第14話 猟兵の小太刀
「ルールはとっても簡単です! 一対一を三回。勝敗は降参か失神、相手は魔物ですから殺しても全然オッケーです。毎試合ごとに回復魔法で全快させますね。全勝したら50万ダカットとここの居住権を得ます!」
翌日の昼、鉄格子でできたゲートの前で、係員だという女の説明を受けた。張り付いた笑顔がなんとなく不気味だった。
シルヴィはこれから
「ご質問は?」
一通りの説明を終えて、ひらひらした水色の服の女が聞いた。シルヴィが真剣な目になった。
「アサフューンの小太刀を借りられますね?」
「はい、オーケーです!」
「持参した道具の利用はできますね?」
「はい、それもオーケーです。麻痺玉ですよね? たくさん持ってくる人もいるんですよ!」
「そうですか……わかりました」
緊張のせいか、シルヴィはいつもより早口になっていた。
「俺から聞いてもいいか?」
「どうぞ」
「何かあった時に、試合場へ駆け込むのを認めてもらえるか?」
「試合中は危険ですのでつつしんでくださいね。終わってからならオーケーです!」
「失神後にとどめを刺されるのは防げるのか?」
「審判が魔法で結界を作りますので、シルヴィさんが死ぬことはまずありません!」
そうかと答えたが、ラクシュの言うとおり、何人かは死んでいるとも受けとれる答えだ。
目を観客に移すと、そっちも聞いた話と合致している。シルヴィが若い女と聞いて色めきだってる連中ばかりだ。観戦料が高いという声も混じっている。
ラクシュの言ったとおり、儀式ではなく興行なんだろう。面白ければそれでいいという見世物の雰囲気がただよっていた。
「危なくなったらすぐ降参しろよ」
「いやよ。それじゃ懲役じゃない」
「命のほうが大事だ」
「指図しないで」
シルヴィは借りた胸当てとすね当てをしめなおして、服の裏にあてた皮板を軽くたたいた。防具はほとんど制約されていないが、兜だけは禁止になっている。顔を見せるためだろう。
シルヴィが最後にオサフネの小太刀を受け取った。まさかアサフューンという名前のニセモノだったらと慌てて横から確かめたが、間違いなく本物だ。これさえあれば大丈夫だ。
「おじさん心配しすぎよ。絶対途中で入ってきたりしないでよね」
「ああ……いや。すまん」
「それではご武運を!」
係員が明るい声でゲートを開けた。シルヴィの小さな背中が遠くなっていった。
「じゃ、ご主人様はこちらへどうぞー!」
「主人って呼ぶのはやめてくれ」
「あ、なんとお呼びいたしましょうか?」
「おっさんでいいよ」
キョトンとした女の横をぬけて、俺は用意された最前列にかけた。目の前には金網。その上には電撃の魔法をかけた鉄条網が巻いてある。
試合場をはさんで反対側には来賓席みたいなのがあって、やけに太った無愛想な男が座っていた。あれが代官か。歌いも踊りもしそうにないし、若い女が悲鳴を上げて逃げていきそうだな。人のこと言えんが。
「ダン」
突然、俺の頰に冷たい金属が触れた。不愉快そうに細めた目をむける。鉄のコップに冷たい果汁。持っているのは、きのう黒猫になっていた女だった。
「何しにきた」
「何しにきたはご挨拶でしょ。シルヴィちゃんの活躍を見にね」
「こんな見世物が好きなのか」
「いや、はっきりいって好きじゃないよ」
「じゃあ何しに来たんだよ」
「ダンと一緒」
どういう意味だと聞こうとしたが、なんとなくそういう空気ではないように感じた。ラクシュはじっと試合場を見つめ、両手を少し強く握って膝の上へ置いていた。
コロシアムの中央へ目を向ける。シルヴィは日本刀を腰にさし、矢を入れるえびらを締めると、最後に弓を持った。
「紳士淑女のみなさん、おっまたせしましたぁ! それではただいまより、勇気の儀式の開幕となりまぁす! 本日登場するレンジャーの美少女ハーフエルフ、シルヴィ・オッフェンバック選手へ大きな拍手を!」
満員ではない闘技場だったが、それなりに大きな音が響いた。その中を、シルヴィが土を踏みしめて中央へむかっていた。
「うおっ、かっわいー!」
「めっちゃ美少女じゃん!」
「わー、私ハーフエルフって初めて見た!」
口笛、足をならす音、卑猥なかけ声。俺とラクシュだけが声を上げずに試合場を見つめていた。
「では一戦目の相手でぇす! ゲートの向こうに待ち構えるのは、なーんと、女の子の宿敵、服だけを溶かすスライム! これは最初から大ピンチかも? シルヴィちゃん、頑張ってぇ!」
歓声と同時に、吐き気が腹の底から湧きかがってきた。嫌な温度の汗が顔を流れていく。シルヴィに向けて拳を振り上げている観衆は、俺たちとまったく違う世界を生きているのだ。
こんな悪趣味なものだったのか。こんなものを面白いと思える奴らのために、あいつは立っているのか。
「ダン」
ラクシュが俺の肩に手をおいた。
「黙ってろ。おまえと話したい気分じゃねえ」
「シルヴィちゃん、こっち見てる」
顔を上げた。シルヴィが俺に目を合わせていた。パチッと一度ウィンクをすると、まだ矢を持っていない右手をだして、小さく親指をたてた。
「シルヴィ……」
ぐっと胸が締めつけられた。年を食った俺がこんなところにいて、若いあいつが体をはって金を稼ごうとしている。全身が刃物で刻まれているように感じた。なんの縁もなかったはずの赤毛の同行者から目を離せなかった。
反対側のゲートが開いて、緑色のねっとりとした魔物が現れた。陽の光にたじろいで何度か下がろうとしたが、後ろから松明の火にあぶられ、しぶしぶと闘技場に這いでてくる。
スライムは何度か見たことがあった。この巨大なアメーバのような生物は基本的には洞窟の中にいて、天井からヒルのように落ちてくる。その奇襲が最も怖い。今回は正面からだから心配はほとんどないはずだ。
それでも俺はシルヴィの実力をよく知らない。万が一にも苦戦することになったら、ここから風魔法が届くかはきわどい。金網にも簡素だが結界が張ってあり、届かないかもしれない。
スライムはじわりと形を変え、虚足と呼ばれる突起をどろっと伸ばしてシルヴィに近づいた。かなり離れた間合いから、シルヴィはすぐに弓をひいた。
矢は鋭い音を立てて飛んだが、スライムはそれをひょいとかわした。だがその動きを読み、さらに二の矢が緑の魔物に突き立った。どすっと音。あわてたのか、はいずる液体がジグザグにシルヴィへにじり寄っていった。
正面からの動きは想像以上に遅い。この大陸でいうところの二ターンまで、シルヴィは一方的に攻撃できていた。
シルヴィは落ち着いていた。なめらかにスライムの右へ回り三の矢を射る。中央の核を狙っていた。そこを貫けばこの生物は死ぬはずだ。だが、スライムは矢を受けても奇妙にバランスを取りながら地面から浮き立ち、自身の一部を飛ばしてきた。ダンジョンのスライムよりもかなり回避力が高いようだ。
「うっ」
弓でそれをはじこうとしたが、液体は二つに割れて片方がシルヴィの肩に当たった。服がじわりと形を失い白い素肌がのぞいた。
色めきだつ声が飛んだが、気にすることなくシルヴィが走った。ためらわずに弓を捨ててラクシュからもらった麻痺玉を投げつける。バチっと鋭い音が響いて、スライムの動きがぴたりと止まった。シルヴィがついに刀を抜いた。動きが鈍っていた魔物はオサフネの一撃で真っ二つに割れ、ぶくぶくと青い泡になって消えた。
「なんだよサービス悪いなー」
「少しは手加減してやれよー」
まるで聞こえない素振りで、刀を納めてシルヴィが戻ってくる。
あいつ、剣術自体は悪くない。思っていたよりもいいくらいだ。しっかり刃筋を立てた刀を痛めない斬り方をしている。重心も安定しているし、本人の言うとおり、心配しすぎだったのかもしれない。
「お見事です! 最初の相手をものともせずに四ターンで決着。シルヴィ・オッフェンバック選手に大きな拍手を!」
休憩用の椅子に駆け寄り、声をかける。
「どうだった」
「あんなの余裕。おじさんいちいちうざい」
僧侶の回復魔法を受けながらシルヴィが答える。すぐに立ちあがり、刀の粘液をソーダ水で拭き取り、腰に戻した。
動揺してはいないようだ。それでも気は抜けなかった。破れた服からのぞく鎖骨が、やけに細く見えた。
【ステータス】
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種族: スライム(特殊合成)
分類: 魔物
LV: 9
称号: なし
属性: 水
状態: 死亡
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HP: 0/63
MP: 10/20
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攻撃: 79
守備: 82
敏捷: 19
魔術: 0
信仰: 0
技術: 94
運勢: 12
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武器: 触手
財産: 124 Ɖ
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スキル
からみつき (5HP)
衣服を溶かす粘液(3HP)
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