはないぞ。精密かつ綿密な計画を立てたこの上なく知的な選択だ」
「ヒゲは雑なのにえらそうだねー」
ヒゲは関係ねえだろといいかけたが、ネコの世界ではヒゲが何より大事なのかもしれない。ラクシュにモテてもしょうがないから整える気はないが。
適当に礼をして今度こそ家に帰った。杭と布はそのまま台車に乗せ、壺は二個に砂を入れ、あと二個に油を入れる。念のため、敵のステータスを分析するスクロールと雷のスクロールも用意した。投げると魔法が使える巻物だ。
これでなんとかなると思うんだが。
家に入ってきしむドアを閉じ、ベットにころがった。両親は東の国にいたころに他界し、同居人もいない。井戸水を沸かして体を洗って毛布に入った。明日起きたら大金持ちになってないかなあ。
*
翌朝。
シルヴィは町はずれの巨大な花時計の前にいるということだった。シチュエーションはロマンスだが、全然そんな気分じゃない。しかも待ち合わせの場所にいない。
どこだと見回すと、赤毛のツインテールは大きな木の枝に腰かけていた。ひょいっと音もなく飛びおりる。思いっきりスカートがめくれてピンクのパンツが見えてるんだが、気にしないタイプなんだろうか。
「来たわね」
「なんでそんなとこに」
「もちろん警戒してるからよ。他の人と一緒かもとか……なにそれ? こんな仕事で台車や馬なんかいる?」
俺は借りてきた馬と大八車を花時計の前にとめた。
「ものを運ぶときはできるだけ借りるようにしてるんだ。膝が悪くてな」
「そう。まあミッションの話はあとでいいわ。もっと重要な話をするから。宝箱を奪い返したら、その帰り道でひったくって逃げる。協力して」
えっ、なにそれ。
「そのお金があれば、あたしは自由になれるのよ」
「あ、えーと、あんた、あいつの奴隷なの?」
「ジェド個人の奴隷じゃないわ。あたしはランズマーク家の労働奴隷よ」
そういえばステータスに奴隷って書いてあった。こいつのしてる細いチョーカー、首輪なのか。
「労働奴隷でハーフエルフね。あんたガレリア人か」
ガレリアというのはこのランズマーク領から海を隔てたところにある国だ。十数年まえの戦争で、賠償として奴隷をかき集めて送ったことがあったらしい。そしてハーフエルフは人間社会にもエルフの共同体にも所属するのが難しく、奴隷の身分に落ちやすい。容姿は端麗な場合が多いから価値は高いそうだ。それは俺みたいな流れ者でも知ってる常識だった。
「……この街へ来た時、あたしは七歳だった。親のことはほとんど覚えてなくて、母は死んだはず。父は多分ガレリア人でしょうけど、あたしにはなんの意味もないわ」
少女は早口に話を切り、俺に目を向けた。
「ランズマーク家の待遇がひどいのか」
「そういう話じゃないわ」
シルヴィは腰に手を当てて深くため息をついた。
「ランズマーク家は奴隷制に賛成していて、それを認めさせるために奴隷の待遇はいいの。あたしは教育も受けられたし乱暴されたこともない。でも」
「でも?」
「ジェドと結婚するのはいやよ」
ああなるほど。こいつ、ジェドの婚約者なのね。
「奴隷が領主の子息と結婚って、そんな舞台劇みたいなことあるんだな」
「そうしてランズマーク家がいい政治をやってるって宣伝するのよ。むこうは一族総出、こっちはひとりの結婚式。冗談じゃないわ」
シルヴィが憎らしそうに顔をゆがめたが、俺には結婚式とかゆめまぼろしの世界なので、まったく共感ができん。別のことを聞こう。
「ジェドは嫌いか」
「あいつ彼女いるのよ」
いいなあ。
「まあ話はわかったよ。逃げたいと」
「ええ。大陸の統一ルールで、三百万ダカットがあれば奴隷は平民になれる。コボルトに取られた財宝は千万ダカット以上。おつり含めてたっぷりせしめられるわ」
「えっ、千万?」
「贅沢しても一年以上生活できるわ」
「俺なら三年以上食えるな」
「そのお金が盗まれたのよ。ランズマーク辺境伯の邸宅から」
ものすごい勢いでずっこけた。
「え? なに? これって、ジェドの自宅から盗まれた金を取りかえす話なの?」
「そうよ。ジェドの親父がチョロまかした税金を盗まれたの。それをギルドに知られたくないから、おじさんに直接契約をお願いしたのよ」
すごいな。税金ごまかす領主もカッコ悪いし、コボルトに宝箱を取られる家もカッコ悪いし、それを身内にこっそり追いかけさせるとか最高にカッコ悪い。
「つまりこれ、クソみたいな家がクソみたいなことされたクソみたいな仕事なのよ」
「やべえクソみたいな仕事受けちまった」
俺のつぶやきなんか一切気にせず、シルヴィのセリフに熱が入る。
「とにかく、あたしは奴隷も結婚も絶対に嫌なの! こっちは人生の分岐点なのよ。のるかそるか必死なの。失敗したら殺す。命が惜しかったら協力することね」
とつぜん物騒なことを言われた。
「脅迫する気か?」
「私はレベル12レンジャー、あなたはレベル4無職。ここで実力を見せあってみる?」
「やべえクソみたいな仕事受けちまった」
「あなたはあたしがやることを黙ってみてればいいのよ。手を出さなければいいだけ。それで五十万ダカット。こんないい仕事ないわよ」
「やだ、逃げたい」
「逃げたら次期領主の花嫁のパンツ見てニヤニヤしてた変態だって言いふらすわね」
「してねえよ!」
「証拠は?」
「ひでえや!」
「なんとでもご自由にどうぞ」
複雑な顔が固まってほぐれない。そのタイミングでジェドがやって来た。事情を知らないゴージャス君が交互に俺たちへ妙な目を向けた。
「どしたのおっさん変な顔して。食いすぎ?」
「そうだったらどんなにいいか」
口をゆがめて答えた。隣のおっかない美少女は、婚約者から見えないようにチクチクと刃物を俺の背中に突きつけている。
やべえ、本当にクソみてえな仕事受けちまった。
【ステータス】
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名前: シルヴィ・オッフェンバック
LV: 12
年齢: 17
種族: ハーフエルフ
身分: 奴隷
職業:
属性: 光
状態: 悲憤
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HP: 98/98
MP: 35/35
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攻撃: 101
守備: 67
敏捷: 101
魔術: 10
信仰: 78
技術: 97
運勢: 35
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武器: トネリコの短弓/月光のナイフ
防具: 狩人の服
財産: 0Ɖ
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スキル
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