第8話 魔術の使い方
俺の武器は、この国ではあまり知られていない。ステータスもなぜかまともに表示されない。
カランビットという。東洋の南方国タガロギアに伝わる、カリという武術で使われる短刀だ。
猛獣の爪のように内向きに刃がついていて、末端には指を通す丸い輪がある。そこに人差し指を入れて逆手に握るのだ。引っかく要領で斬り、小さな力で深手を負わせられる。あつかいが難しく研ぎにくいが、一度身につければ生涯の味方になる。
もちろん、これだけで勝てるわけじゃない。俺は弱い。目の前の強敵は言うまでもなく、ジェドやシルヴィよりも、今倒れた兵士たちよりもはるかに弱い。魔力も腕力もなく、年を食っている。
だが、それとは別に知っていることもある。殺し合いは魔力と腕力と年で決まるわけではないということだ。
歌う鋼鉄が曲刀を二度振った。斬り殺した兵士の血がばしゃっと左右に散った。両手を交差して
動じることはなかった。最初に見た時から『もし、やるなら』とは考えていた。その結論はもう俺の中に組み上がっている。
そもそも、族長はなぜ強くなったのか。
コボルトは教育を受けて成長することはない。自発的に訓練することもない。だから種族統一でレベル2なのだ。
となるとこの力を得た原因は一つしかない。武装だ。いつ、どこでの話かはわからないが、とにかくこいつは魔法で強化された極端に強い武装を得た。それに味をしめて、魔法を宿した武器と防具の強奪を繰り返した。そして、武装の魔力に自分の生き方を合わせていった。
こいつは最初から強かったのではない。変わったのだ。強くなり、速くなり、そして度胸をつけ、行動を広げた。ほんのわずかな偶然にしがみついて、大きな変化を経てきた。
ただ、こいつにはどうしても手に入らないものがある。技術だ。技術だけは他のコボルトと同じままだ。こいつの技は本能から生まれるものだ。
俺だけが知る戦法で。
「族長」
俺はもう一度小さくつぶやき、魔物を見た。右手の刃物をちらつかせながら、左手でポケットの中にたまった砂をつかむ。
力を得て高みを目指す。それはある意味では、俺の生き方なんかよりずっと素晴らしいものかもしれない。否定したくなかった。関わらずにいたかった。山野で手下を従え、自分の縄張りで生きていく限りは。
「それでもこうなっちまったら、もう引っ込めねえ」
一歩、小さく後退する。応じてコボルトの肩にさした尾羽が後ろへなびく。体重を前にかけたのだ。その瞬間が狙いだった。
「
魔法を放った。背後から。コボルトの小楯は凸面になっていて、武器に対して衝撃を分散させる作りだ。その反対側は、当然、凹面になっている。
防具が風の直撃を受ける。族長がかすかにバランスを崩す。同時に下手で目玉へ砂を投げながら、相手の斜め前へ駆けこんだ。一瞬で間合いを潰した。コボルトの目に驚愕が浮かんだ。
もし、同時に地面を蹴って短距離走で勝負したら? 俺が負けるに決まっている。しかし今やってるのはそういう勝負じゃない。
俺は姿勢を低く、刀を持つ腕の内側をカランビットでひっかいた。
くぐもった声が闇の中へ流れた。感じたのはほんのわずかな痛みだろう。だがそれで十分だ。もう一歩進み、互いの距離はほぼゼロになった。コボルトが混乱し、一秒よりも短い動作の空白が生まれる。狙いすまして俺は二の手を放った。
「
魔法で今度は体重が乗っていない足を刈った。斜め後ろから。コボルトが体軸を失いぐらりと崩れる。
ステータスは常に正しい。間違うことは決してない。だが、その数字に戦いの真髄はない。身体の使い方、極限までの軽量化、魔法のタイミング、間合いの測り方、意識の誘導、重心の崩し。ステータスだけを信じていれば何が起きたか分からないだろうが、これは必然の積み重ねだ。
俺の左手に、族長の後頭部が収まった。
「出会いたくなかったよ」
引き寄せる左手。斬りつける右手。刃がノドを裂いた。動脈から噴水のように血液が散り、半月へ重なった。
軽量武器と風魔法を一連の動作に集約した戦術。
それは完全に息の合った人間が、二人がかりで一人を倒すのに似ている。しかもこの動作を予測することはまずできない。これは正面から堂々と仕掛ける奇襲だ。
背後に回りながらコボルトの右腕にしがみつき、脇固めに体重をあずけてうつ伏せに倒した。内頚動脈を断ったから即死もありうるが、これだけの相手だ。手は抜けない。
倒れこみながらコボルトの肘を伸ばした。体重をかけてバツッと腱を引きちぎる。痙攣で何度か体がゆらされた。そのたびに血が街路へと広がった。
一度大きく体を跳ねさせて、鋼鉄を名乗る勇者は動かなくなった。
少し遅れて、俺の下で心臓の拍動が完全に止まった。
腕を解いてゆっくり立ちあがった。周りに目をやると、野次馬が集まり始めていることに気がついた。負傷したランズマーク家の私兵が、おそるおそる俺に指をむけた。
「あんた、なにを?」
「見てたろ。やっつけたよ」
深く息をついて、コボルトから視線を移さずに答えた。街路に流れた血が敷き詰めた石の隙間を抜けて、細やかな音を立てていた。
族長の左手はまだ刀をつかんでいた。肩をつかんでごろりと仰向けに転がした。右腕にくくりつけた小楯がカランと乾いた音を立てる。血の泡が喉からぼこぼこと音を立てていたが、半月を映す瞳は動いていなかった。
コボルトの屈強な筋肉がしぼんでいく。鎧の奥に薄い胸板。刀をつかむ細い腕。これが本来の姿なのだろう。
「恐ろしい相手だった」
視線を周囲へ向けた。押し黙っていた野次馬が、少しずつ近づいてきた。
「コボルトなんだろう?」
誰かが俺の背中に声をかけた。戸惑いと恐怖が複雑に溶けあった声だ。
「そうだな。コボルトだ」
息を継ぎながら答えた。
「でもコボルトの動きじゃなかった」
別の、もっと小さな子供が言った。
「強いコボルトだったんだ」
つぶやいた時に、群衆を割ってシルヴィが来た。目に浮かんでいた恐怖が消えている。少しだけ、殺したという後悔が消えた。
「おじさん」
シルヴィが肩を震わせながら言った。
「全部見ていたわ。全部……でも、見ていたことの意味の半分もわからなかった。たしかにこのコボルトは強かった。でも、あなたはもっと……おじさん……あなた、何者なの?」
「ステータス見たろ。無職だよ。レベル4の」
「ウソよ」
少女が俺の言葉をさえぎった。
「ウソよこんなの。魔法使いの魔法じゃない。武闘家や盗賊の戦い方でもない。見たこともない。おじさん、何者なの? これは何? どうやって倒したの? あの技は何?」
「シルヴィ、怪我した奴らを教会に運ぼう」
「質問に答えて。これはどういうこと? おじさんのステータス、ステータスになってないじゃない。おじさん、あなた、何を知ってるの?」
質問が群衆のざわめきを飛び越える。沈黙で応じるつもりだったが、少女の目はそれを許さない。
小さく息をついてから、俺は答えを一つの言葉にまとめた。
「武術だ」
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名前:
流派:
称号:
天祐:
心格:
理力:
闘位:
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武術
ピキティ・テルシャ・カリ
ムルパティ・プティ・シラット
バーティツ
兵法
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