第28話 思わぬ助け
調べ物は明け方までかかった。ソラスの日誌を読み返した。それまでは気付かなかった新たな事実が、次々に明らかになっていった。
『十一月に入り、雪が見え始めた。つまり期限は来月という事になる。
討伐を終えなければ白龍は……いや、このことは最後まで私と側近のみの胸に秘めておくことにしよう。誰に話しても信じようともしない。結果をだしてしまえばいいだけだ。
これは私の人生で最も大きな博打だ。だが後悔はない。十分に生き、家族も巣立ち、名誉も手に入れた。億兆の命の前に何を惜しむことがあろう。
私の率いる二十八次討伐隊は素晴らしい冒険者たちだ。必ずや決着をつけられると信じよう』
これを単なる決意文だと思って読んでいた俺がバカだった。大魔道ソラスは大学の権威なんかのために討伐を引き受けたんじゃない。元日までにケリをつけないと、
元日まであと三日。いや、もう日は変わっている。しかもガレリアとフダラクの間には時差がある。正確には明日の深夜、ちょうど月が沈む時間だ。
もちろん逃げ出すことも考えた。だが俺の目的はシルヴィを親父に合わせることだ。間に合わなければ百里四方、ガレリア全土が崩壊する。シルヴィの親父が死ぬ。それじゃ話にならない。
三日であの怪物を鬱病に
あきらめるか。それとも何か別の方法を考えるのか。だがどんな手を取るにしても、シルヴィを親父に会わせられるかどうか。それだけは譲れない。
あいつのためにここまでやってきた。あいつは俺にとって世界の代表だ。俺のような思いをさせたくない。理不尽な世界を生きてほしくない。シンドーのように終わらせるわけにはいかない。逃げることも死ぬことも許されない。勝たなければならない。美談ではだめだ。
なにか考えなければ。だが何も思いつかない。今から仲間を増やすのは無理だ。全滅。いや、そんなはずはない。考えろ。いや、まず出よう。やりながら考えるしかない。そろそろ白龍が起きる時間だ。休めない。
シルヴィもキッカも眠っている中、夜明けが近づく前に雪道を蹴った。ヤツのいびきを聞きながら、昨日と同じように鉄管で耳を貫き、その中にゴミをぶちまけた。ただ、逆鱗を射るのはやめた。鱗が剥がれ落ちた時に乾坤の鳴動が使われるなら、下手に刺激はできない。ソラスが逆鱗を狙わなかったのも、おそらくはこれが理由だ。
場所を変えて木々の間に攻城兵器を設置し、
鏡の光に苛ついて、龍がこちらへ向かってきた。まっすぐに。バリスタに定めた矢は、そのルートに重なるように設置してある。
「行くぞ……」
紐を引いた。バリスタの矢が高く飛ぶ。いい位置まで近づいた。今度の鉄管は尾部にスカートを巻き付けてある。
「
スカートの後ろから魔法をあてて加速した。さらにもう一撃。爆風を補助翼にあてて揚力を生み出して角度を補正する。胴の鱗の隙間に刺さった。可能な限り時間を短縮してダメージをあげる。病気までいかなくても、疲れ切ったころに目玉を狙えば行けるかもしれない。
胴に刺した鉄管は落ちない。皮膚を抜けた。威力は十分、角度も速度も良かったようだ。繰り返すぞ。ハリネズミにしてやる。
バリスタを移動してはポーションを飲んで体力と気力を無理やり回復させる。鉄管を突き刺しては近づくたびに爆風で血を抜く。ヤツだって生物だ。だったら体重の20分の1を抜けば死ぬはずだ。少なくともその前に失神して墜落するだろう。
昼までに俺は数十本の鉄管を打ち込み、八割は命中した。力の限り移動したせいで位置は捕捉されていない。山岳戦は動くことが全てだ。靴の中の溶けた雪が冷たい。徹夜明けで膝だけでなく、腰も肩もガタガタだが、とにかく手早くバリスタを斜面に設置して俯角をつけ、引き金につながる糸を引いた。鉄管が飛ぶ。
ところがその命中を見定める前に、ガクッと体が持っていかれた。
「うわあっ!」
台車が滑り落ちた。牽引用のロープが俺の足を持っていった。膝の激痛に続いて、体中を雪煙が覆った。輪止めをかけそびれていたのだ。
体が崖から放り出された。バリスタは木にひっかかって止まったが、ロープに巻きついた俺の体が崖に放り出され、宙づりになった。龍の首が目の前を通り過ぎた。何度も観察した習性から、あとわずかで振り返ってブレスを仕掛けてくることがわかった。崖下までは体三つ分もない。ロープを切って着地しよう。
思って背中に手をやったが、袋にはナイフどころか何も入っていなかった。あわてて眼下へ目をやる。その光景にぞっと恐怖が走った。背負い袋の中身が散らばり、カランビットも転がっている。彼方の龍が振り向いた。まずい。
「
風をおこして武器を上に飛ばしたが、落ち方が悪い。雪に刺さっていて風圧を受けてくれない。届くどころか、雪原の斜面を滑り落ちて崖の下へ落ちていった。
龍は俺の正面にいた。こちらへ向かってくる。自分を飛ばして崖の上に戻せるか? だが戻ったところで刃物がなければロープを切れない。死の文字が脳裏を駆ける。ここで最期なのか? こんなところで? 走馬灯も回らず天使も降りてこない。シルヴィの笑顔だけが浮かんだ。
畜生! 死んでたまるか!
「
体を飛ばしてとにかくロープにつかまった。あと二回は使える。
「
連発で自分を浮かせる。距離が足りない。
「
これで最後だ。ロープにしがみついた。あとは腕の力だけが頼りだ。握力は十分じゃない。血をにじませ、大声で吼えながら自分の体重を持ち上げようとした。
まるで力が入らなかった。無様にのたうち回ることしかできなかった。しっかり食って寝ることを怠ったせいだ。あれだけ気をつけていたのに!
身をひねって全身の筋肉を動かそうとした。少しでも上に行こうと視線をあげる。
その先に、何かが飛んでくるのが見えた。
遅れてロープがバツッと音を立てて切れた。
重力が俺をひきよせ、考える間もなく雪に全身が包まれる。風魔法も受け身もなしで腰を打ち付けた。俺の真上を大量のウロコが横切り、木に巻きついたバリスタが木っ端微塵に壊れた。
どうして助かった?
混乱を断ち切るように、顔の隣に何かが落ちてきてザクっと刺さった。刀だ。見覚えがある。これは、オサフネ?
「二回も借りていただけるとは、なんともお目が高い!」
場違いに陽気な声が鼓膜を突いた。サクサクと雪を踏む赤い馬が見える。その上に、にこやかな笑みが乗っていた。喜ぶべきなのだろうが、とてもがっかりだ。
「世界は狭いね!」
「俺とお前にはな」
*
ウォンは俺の体を馬に引き上げると死体のような格好でうつぶせに乗せて、中腹の小屋へ入った。こんな奴の助けを受けたくなかったが、体がガタガタで動かない。息も絶え絶えに藁を引いたベッドに横になる。ウォンは勝手にかまどへ火を点けると、靴を脱いであぐらをかいた。
「さあ、痛みがなくなったような気がする薬とか、疲れが一瞬だけ吹き飛ぶ薬とか、どんなに眠くても目が覚める薬のどれが欲しいかな? ものすごく高いからたくさん払ってね!」
ラクシュのことを悪く言うのはもうやめよう。どんな業界にも下には下がいる。
「ところで僕の本職はチャイニアの仲間へこの大陸の情報を持っていくことでね」
聞いてもいないのに、中華国人は勝手に話し始めた。
「そのために各国を視察してるのさ。それではここにいる理由を知りたいはずだから話してあげよう! ブリストラで代官にオサフネを献上して取り入ろうと思ったのに、君のおかげで騒ぎが大きくなりすぎたから、結局盗んで逃げることにしたのさ! この国にもお仕事はたくさん転がっててねえ!」
ひどいまくしたてだ。耳元でがなられて頭が痛え。
「ところで顔の広い僕は白龍討伐隊にも知り合いがいて、ここには何度か来たことがあるんだ。そしたらルテティアのギルドで君の名前を見つけちゃってさ。
二度も見かけるとなると、これは縁があったかなと信じるだろう? それで果たして来てみれば、君が宙づりで踊っていますと。そこでおじさんのダンスには興味がないから、落っことすことにしたんだ。僕のここまでの経緯がわかったかい、兄弟?」
こんな奴が兄弟なら全身の血を入れ替えたい。しかしそれはともかくとして、気になることを言っていた。息を切らしながら聞いた。
「知り合いってのは誰だ。二十八次の討伐隊員か」
「東洋人でいい呪符や法具を売ってくれるのさ。君と同じジャパニアの生まれだったなあ」
「シンドーって奴か」
「おっ、ご存知なんだね! 彼はどうしてるかな?」
指を鳴らしながらしゃべるウォンの顔に、苦々しく答えた。
「そいつなら死んだよ」
「あれあれ、それは残念。夢半ばで潰えたかあ」
「夢?」
俺は体を起こして火の近くに寄せた。
「ショウ君の夢は白龍退治だったからねえ。必殺の武器も作ったりしてたし」
「ショウ君ってなんだ」
「進藤将馬という名前なんだ。フダラク人で、故郷を滅ぼされた時から、彼の目的はあの龍ただひとつだった」
ウォンは手近な枝でガリガリと地面に漢字を書いた。
「幽州で彼が屍鬼を殺して回ったころ、一緒に旅をしていたんだ。彼の法具は普通の武器と比べちゃいけない。特別に彼のステータスを見せてあげよう。みんなには内緒だよ!」
どこのみんなの話なのか全くわからなかったが、とにかくウォンが帳面を広げた。
故郷でよく見た東洋の記録で、それ自体はめずらしくなかった。ただ、最後の行に目が奪われた。そこには俺も聞いたことがある、古い道術が記されていた。
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