風色の魔法武術 ~無職中年と美少女奴隷の異世界放浪記~

梧桐 彰

第1部 放浪編

第1章 鋼鉄を名乗るコボルト

第1話 ステータスという数字

 ここは剣と魔法の世界、西方の大陸エウロパ。アイランディア王国、ランズマーク領。


 涼しい落ち葉の季節だった。夕暮れの山は美しく、鳥のさえずる声はのどかで、俺は柔らかな空気に包まれ、スローライフを営み、のんびりと景色を眺めている。


 とか言いたかったなぁ。


「どわああああああああああ!」


 馬に引かれた大八車に尻をぶつけながら、俺たちは必死に坂道を逃げ回っていた。


「なんだよあいつ! あいつなんなんだよ!」


 少年剣士が右手に包帯を巻きながら叫んだ。こいつはジェド。今回のミッションに俺を引きずりこんだ張本人だ。軽そうな茶髪にイケメン、金色と青の鎧に磨き抜かれた剣。それは結構なのだが、中身は悲鳴しかあげていない。迫ってくる魔物に腕を刺されたのだ。


 追ってくるのは一体のコボルト。体毛のある犬のような顔をした人型の種族だ。普通は小柄なザコとして知られているが、どうも追ってくる奴は普通じゃないらしい。


「このっ、このおっ!」


 叫びながら猟兵レンジャーのシルヴィが荷台の上から矢を射かけているが、当たらないか斬り捨てられるか、弾きかえされて飛んでくる。ツインテールがチャーミングな美少女なのに、こちらも顔は真っ青だ。


「コボルトってレベル2じゃないの?」

「種族統一でそうなってるだけだよ! 強いのもいるんだって!」


 俺が叫び、雷のスクロールをぶん投げる。赤字もいいとこだ。


 ちゅどーんと派手な音を立てて電撃が命中したが、首がちょこっと動いただけで全然効いてない。勘弁してくれ。


「シルヴィ、関所はまだか!」

「見えた! 開いてる!」

「台車も武器も捨てて駆け込め!」

「宝箱は?」

「いらんわ!」

「いるわよ!」

「ふざけろ!」


 砂利じゃり道に入るなり台車がかたむいて、俺たちは放りだされた。ひったくった宝箱をかかえて死ぬ気で走る。くそう、おっさんに鉄の箱は重すぎる。腰をやったらどうすんだ。


「こんにゃろー!」


 宝箱を放りなげ、魔法を発動させた。


爆風ブラスト!」


 魔法の風にあおられて宝箱は関門へ転がった。槍を持った番兵が鎧をガシャガシャ鳴らしながらやってくる。


「なんだお前らは?」

「ミッション中の冒険者だ! コボルトに追われてる!」

「はあ? たかがコボ」


 全部言う前にそいつは吹っ飛んで俺の目の前から消えた。


「なにしに出てきたアホーっ!」


 ジェド、シルヴィ、俺の順で砦になだれこむ。扉を閉じてかんぬきを落としたが、直後にコボルトが壁を駆けあがる音が届いた。えらいことになった。死ぬかもしれん。


 言い忘れてた。俺はダン。無職、中年、レベル4。この物語は俺が美少女とうまいメシを食うスローライフ日記にする予定だったが、とてもそうなりそうにない。

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