第9話 最初の追放

 翌日の朝に、ランズマーク辺境伯、つまりジェドの父親の部屋へ通された。


 入ってからずっと、サイラス・ランズマークというこの領地の主人は、落ち着きなく部屋の中を行ったり来たりしていた。立派に整えた口ヒゲがもごもご動いているから、なんか言う気はあるんだろう。が、なかなか切り出さない。


 部屋にはこいつ以外にジェドとシルヴィ、護衛の兵士が完全武装で五人。


「親父、そろそろ」


 ジェドがしびれを切らしてサイラスに水を向ける。落ちるように椅子へ体を沈め、貴族は一つ大きなため息をついた。


「レベル4というのがいかん」


 何を言うにも困ったという顔で、領主は変な形の口ひげをいじりながら俺の顔を見回した。


「はあ」


 いかんと言われてもなあ。と思いながらしゃべったせいで変な声が出た。


「器量も悪い」

「ほっといてください」


「態度も悪い」

「そこらへんにいるおっさんですよ。仕方ないでしょう」


「そうはいかんのだ」

「はあ」


 もう帰りたいな。すごい居心地が悪いんだが。


「私の部下が八人も殺された。十五人も重傷だ。破傷風か狂犬病にでもかかれば死ぬかもしれん」

「痛ましいことだと思いますが……」


 しかし俺はあまり関係ない気がします。と言おうとしたが、そんな雰囲気にならない。ねじってあるヒゲの下からゴホンという音。


「まず息子の話は聞いた。貴様の助言を無視して蛮勇にまかせ、あの魔物の怒りをかった。全く無様な話だ」


 ジェドがドキッと体を固くしたが、領主はそれをジロッと見ただけで、すぐに話へ戻った。


「精鋭だと思っていた一の砦の官兵や我が私兵も賢者も歯が立たなかった。これも情けない話だ」

「いや、よく戦っていたと思いますけど」

「そういう話ではない!」


 バンと辺境伯が椅子の肘掛けをぶん殴った。感じの悪いやつだな。


「なぜお前みたいな奴が勝てたのかと言ってるんだ! これではランズマーク辺境伯領の武力は笑い話のタネだ!」


 知らんわ!


 つまりコボルトごときに惨敗してカッコ悪いから悔しいのね。ああ嫌だ嫌だ。んなことマジ知らん。ひくわー。普通、部下を助けてくれてありがとうだろ。こいつの下で働くのとかスゲェめんどくさそう。


「答えろ! なぜお前はあの怪物に勝てた?」

「コボルトはレベル2です。俺はレベル4ですよ。倍ですよ。だからです」

「ふざけるな!」


 ガチャガチャと兵士たちが武器に手をかけて腰を落として戦闘態勢になる。が、ポーズだ。まるで殺気がない。城主が怒鳴ったら戦闘態勢になる練習、普段からしてるのかなあ。想像するとかなり笑える。


「何を笑ってる!」


 やべえバレた。こんなトコだけ鋭いとか、どんだけ人の顔色みて生きてんだよ。


「何が望みだ」

「そろそろ帰りたいんですけど」


「そうじゃない! いくら欲しいんだ!」

「もともとご子息から受け取る予定だった20万ダカットが欲しいです」


「そう言ってこちらの出し値を釣りあげる気か。何という姑息な奴だ!」


 そんなこと思ってないよ! 疑り深すぎるだろ!


 はーっとため息をついて天井を見た。もういいや。にらまれて生活するのもアレだ。出ていこう。なんかもう、こんなのが城主じゃ生活する気にならん。


 と、そこで横を見た。実はあのコボルトを殺してから、ずっと考えていることがあった。それをやるべきかやらないべきか。俺にとってはそっちのほうが大事だった。


 視線の先にはシルヴィがいる。じーっと下を見て、両手を握りしめて涙をこらえていた。


 財宝はランズマーク家に戻った。もうこいつには金を持ち逃げするチャンスはない。ジェドと結婚すれば、もう親父には会えないだろう。こいつの人生も終わりだ。それでいいのかだ。俺は何を考えて、あのコボルトを殺したのかって話だ。


 やっぱりやるか。このままじゃ寝覚めが悪そうだし。


「ランズマーク辺境伯。俺は脅したいわけじゃない」

「……なんだいきなり」

「今回のことは誰にも言わないし、俺はこの街から出ていこうと思う」

「な、なに? まて、それはまずい。もうすこし話をしたいのだが」


 どう見ても本音じゃない。外に悪い噂を流されたくないだけだ。気にせず続けた。


「ひとつ欲しいものがあるんだ」

「なに?」


 その驚きに向けて、俺は精いっぱい気持ち悪い笑顔を作り、赤いツインテールに人差し指を向けた。


「その女をくれ。俺の奴隷にしたい」

「えっ……」


 少女が顔を上げる。


「シルヴィをか?」

「ああ。気に入ったんだよ」


 パッと領主の顔が明るくなった。まあ、そりゃそうだろう。今、このヒゲの中ではこういう理屈ができたはずだ。


 このおっさんがランズマークの兵隊は弱いと噂する。

 ↓

 ヤバい!

 ↓

 しかしこいつは奴隷を虐待するエロ中年である。

 ↓

 誰も信用しない。

 ↓

 グレイト!


 貴族が急に早口になった。


「なんといういやらしい奴だ! やはり見たこともない姑息な手で英雄のふりをしたがる下賎な男だ!」


 俺が言いたいよ。あとその隠せてない笑顔やめてくれ。気持ち悪いから。


「シルヴィはこれから解放するつもりだったのに、まさか貴様のような卑しい奴のもとへ連れて行かれるとは、なんという悲劇か! おい、路銀と衣服を用意しろ!こいつにではなく、シルヴィにだぞ!」


 うわ、アクション早いな。


 シルヴィが歯を食いしばって俺をにらむ。目にいっぱいの涙を浮かべながら。


「さいてぇっ!!」


 頬を思いっきりひっぱたかれた。いてえ。


「うるせえよ。お前は俺が買ったんだ。さっさと来い!」


 腕を掴んで俺の手元に引き寄せる。バカみたいな演技だが、まあこのくらいやった方が話がスムーズだろう。シルヴィはまだ鬼のような顔を俺に向けている。


「ダン・ゴヤ。貴様をランズマーク辺境伯領から永久に追放する。二度とここの門をくぐるんじゃないぞ」

「はいはい」

「さっさと出てけ!」


 金と服を投げつけられた。シルヴィからランズマーク家の細い銀色の首輪が外され、錆びた鉄でできた無骨なやつがつけられた。鎖と鍵を渡される。なんというか後ろめたさがすごい。


「行くぞ」

「いやよ!」

「主人の命令だ!」


 無言で涙を流しながら、シルヴィが俺の後をついてきた。裏口みたいなのを指差されて、そこから出るように言われた。誰も見送りには来ないが、まあそりゃそうだろう。


 街はにぎやかだった。死んだ兵士の葬儀を兼ねて、災いが去ったことの祭りか何かを始めるらしい。そうやって悲しさを忘れてくれということだろう。


 誰にとっても、自分の目に留まることだけが真実なんだなと思った。身近なことのためだけに生きる。大事なのは身近なことだけ。


 ジェドは親父のため。シルヴィも親父のため。族長は手下のため。俺は……なんのためかね。


 城の外へ出て少し歩くと、俺はシルヴィの首輪につながった鎖を外した。


「な、なに……?」


 シルヴィが両腕で身を守ってにらみつけてくる。しょうがないよな。時間かけて少しずつ話をしよう。


「悪かったな。さっきのは演技だよ」

「なに言ってるの?」


「奴隷制度にはいくつかルールがある。俺が解放のために三百万ダカットをもらったら、俺は必ずお前を解放しなけりゃならん。ただ、実はその金を誰かからもらったことにしてもいい。知ってるだろ。


 本当は今すぐでも解放したいんだ。ただ開放時の税金を一割は払わなきゃならないから、その三十万ダカットをこれから稼ごう。解放されたら、あとはガレリアで頑張りな」


「そのつもりだったの?」

「そだよ」


「……それまではヘンなことするつもりなのね?」

「まさかよ。そのくらいの節操はあるさ」


「じゃあ、なんで……」

「俺も親父が好きだったからな。死んだけどさ」


 赤毛は黙って顔をそむけた。あの独り言を聞かれたことを悔しいと思っているのが、手に取るようにわかった。


「同情したってこと」

「え。いや、それは……」


 なんと伝えたものか。そうと言えばそうだが、そうはっきり言いたくもないな。


 迷ったところで、遠く後ろから声が聞こえた。


「おっさん!」


 ジェドだ。馬に乗って領主の息子が来た。ひらりと降りる。右手にはまだ包帯が巻いてあった。


「どうした」

「謝りにさ。ごめんな」


「そんなこと言いに来たのか」

「うん。俺のせいだ」


「バッカお前。そんなこと言ってたら政治家なんかなれねえぞ。俺が悪いってことにしとけよ」

「いや……」


 ジェドは言いよどんでから、小声で続けた。


「親父を軽蔑して欲しくないんだよ」

「貴族には立場があるんだろ。ちょっと腹は立ったけど、すぐ忘れちまうよ」


「でも、一言も謝らないのはないよ。おっさんを追い出した上に、家も壊しちまった」

「もともとよそ者だし、あんなオンボロ屋、壊れたってどうこう言うことはないよ。気にすんな」


「俺は助けてもらった。おっさんがシルヴィを逃したいってのもわかってる。それに……俺は彼女と結婚できるし」


 ふと、シルヴィを見た。少女はジェドからあからさまに目をそらしていた。ジェドもシルヴィのことを気にしないようにしているのがわかった。お互いにお互いを好きなわけではないから。


 勢いでやったことだけど、全員にいい結果になってくれんかなあ。一歩目は踏み出しちまったから、もうやり切るしかないんだが。


「まあよかったじゃねえの」

「あの、二十万よりかなり少ないんだけど、その……」


 ジェドが何を思ったか、腰から財布を出そうとした。慌てて手を前に出した。


「いらんよそんなもん」

「でもさ」

「いらんって。彼女にプレゼントでもしてやれよ」


 ジェドは戸惑っていたが、財布をしまえと繰り返すと、やっとほっとしてうなずいた。それから好奇心に満ちた顔に変わった。何を聞きたいのかはその目を見ればわかった。


「……なあ、風魔法武術って、本当にあったんだな」

「他人がつけた名前だよ。あれはただの風魔法と短剣術だ」

「じゃあおっさん。あんた結局どういう人なんだよ」


 俺は顔をゆがめて変な笑顔を作ってから、ジェドに背を向けた。港を指さすと、シルヴィは顔を背けたままのろのろと歩いた。


「なあおっさん、あんた何者なんだよ? 正義の味方なのか?」


 ジェドが同じセリフを背中に投げてきた。右手を振って返事に代え、誰にも聞こえないように苦笑を海へ向けた。


「何度も言ってるじゃねえか。単なる無職のおっさんだよ」


【ミッション成功!】

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内容:白鋼山の財宝奪回

結果:成功

獲得:美少女奴隷×1

報奨:0Ð

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