第32話 祝福なき結末

 ルテティアに戻り、かなりの日数が過ぎた。支度金が滞在費で吹き飛びそうだ。やっぱりあんなに食いまくるんじゃなかった。今日もシルヴィのガレットはもちろん、トマトをたくさん使ったビーフストロガノフを大量に食った。それだけでは健康に悪いと思い、根菜のグラッセも食った。サラダも食った。吐きそうだ……


 しかしなんだろうがとにかく終わりだ。白龍の解体は昨日すべて終わり、残留していた魔力も完全に開放されたそうだ。


 俺たちは宿屋のベッドにごろりとしながら今までのことを思い返すこともなく、ただひたすらぐうたらした。やるべきことはやった。そしてシルヴィのことももうすぐだ。 


「親父さん、町はどこなんだろうな」


 ぼそっと、そんなことを言ってみた。


「よく覚えてないけど、すごい田舎にいたの」


 シルヴィは靴を磨きながら淡々といつも通りだ。


「あったかいところか?」

「山の中だったと思う。それ以外はあんまり」


 そんな話を繰り返す中、焦っても仕方がないよなあと思っていたところで、宿の亭主が声をかけてきた。ロウで紋章の封緘をした手紙をわたされる。中の質素な便箋には、王宮へ来るようにとだけ書いてあった。ようやくか。


「行こうぜ」

「えっ、あたしも?」

「怒られたりはしないだろ」


 王宮はなんだか暗い空気だった。金色と金色と金色しかない、目の病気にかかったみたいなのを想像していたのだがなんかやたら灰色な感じだ。


 鉄枠が重そうな宮廷の正門を抜けて、謁見の間に来たが、そこで今度はやたらに待たされた。玉座に誰も座っていない。


 なにかよくない予感がした。


 なにか、とてもよくない予感がした。


 急に、白龍の検分に来た役人の事を思い出した。ヤツが絶命してから三日目に、キッカと一緒に来たそいつが露骨に顔をしかめたのを思い出していた。


 灰色に変わり果てた龍は生前の姿とは全く異なっていた。吹き飛んだ目玉。顔に突き立った無数の鉄管。流れおちた脳漿は腐り、耳は膿で真っ黒にただれ、鼻からあふれ出た水が凍りついている。検死の役人はごくりとが喉を鳴らし、冷汗を流していた。


「なんというむごい死に方だ……」


 少し腹が立ったが、俺より先にシルヴィがその言葉を拾った。


「だからなんですか? 死に方が問題でしたっけ?」

「い、いや、倒したのはわかった。が、本当に単独でこれを?」


 男はシルヴィから目をそらしてキッカへ問いかけた。


「何度も言いましたが、完全に彼一人の業績です。シルヴィ・オッフェンバックは戦術上の隷下ではなく、彼の生活支援と武器等の運搬のみに従事。ほかに接点があったのはバリスタやスクロールなどの販売に来たラクシュミー・シャンディラという商人、あとは流れ者が見物に来ただけです。監査記録は全てお見せした通りで、本人の言質も必要ないはずなんですが」


「い、いや。キッカの報告を疑ってるわけじゃなくてだな……」


 あの時のやりとりが妙に頭にひっかかっていた。あいつが何か、事実を捻じ曲げて伝えたのではないか。


 やがて、玉座の脇に大臣らしき年配の男が来た。俺を連れてきた兵士が、用件を伝えろと耳打ちした。国王はどうしたんだ。


「ダン・ゴヤ。白龍の討伐に関しての報告に参りました」


 大臣らしき男が、ぎょろりとした目で俺を見た。


「ご苦労」


 声色から、ろくでもない言葉が続くとわかった。


「よく来たと言いたいところだが……」


 いや、とか、うむ、とか、なにかを言いかけてはやめる。明らかにまともな話を切り出すことはないなと確信した。


「よく来たと言いたいところだが、それからなんと続くのでしょうか」

「急いてもらっては困る」


 大臣は重々しく咳ばらいをしてから続けた。


「一つ、大きな討伐を経験したあなたにお尋ねしたいことが先にある。人の強さというのは何で決まるのかだ。


 多くのものが最強の職業は戦士と言うが、お前は職業を決めておらず、あえて言うなら魔法使いだ。それが私たちには大きな驚きなのだ。強さとはなんだ。腕力。知力。運勢。武装か。それとも……やはり……武術で決まるのかな。貴殿が東洋で学んだという、剣術や柔術のような……」


「なにが言いたいんですか」

「実はわが王国は、貴殿を招きたいのだ。近衛師団の武術師範としてだ」


 何を言ってやがる。爵位や身分が欲しくてここにいるわけじゃない。ここにいる全員がわかっているはずだ。


「なぜそんな話を切り出すんです? 失礼ながら閣下、こちらから申し上げるのは控えておりましたが、私は討伐の懸賞金を受け取りに来ているのです」


 俺が詰め寄ると、大臣は一歩退きながら、蚊の鳴くような声でつぶやいた。


「内容を説明しきれないのだ」

「誰に」


「つまりその、陛下……いや、臣民、なんというか、大衆により国は成り立っている。大きな勲功を上げたものは、それにふさわしい風格というか、気品というか、すなわち、英雄としての」


「陛下はどちらにいらっしゃるのです? この国を統治するガレリアの国王は?」


 しん、と謁見の間が静まった。周りを見渡した。赤いカーペットの左右に立つ完全武装の兵隊たちは、俺を見ないよう不自然に目をそらしていた。


「おじさん、なにこれ。どういう事?」


 ぼそっとシルヴィがつぶやいた。


 結局、ここも同じか。生まれや育ちが気に入らなければ、約束を反故にしてもいいと思っているのか。


 命を救われた自覚がなくたっていい。それはソラスと進藤たちだけが知っている話だ。だが俺の隣には金が必要な奴がいる。この国をくまなく探すための金が。


「国家の大義から話したいのだが、それはよろしいか」

「殺し方が気に入らないから賞金は出さないと、そういうお話ですかね!」


 焦っていたのか、俺は自分でも驚くほど声を荒げた。


「いやその、そうは言っておらん」


 大臣が慌ててとりつくろった。そこで、あの時に検分のに来た役人が、そそくさと大臣のそばへ寄った。何かを耳打ちすると、うむ、行け、と大臣がつぶやく。


「しばし待たれよ」

「待ちますとも! 目的を果たすまでいますし、果たせば出ていきますよ!」


 大臣が玉座の脇にひかえ、数分が過ぎた。右横から、若い声が謁見の間へ響いた。


「国王陛下のおなり!」


 俺はしぶしぶひざまずいた。シルヴィも慌てて俺の左後ろにひかえる。頭を下げて待つ中、足音が響いた。


「顔をあげよ……」


 王冠を被った男は灰色だった。目の周りはげっそりとくぼみ、おそらくは初老くらいなのだろうが、不気味なくらい不健康そうにみえた。頬杖をついたまま、ガレリアの国王が話し始めた。


「お前たちの功績は功績だ。余はそれを認めぬわけではない」


 かすれた声をじっと受け止めた。


「仕官を受け入れてくれぬもよい。望みを言ってみよ」

「賞金です。七千万ダカット。ギルドの賞金リストにあった通りいただきたい」


「あれは、軍勢を募って討伐隊を編成した時の報奨金なのだ」

「そうですか。ギルドの賞金首の挿絵にはそう書いていなかったようですがね! では個人が倒した場合はどうなるのです?」


「取り決めておらぬ。だから今から改めて余と言葉を交わして決めたいのだ。望みを改めて聞きたい」

「七千万ダカットです!」


「ひ、ひかえよ!」


 先の大臣が叫んだが、俺がにらみつけると足をすくめて引っ込んだ。


「見れば、もうわきまえ方を知っていてもおかしくない年だ。余の話し合いにもう少し耳を傾けてくれぬか」

「いくらなら出すんです?」


「富が全てではなかろう。そこで改めて聞いているのだ」

「富が全てです。あなたに求めているものとしてはね!」


 押し問答を繰り返したが、全く話はまとまらなかった。満額を個人に出すと言った覚えはない。はした金なら王室の名誉に関わる。代わりにここに勤めろ。それを言葉を変えて繰り返すだけだ。なんだこいつらは。


「そなたの考えをもう一度申してみよ。我々としても無碍にしたいわけではない」

「さっきから言ってるでしょうが!」


「改めて聞かせてくれ」

「七千万ダカット! 七千万ダカット! 七千万ダカット! それ以外のものは、何ひとついりません!」


「大臣。余は少し疲れた」


 国王はそう言うと深く玉座に背を沈めた。この態度に、こいつらは決して金は支払わないという確信を持った。こんな奴に頼もうがこんな国に勤めようが、シルヴィの親父を探せるとも思えない。引き延ばされて、いいように使い潰されるだけだ。


 だったらもういい。こんなクソみたいな奴と付き合うのは真っ平だ。


「おじさん」


 シルヴィがぼそっとつぶやいたが、怒りが頭をめぐりすぎて、シルヴィに顔を見せたくなかった。


「いいよ。もういいんだよ。あたしずっとおじさんの奴隷でもいいよ。ここで働こうよ。お父さんもそのうち見つかるよ」


 俺を見上げる目に、もう迷惑はかけられないと書いてあった。冗談じゃない。こいつに気を使わせてたまるか。ついに俺はドンと靴を鳴らして立ち上がった。足を擦りながら前に進む。


「おっしゃることはわかりました、国王陛下! それでは賞金は結構! 代わりの褒美をこちらで決めさせていただきます!」


 玉座に向かう階段を登っていく。兵士たちが取り押さえようとしたが、にらみつけると槍を持つ手がこわばった。白龍を倒す奴を相手する気にはならねえか。素直で結構。人間なんてそんなもんだ。


「なにを」


 国王が口をひらいたところで、俺はその横っ面を思いっきりぶん殴った。


「ああっ!」


 兵士たちが戸惑いながら集まってきたが、気にもしなかった。うずくまる灰色の男に向かって怒鳴りつけた。


「わけも分からず殺された白龍の恨みと思え!」


 国王がよろよろと起き上がり、言葉を失いながら俺を指さそうとした。国王が声を絞り出したそうとしたとき、顔のど真ん中へもう一発ゲンコツを叩き込んだ。


「こいつはてめえに殺された連中の分だ!」


 転がった王冠にツバを吐きつけ、一直線に出口へ向かう。


「シルヴィ、来い!」

「え、えええ……?」


 誰も俺を取り押さえには来なかった。動く者もいなかった。切ったタンカはでたらめだ。龍なんかどうでもよかった。死んだ奴もどうでもよかった。シルヴィのことだけで頭がいっぱいだった。


 こいつにどんな顔をして謝ればいい? 俺はいったい何をやってきたんだ?


 声も出ない。

 涙も流れてこない。

 俺は未来をつかめなかったのだ。


 【ミッション成功!】

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 内容:白龍討伐

 結果:成功

 獲得:なし

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