第29話 残りの策、残りの時間

「ところで、一応礼儀として聞いとくぜ。お前、俺の事情を調べてから、ずっと俺を見張ってやがったんだよな」

「いやいやいや! これは運命! 天命! 奇跡のタイミングだったんだよ!」


 なんでこいつはしゃべるたびに耳元で叫ぶんだ。まともに会話ができねえのか。


「じゃあなんであんなタイミングで来られたんだよ」

「いやいやそんな! 上客になりそうだからってつきまとって近くの小屋で見張ってたりしないよ!」


「そんなことまでしたのか?」

「ではそろそろ失礼!」


 ウォンとかいう変なヤクザは、試供品だよと大量の漢方薬を残して外に出た。あとで捨てよう。


 出ていく背中が馬に乗ると、一度だけ振り返った。肩越しに俺を見つめた。


「そういえば、名前を一度も呼んだことがなかったねえ、ダン・ゴヤ君!」

「はあ?」


 拍子抜けして聞き返したが、ウォンは小さく一つ頷くと真っ赤な馬を進め、そしてそのまま視界から消えていった。


 なんなんだあいつは。


 とにかく、あの甲高い早口はもう聞かなくてすむ。ガレリアから離れるようには言ったが、この国が吹き飛ぶことや、進藤から法具を預かったことは言わなかった。残り時間は少なく、話し相手は増やせない。


 だが、あいつのおかげで一つだけ理解は進んだ。


 これだ。


 小屋の中でひとり、あの進藤という死んだ男に渡された法具を手に取った。これはただの爆裂玉じゃない。起死回生の方法が、この中に込められている。


 ウォンの話と突き合わせて確認したが、特徴と確実に合致している。明らかにこれは開天珠だ。進藤の話を思い出した。使い方は簡単で条件もない。飛べと念じれば飛び、触れたら爆発する。チャイニアの文献、封神演義にも登場する兵器だ。


 進藤が俺に渡したのは本当に単なる気まぐれなのだろう。しかしあいつは、あまたの選択肢の中でも、限りなく正解に近い相手を選んだ。


 とにかく、考えるべきことは一つに絞られた。


 どうすれば、これで殺せるかだ。


 おそらくそのまま使ってもダメなのだろう。一発で倒せるなら、進藤は初手からこれを使ったはずだ。ソラスは流星の魔法を三回も使えたのだから、その間にこいつを飛ばすことはできたはずだ。


 これだけではヤツを倒せない。だったらその理由はなんだ。


 おそらくは威力不足。それならどう使うつもりだった。逆鱗か。違う。逆鱗がはがれたら全てが終わる。だったら考えられるのは、俺と同じように体内に入れて爆発させ、脳か心臓を破壊する手か。


 飲み込ませる方法はだめだ。心臓の位置は個体差があるし、飲み終えたら胃や腸のどこにあるかも分からなくなる。喉で爆発させるのも難しい。ヤツの正面に立って観測しながら爆発させるのは現実的じゃない。


 脳だ。脳を壊す。となると攻撃経路はやはり頭部だ。だが頭のどこだ。俺のように耳からやらなかったということは、威力が見込めなかったからか。じゃあ鼻か。同じだ。タイミングがはかりにくいし、威力も十分じゃないのだろう。


 じゃあ目か。良さそうには思えたが、それも多分違う。威力だけならソラスの流星でいいはずだ。外からぶつけるだけではダメージを与えられても倒せないのだろう。


 どこかはわからない。だが進藤はこの開天珠を作りソラスに討伐隊を編成させ、悲願達成を狙った。あいつは、ソラスの流星とこの開天珠で、ヤツを殺す方法を思いついていたはずなのだ。


 そこまで頭をめぐらせたところで、血が足りないことに気がついた。朦朧として意識が遠くなってくる。明日。もう時間がないのに。


 俺はうつぶせに藁の上に倒れ、白い網をかけられるような気配の中に落ちた。


 ✴︎


「……じさん」


 なんだ、うるせえな。


「おじさん」


 今食ってるんだ。うまいメシを。腹いっぱい。


「おじさんてば!」


 肩をゆすられて目を覚ました。驚いて飛びおきた。外を見る。まだ明るかった。


「シルヴィか」

「怪我だらけじゃない!」


「どうってことないよ。足を滑らせて転んだのさ」

「滑って転んで血まみれで失神したの? すぐに薬草練り込むわ」


 シルヴィが言い訳をさえぎって、薬草を俺の足に練り込んだ。


「……少し前に、基地にチャイニアの人が来て、話を聞いたわ。あなたが宙づりになったところを助けたって。変な人だけど、今度はウソじゃないように見えた」


 顔を歪めて、そうかと吐きすてた。あの野郎、そのまま帰るって言ったのに。


「おじさん」


 シルヴィが水を入れたひしゃくを差しだす。俺が口をつけるのを見てから話を続けた。


「長い時間をかけて白龍の精神状態をおかしくして、弱ったら最後に脳を突いて殺すって言ってたわよね。でも今朝からやり方を変えたわ」

「そんなに心配するなよ」


「本当のことを話して」

「嘘はついてないさ」


「本当のことを全部話して」

「細かく何もかも話してたらきりがないよ」


「本当のことを全部話して。あたしはおじさんのお手伝いさん? ただの食事を作る人?」


 シルヴィの顔が俺の目の前にせまる。吐息が鼻先に当たった。


「近えよ」

「近づけたからよ! 全然近づこうとしないんだもの!」


 赤い目をみつめた。嘘ならいくらでも言える。黙っている方がシルヴィにも幸せだという打算が思いうかぶ。本当の事を教えてもどうにもならない。こいつを恐怖におびえさせるだけだ。


 そういう理屈が俺の口を閉ざしたが、シルヴィの目は許してはくれなかった。俺の胸に届く真剣な視線が、重ねに重ねた大人の都合をはぎ取っていった。

 

「本当のことを全部話して」


 シルヴィがもう一度、体を震わせて息を吐き、引き結んだ口をといた。


 ひしゃくの水をもう一度飲んだ。


 心にぐっと重みを感じた。体の痛みよりも深く。本当のことを知りたい、それがこいつの望みだ。いつの間にか、俺たちは身内になっていた。つつみ隠さずに話せと言われるような。


 何度も何度も口を動かしては止めるのを繰り返した。シルヴィの目は一度も俺から離れなかった。


 深い息と一緒に、俺はこれまでの考えを捨てることに決めた。


 俺はついに話した。話した。話しまくった。話し始めると止まらなかった。あとわずかでヤツの逆鱗がはがれ落ちて大陸が滅ぼされること。俺が考えたやり方では倒せないこと。鍵は進藤の遺品だということ。開天珠を白龍の頭部で爆発させれば決着はつくかもしれないが、どこで爆発させればいいかわからないことまで。


「それで白龍を倒すために、あたしが起きる前から出かけたの?」


 シルヴィがもう一度、水を渡しながら言った。


「そうだ。それが理由だ。もちろん今日で決着がつくとは思ってなかったが、あと二日で殺せるかは調べたかった。そこで事故を起こしてウォンに救われた。そしてこの武器の話を聞いたんだ」


「そのなに、かいてんじゅ? それを使ったのを見たことはあるの?」


 俺は枯れ木を暖炉に差し入れて風魔法で火を強めた。ランプをつけると血まみれのシャツを脱いで、暖炉のそばに置いた椅子にかけた。


「直接見たことはないが、聞いたことはある。ジャパニアとチャイニアは小さい海を隔てて向かいあっていて、主だった武術は共有される。進藤が作った法具は間違いなく開天珠だ。威力は莫極超級ってクラスで、少なくともヤツの鱗くらいを抜く程度の威力は間違いなくある」


 裸の上半身に薬草をすりこみ、肩を丸めたまま話を続けた。


「だがこれの使い方を失敗すれば、おまえもおまえの親父も死ぬ」


 シルヴィは塗りこんだ薬草の上から丁寧に包帯をまいた。洗濯したてのシャツと破れた普段着を俺に渡して、その上から羽織るようにぼろぼろの毛皮をかけてくれた。


「何で一人で逃げなかったの?」

「冗談だろ。それはできねえよ」


「なんで? あたしのため? あたしをお父さんに会わせるため? 他人の事情じゃない。命をかける理由にはならないわよ」

「俺にはそうじゃなかったんだ」


 俺はすねとふくらはぎへ、すりばちに入れてもらった植物を水で練りながら傷を埋めていった。


「なにか残したかった。誰かの役にたちたかったんだ。寂しかったからな。適当に生きて、食うことだけ考えて、痛みに慣れても、誰も隣にいない辛さを捨てきることはやっぱり難しいんだよ。眠れない日も、泣いている日も、だれも相手をしてくれないとな。


 だからおまえを助けたかった。そうして、格好つけて、役に立って、いい気になれると思ったのさ」


 赤いツインテールがふるふると揺れた。そして細い左手が、俺の胸倉をきつくつかんだ。


「あなたは助ける人? 私は助けられる人?」

「そうなりたかった」


「今も黙っていた方が良かったと思う?」

「そりゃあな」


「ひどいよ!」


 シルヴィが俺の頬をひっぱたいた。


「なんで言わなかったの? そうすればあたしがおびえなくてすむと思ったから? お父さんのことを心配しなくてすむから? 綺麗な嘘であたしを守るために?


 あたしを子ども扱いしたのが悔しい! あたしを仲間だって思っていなかったのが! 自分を救えないような人が、何をいきがってるのよ! おじさんなんか! おじさんなんか! 嫌いになれるような人だったら良かったのに!」


 シルヴィは嗚咽をこらえながら、俺にしがみついて泣きじゃくった。


「おじさん、逃げよう。少しでも遠くに。お父さんなんてもういい! 今、あたしの目の前にいるおじさんと生きていたい! 二人で逃げようよ!」


 声がすすり泣きに変わったころに、俺はシルヴィの両肩をつかんだ。


「俺はやれるところまでやるが、おまえは逃げてくれ。百里なら支度金のあまりでいい馬を借りれば逃げきれる。主人が死ねばその首輪は勝手にはずれる」

「いやよ二人じゃなきゃ! いまさらなによ! おじさんの隣にいる! おじさんがなにを選んでも!」


 シルヴィは子供のように泣きじゃくった。どう説得しても、一人は嫌だとつっぱねられた。


 やがて、俺たちの話し声が空を走る音にかき消された。窓から顔をだすと、白龍がこれまでよりはるかに低い位置で飛んでいた。朝からの連発にストレスを抱えていたらしく、動きが速い。


「とにかく今は山をおりよう」


 小屋をでて、暮れなずむ冬山を離れた。雲のような影が俺たちに落ちる。見上げると龍の喉が目にとまった。逆向きの鱗は大きく剥がれかけていた。


 明日までに考えなければならない。逆鱗か、口か、耳か、鼻か、目か、それ以外か。


【攻撃部位:効果(次ターンの行動)】

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竜神族

 標準: 0

 逆鱗: +300(暴れまわり)

 口内: +100

 外耳: +120

 鼻腔: +120

 眼球: +300

 心臓: +1500

 脳髄: +2400(動作停止)

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