第13話 試合前夜

「どうしてそう思うの? 市民権を取りたい冒険者は何人も儀式に参加して、ほとんど成功してるって聞いたわ。余興みたいなもので、失敗しても死なないって」


 シルヴィは体を起こすと、驚きを抑えてラクシュへ聞いた。


「そこなんだよ。今まではそうだったけれど、この儀式は観客からお金を取っていて、だんだん見る人が減ってきてるのね。だから過激になってきてるみたいでさ。前より敗者、しかも死人が増えてる」


「それは大丈夫よ。アサフューンの小太刀があるわ」

「攻撃力はいいとしても鎧を着ていない。相手の足が速くて攻撃が遅れたら?」


「アサフューンの全力防御で防ぐ。そうすれば攻撃力の半分を防御に回せる」

「それじゃそのターンは攻撃ができない」


 ラクシュはネコの姿のままだったが、話し方にはっきりした緊張が見えた。


「アサフューンを使ってもレベル20を超えたら一撃必殺はない。ジリ貧が続いて、いずれヒットポイントが底をつくよ」

「それ、オサフネって読むんだけどな」

「黙ってて」

「黙っとけ」


 一人と一匹に言われた。が、そろそろ俺にもセリフを回して欲しい。割って入ることにした。


「ラクシュ。この街、お前も来たばっかりだろ。なんでそんなこと知ってるんだ」

「取引先がこの街にあったから、いろいろ聞いたんだよ。変な東洋人がここで商売に乗り込んできて、代官を言いくるめて闇商売始めたとかね。話が信じられない?」

「信じられないとは言ってねえ。ただ、お前の話は結局は商売だろ。わざわざ来て脅したいわけじゃないよな? そろそろ何が言いたいのかを教えてくれよ」


 俺がいうと、黒猫はニヤッと目を細めた。


「さすがおっさんだけあって、深読みが得意でらっしゃる」

「おっさんは余計だよ」


 ラクシュが胴に巻いた袋を脱ぐように落とした。これ、猫用の服じゃなかったのか。


「あけてみ」

「魔術具か」

麻痺玉パラライズカプセルだよ」


 麻袋の中から、コロコロと白い陶器の玉が出てきた。


「毒蛾の鱗粉と毒蛇の黒焼きを乾燥させて封印した。一対一の必需品だね。アイテムは武器より軽いから先手が取れる。麻痺した相手は無防備になるから一撃で倒せる。アサフューンで斬れば、全勝負が二ターンで終わる」


 ラクシュがすらすらと用意してきたトークをまくし立てる。


 一応理屈は通ってはいるようには思えた。俺には奇妙に感じることだが、この大陸の戦闘技術にはターンという概念があり、動作が早い者から順に動き、交互に打ち合う訓練を受けている。麻痺玉を最初に投げつけて、相手が固まったら斬る。そうすればほとんど単純作業で戦闘が終わる。


「使わなけりゃお金はいらないよ。使った分だけ後払い。心配で来てあげたんだから、それをわかってほしいんだよなー」


 怪訝そうに目を細めてネコをにらんだが、たしかにラクシュはそこでインチキをする奴じゃない。仕事に対してはものすごく厳格だ。


「明日の相手は、最初は多分下級な動物型の魔物。そのあとは多分レベル16のオークロードとレベル21のリザードマン。勝利は保証しないけれど、とりあえずの役に立つよ」


「ふむ……」

「あたしは使いたいわ」


 シルヴィが身を前に出してはっきり言った。


「決まりだね。料金は賞金で払って。ダンは値段ではガタガタいうけど、約束は一度も破ってない。信用してるよ」

「わかったよ」

「グッドラック」


 そういうと、黒猫は白い三個の玉を残して、ひょいと格子を抜けていった。


「ついてたわ。いい友達ね」


 シルヴィが麻痺玉を麻袋に入れた。


「友達じゃない、商売相手だよ」

「でも信用できる感じがした。オークロードやリザードマンなら、ランズマーク家にいたころから討伐に参加したことはある。強いけれど、アサフューンとこの麻痺玉があればいけるわ」

「まあ、かもしれないけどなあ……ただシルヴィ、俺にやらせてくれよ。こうなっちまったのはお前だけのせいじゃない。それに俺も一応腕はあるつもりだ」

「レベル4じゃ出してくれないでしょ」

「ねじ込めばいい。死んでも文句は言わないって一筆書くよ」

「ダメよ。あたしが出る。出たい」


 シルヴィは俺と目を合わせなかった。がんとしてゆずろうとしなかった。


「なんでだよ」

「迷惑をかけたから」

「仲間だろ」

「いいえ」


 シルヴィがきつい声で言い切った。


「あたしはおじさんの奴隷よ」


 その口調には、それ以上の話をするなという意味が込められていた。


 シルヴィは俺が黙るのを見ると、またごろりとベッドの下に横になった。俺にベッドへ寝ろということだろうが、それはできなかった。結局もう一度、二人で床に寝て、ベッドは物置になった。


 成り行きでそういう事にはなったが、俺はシルヴィを奴隷にしたくてしたわけじゃない。惚れているのとは違うし、娘のように思っているというのとも違う。ただ、ガレリアにいるという父親に会わせてやりたいとは思っていた。


 暗い部屋の中で、若いころを思い出した。生まれ故郷の東洋で、俺はそれほど不自由なく育った。金持ちではなかったが心配事が少なかった。それがひっくり返ったのは、二十歳の時からずーっと続いた氷河戦争という内戦からだ。俺のいた国は貧しくなり、異世界へ夢をみて大陸へ渡る連中があいついだ。


 戦争のことは今でも思いだしたくない。最悪の日々だった。相手を打ち倒す戦争ではなく、最大の敵は仲間だった。勝てないのもだが、そもそもまともな給料を出す組織に勤めることができないのだ。無職だとまわりから後ろ指をさされるので、ほとんどのやつは雑軍ぞうぐんの傭兵、つまりアルバイトとして軍に入った。もちろん昇給も昇進もない。馬を洗ったり靴を磨いたり、米と水を運ぶのが主な仕事だ。


 仕事はきつくて雰囲気は最悪。そして体も頭も使わないが、気を使う。一番大事な仕事は夜遅くまで隊に残って、いない奴の悪口を言うことだった。誰かを槍玉に挙げては、屁理屈をつけて無視したり仕事が回らないようにしたりするのだ。


 いじめられた奴はたいてい首をつって死んだ。生き残ったのは逃げて逃げて逃げまくった俺みたいなのばっかりだった。とにかく世の中全体がまともに動いていなかった。結局、俺は金もなく結婚もしていない。もちろん子供もいない。いまさら定職にもつけないだろう。


 だが、そんな俺でも子供時代の幸福な思い出はあった。シルヴィはそれを知らない。その事実が大きく俺の気持ちをとらえていた。こいつを奴隷のままにしたくない。父親を知り、幸福な時期を持ってから、それから大人になればいい。シルヴィは十七歳だ。それを感じるための時間はまだあるはずだ。


「ねえ、おじさん」

「なんだ」


「寝てなかったんだ」

「ああ。なんでよ」


「なんでもない。少し緊張してる」

「明日、嫌になったらいつでもそう言え。俺が出る」


「レベル4のくせに」

「レベル60くらいまでなら、俺は倒せる」


「どうして?」

「武術だ」


 それを聞くと、シルヴィは体を起こして俺を見下ろした。


「ねえ、おじさんの言ってる武術って何? 武術って呼ばれるものは見たことがあるわ。僧兵モンク武闘家マーシャルアーティストのなら。でもその人たちの武術と、あなたのとは何もかも違った」


「俺が習った武術は東洋のものだ」

「それは、あたしたちの知ってる戦術とは何が違うの?」


「細かい要領だ。体の使い方、呼吸の読み方、拍子の合わせ方、間合いの取り方。最小の力で最大の効果を生む動き。その一つ一つに細かい技術がある。


 例えば相手が一刀の時に一刀で迎え討つ技と二刀で迎え討つ技は全くちがう。一人を相手する時と多人数を相手する時も違う。多人数なら逃げながら相手を数珠つなぎに並ばせ、先頭を転ばせて全体の速度を落とす」


「最後のは、コボルトに追われたときに使ってたわよね」

「そうだ。たたき込まれたうちの、ごくわずかだ」


「流派とかはあるの?」

「数えきれないくらいある。最初に習ったのは二刀流の剣術、二天一流。それから玉虎流骨子術。棒術の九鬼神流。カリ。シラット。空手」


「それは、あたしにもできるもの?」

「知らねえ」


「教えたことは?」

「ない」


「誰が教えてくれたの」

「もう寝ろ。寝ないと明日に響く」


 強く言って横を向いたが、もう一度、さっきよりも小さな声が背中に届いた。


「ねえ」

「なんだ」


「不安だわ」

「だから俺が出るよ」


「そうじゃない。おじさんのことがわからないの」

「俺のことなんかわからなくていい」


 雲が出てきて格子から降りる星の光が消えた。部屋は真っ暗になり、シルヴィの寝息がかすかに聞こえ始めた。


 俺の武術をこいつに教えたって、俺みたいになるだけだ。小太刀と麻痺玉があればなんとかなるだろう。それで奴隷から解放。ハッピーエンドだ。


 シルヴィに毛布をかけ、俺も目をつぶって両手を開いた。指先が温かくなり、体が重くなっていった。


【アイテム】

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名称: 麻痺玉×3

効果: 1ターン動作停止

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