第2話 無職への依頼
さっきの話の前日。
遠吠えがうるさい秋の夜だった。喧騒に包まれた冒険者の酒場で、俺は食いすぎてカネがなくなっていた。
「おかしい。どうしてこんなに食ってしまったんだろう」
積み重ねた皿に話しかけた。返事はない。なぜだ。無職の中年に答えるセリフなどないということか。
「おっさん」
これというのもメシが美味いのがいけないんだ。マッシュポテトとか巨大なソーセージとか時間をかけてコトコト煮こんだ豚の腎臓シチューとか、この店がうまいものばっかり出すからだ。タマネギとトマトのソースが新鮮なのもいかん。やはり俺には「もう、そんなに食べちゃだめよ」とか優しく言ってくれる人がいなければならない。
「おっさん」
そもそも俺のような高貴な人間は、もっとふさわしい生き方をするべきだ。山奥の館に暮らして客の来ない喫茶店とかを経営して園芸にいそしみ、かわいい嫁さんと一緒に料理をするとか、そういうのがいい。
「おっさんてば」
ああ、なぜ俺は世界一偉大なイケメンなのに、豪邸と大金と美女に包まれたスローライフを過ごしていないのか。
「おっさん。金、欲しくないか?」
「すげえほしい!」
飛び起きて妄想から舞いもどった。目の前に、ものすごく金もってそうな身なりの少年。金か? 金に足が生えて歩いてきたのか?
「仕事があるんだ」
「なんだ、金くれるんじゃないのか」
「なにもしてない人にお金わたさないよ……でもうまくいったら毎日これくらい余裕で食えるぞ」
「毎日このくらい余裕で食ってるんだが」
「いや、だから、話を、聞いてくれよ……」
ゴージャス少年が両手を出しながら隣へ腰かけた。金と銀と青の装飾を施した立派な剣と鎧。貴族の子供だろうか。
「ジェドの話し方が下手なのよ。まず要件を伝えなさいよ」
彼の後ろから別の声。真っ赤なツインテールの美少女だった。少年の彼女か仲間のようだが、着ているものはぐっと質素だ。体つきはスレンダーで、目つきがやや鋭く、耳の先がとがっている。エルフと呼ばれる、森に住んで狩りに生きる長命の種族のようだ。
少女には他にも特徴が多かった。首には変わったデザインをした銀のチョーカーをつけている。そしてケガでもしたのか、左手の薬指に包帯を巻いている。一目でそこまでを見定めたので、俺はものすごい観察眼だと褒められるべきだ。
「なにじろじろ見てるの? なんかいやらしい人ね」
ひでえや。
「えーとな。
富豪少年が言った。コボルトというのは魔物の一種だ。人間と体格は近く顔は犬に似ている。しばしば武装して民家を襲うがそれほど強くない。
「えー、そんな依頼かよ。だったらギルドの受付に言ってくれよ。俺ほどじゃないけど強くて優しくてモテそうなヤツが受けてくれるよ」
ゴージャス君が言い終わるなり、俺は横手のカウンターを指差した。
仕事を頼みたい奴はまず冒険者ギルドに頼み、そこを通して登録した冒険者と契約するのが業界のルールだ。こいつはそれをせず、登録のない俺へいきなり話を持ちかけてきたということになる。
ところがなんかワケありらしく、少年はひっこまない。
「直接契約なら報酬はたくさんわたせるよ。おっさん無職なんだろ? そう聞いたんだけど」
グサッとくるなあ。たしかに俺は登録してる正規の冒険者じゃない。いわゆる日雇い労働者、そして仕事がなければ無職だ。
「一日で終わる仕事なんだ。うまく行ったら二十万ダカット。一ヶ月は余裕で暮らせる」
「金は欲しいけど働きたくない」
少年がのけぞり腰の装飾がチャラっと鳴った。
「いや、そこをなんとかやる気だしてもらえない? 自覚ないと思うけど、おっさん結構評判いいんだよ」
「それガセだよ。俺、足が悪くてあんまり走れないんだ。冒険者の下請け仕事で食べてるんだよ。荷物持ちとか偵察とかさ」
お断りオーラと一緒に両手を突き出した。高めの報酬を出されたときはちょっと気になったけど、知らない奴と仕事をしてもめると面倒だ。ギルドの冒険者のお手伝いの方がいい。
「そこをなんとかたのみますよ。二人じゃコボルトの住処に押し入りは結構ヤバいんですってば」
ますとかですとか言ってる割にヤバいとかどういう敬語だよ。どうも最近の若者は……いや、やめよう。マナーをつっこむのは。無職だし。
「お前さん、なんか勘違いしてんだよ。とりあえず俺のステータスを見て考えろよ」
「わかったよ。じゃ、みんなで公開と行きますか」
目の前の二人が右耳の横に指を持ってきた。遅れて俺も同じ格好をする。
「ステータス、オープン!」
三人の声がそろった。全員の顔の横に半透明の羊皮紙が浮かぶ。ここに書かれている『ステータス』は、個人の『絶対に正確な能力』だ。
「レベル8
二人とも首を縦に振った。
レベルというのはこの世界における職業の熟練度だ。10で街の周辺で起きた事件を解決するくらい。20だと地域では名前が知られるようになり、領主に雇われて兵士になったり、世界を旅するようになる。どこかの魔王を倒した勇者で70くらい。
そして伝説の英雄だと99で、これは歴史上に三人くらいしかいない。ちなみになぜかそれ以上はない。この現象はある学者の研究により『カウンターストップ』と呼ばれている。
俺のステータスを見て二人は複雑そうに顔を見合わせ、ふわふわ浮いてる半透明の羊皮紙から俺の顔へ視線をうつした。
「おっさん、本当にレベル4で無職なんだな」
また敬語が消えた。まあこれ見たらそういう顔になるよな。
「てか、無職って職業あるんだ」
「ああ。前に魔法使いやめたら頭の上でチャラリンとか鳴って切り替わった」
「で、使えるスキルは『
「そんな程度の高い仕事を受けないからな」
うなりながら、ジェドが俺のステータスを上から読み直した。
「しかも変な名前だし」
「俺もそう思う。地元ですらそう言われた」
「ダン・ゴヤ。一度も聞いたことない名前だけど、どこの国の人なの。てか人間?」
「それは見てわかれよ。亜人でも妖精でもないよ」
「じゃあさ……」
そこで貴族少年がためらいがちに、小さく口を動かした。
「『風魔法武術』って、何?」
微妙な空気が走った。しん、と酒場が一瞬だけ静かになり、周りの連中が少しだけ俺たちを見て、不自然にまた雑談に戻っていく。
「……なんだそりゃ。俺は知らんよ」
眉毛を寄せながら答えた。
「でもおっさん、風魔法武術っていうちょっと普通と違うスキルがあるって聞いたぞ」
「ステータスのどこに書いてる? ステータスはこの世で唯一の真実。学校で習ったろ。さ、俺があてにならないならお断り。どうする?」
ジェドは少し考えていたが、すぐにさわやかな笑顔に戻った。
「いや、いいよ。あんまりおおっぴらに募集したくなくてさ。長髪だしヒゲだし浮浪者みたいだけど、話したら普通だし。おっさんにたのむよ」
「そうかあ? まあじゃあよろしく」
俺たちはいくつか仕事の取り決めを交わして、最後にジェドが出した手を握った。駆け出しらしく柔らかいが、若者らしい純粋な雰囲気がある。一応がんばってみる気になった。
ところがシルヴィと名乗った少女レンジャーと握手をしたとき、そのほぐれた気持ちが緊張にかわった。声をかけようとハーフエルフを見たが、真っ赤な鋭い目が俺を黙らせた。握った手を二度振ると、できるだけ自然に離した。
「よろしく」
シルヴィは高くも低くもないが、はっきりとした声を作った。ジェドが行こうと言ったが、少女は返事をしない。もう一度彼女がこちらを見た。たじろぐ俺の顔を確かめてから、彼女は酒場のドアを閉めた。
「なんだあいつ」
ぼそっとひとりごと。
妙なことになったぞ。あいつ、俺の手になにかを押し込みやがった。
【ステータス】
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名前: ダン・ゴヤ
LV: 4
年齢: 35
種族: 人間
身分: 平民
職業: 無職
属性: 風
状態: 満腹
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HP: 35/37
MP: 42/42
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攻撃: 48
守備: 29
敏捷: 98
魔術: 31
信仰: 3
運勢: 8
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武器: なし
防具: 普段着
財産: 6,350 Ɖ
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スキル
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