第12話 一方的な交渉

「ダン・ゴヤ。ジャパニア国、ブー州、ハイビヤ領の生まれか」

「ンなとこで生まれてねえよ。俺の言葉では大和国やまとこく武州ぶしゅう日比谷ひびやってのが正しい」


「異国の発音を議論する気は無い」

「じゃあさっさと中身のほうを聞いてくれ」


「盗っ人の抗弁なんか聞きたくもないが、一応申し開きがあるならしてみろ」

「だから借りたんだ。証文もある」


 懐から紙を取り出した。『ジャスティン・ベーカー』という、なんだか歌って踊って若い女の子から絶大な支持を集めそうな名前が一番下に書いてある。


 証文を差し出すと、そいつはわなわなと震えだした。


「ジャスティン・ベーカーが誰だかわかってるのか?」

「だから俺に刀を貸したやつだよ。べらべらしゃべる目が細いハイテンションな」


「ベーカー卿はここの代官だ!」


 嘘だろ。


「しかも寡黙で目が大きくて毎日不機嫌だ! ふざけるのも大概にしろこのチャイニア人が!」

「ジャパニア人だ! その二つは違う国だ!」


「つべこべぬかすな、どっちもコリアだろ!」

「もっと違うわ! 勘弁してくれよ、言い返す気にもならねえよ」


 頭をかかえて両肘を机につく。おたがいににらみ合って沈黙が取調室にただよう。平行線になりそうですでにゲンナリしてきた。


 ところが少しして別の男が入ってくると、そいつはいそいそと様子で目の前の男に耳打ちを始めた。二人が立ち上がって部屋の隅へ。声を殺しきれてないせいで、微妙に聞こえてきた。大半はよくわからないが、最後だけは聞き取れる。


『つまり、あれですよ』

『またか?』


『彼らは市民じゃありません』

『うーむ……』


 会話を追えると、二人はそれまでと違う、何か後ろめたいような、引きつった笑顔でもどってきた。


「とにかく俺たちだって、むやみやたらに投獄する気はない。身の証を立てれば釈放してやる」


 なんだか突然態度が変わったぞ。こいつにそんな裁量があるとは思えないし、さっきのやりとりで何があった?


「この街にはな、一つ大きな儀式がある」

「はぁ」


 唐突に話題を切り替えられ、気のぬけた声がでた。


「魔物相手に立ち会って強ければ勇気を認め、願いを一つ聞くというものだ。参加者にはなんでもとは言わないが、減罪や金、市民権などを提供できる。武器や魔法の品を渡してもいい」

「へー」


「これに出てもらう」

「いやいやいやいや!」


 呆れかえって机に両手をついた。何をいってんだこいつは。


「まず、俺は犯罪者じゃねえ!」

「拷問にかけることもできる。それはしたくない」


「そんなことをしてみろ、やぶれかぶれで暴れてやるぞ」

「お前の奴隷をだ」


 ぎょっとした。そういえば俺には奴隷がいたんだ。ずっと独り身だから、人といる感覚が身についていなかった。


 しかしこいつら汚いにもほどがある。そんなデタラメがまかり通る土地なのか。


「そんなに心配することはない。うまい具合にやってくれるなら無罪にしてやるというか、犯罪自体がなかったことにできる」


「一応聞いてやるが、どのくらいの魔物とやらせる気なんだ」


 俺が聞いた。あまりにも不利な条件じゃ飲めない。しつこく聞きだしておきたいところだ。


「大した相手じゃない。ステータスを見て決めるが、10から20レベルを一体ずつ、多くても合計三体だ。それに武器や防具もそこそこのものなら貸してやってもいい」

「ステータス・オープン」


 返事をしないで、耳の横で指を弾いた。


「……は?」


 顔の横に浮かぶ羊皮紙に、役人が目を丸くした。


「見ての通り、レベル4だ」

「ランズマーク領から来たんだろう? よく生きてたな。下手すりゃコボルトにも殺されるレベルだ。これじゃ儀式に……うーん、どうするかな……」


 どかっと腰を下ろして、頭を抱える役人を眺める。デタラメばっかりやってるからこうなるんだ。そう思った時に、さらに別の兵隊が入ってきた。


「シルヴィ・オッフェンバックが儀式の参加に同意しました」


 あのバカー!!


 *


 夜。俺とシルヴィは留置所みたいなところに閉じ込められた。一応手洗いとか体を洗う場所はあるが、それぞれドアは鉄だ。ベッドは板張りのでかいやつに毛布が置いてあるだけ。照明は手の届かないところにあるランプから届く光が一個。窓に鉄格子。


「食事だ、食え」


 ドアの向こうから鉄の皿が数枚差しこまれてきた。マッシュポテトやらマトンの煮込みやら、思ったよりまともな食事だが、そこが問題じゃない。あと足りない。三倍くらいよこせ。


「なんであんなうさんくさい話を引き受けるんだよう」


 がつがつ食いながら、となりに座ってるシルヴィにボソッとこぼす。


「だってそっちの方が簡単そうなんだもん。おじさんに迷惑かけないわ。やるのはあたしだけ。自分の力で解放してもらえるし、勝ち目もある」

「レベル10から20だと、最悪リザードマンが出てくるぞ。毒とかどうするんだ」


「毒は防御姿勢を取ってればまずかからないわ。それに連続はない。守ってから反撃する」

「防御力も結構あるぞ。ナイフと矢が通らないかも知れねえ」


「それは大丈夫よ」

「なんで……」

「アサフューンの小太刀を使っていいって言われたわ」


 一瞬、なんのことかわからなかった。オサフネのことか。


「あれは盗品だろ?」

「装備制限に引っかからなければ使っていいんだって。ナイフ術ならあたしも知ってるわ」


 そういえばそんなこと言ってたな。今になって思い出した。


 でも一瞬そうかと思ったが、本当だろうか。やけに気前がいいような気もする。そもそも代官のものだとして、日本刀を知らない素人に貸して、万一にでも折られたらと考えないのだろうか?


 とにかく、なんだか話は見えてきた。あのチャイニア人が代官とグルになって、見世物に使えるヤツを集めろと言われたのだろう。その先にも何か裏があるかもしれない。不安要素は山盛りだ。


「シルヴィ、明日は俺が出る。お前は見てろ」

「ダメよ。もう契約したもの」


「じゃあ契約を書き換えてもらおうぜ」

「あたし、出たいのよ」


「なんで……」

「食べましょう。冷める」


 俺たちは黙々と鉄の食器で煮込みを食い、空になった皿をまとめて鉄格子の外へ置いた。足りない。


「とにかく疲れてもらっちゃ困る。もう寝てくれ」

「おじさんは?」


「俺は床でいい」

「ご主人様でしょう。ベッドで寝てよ」


「その言い方はやめろよ。明日に備えてくれ」

「おじさんこそ歳でしょう」


「床で寝るのは東洋の伝統だ」

「じゃあおじさんが先に寝てよ。寝顔見られたくない」


 そんなものかと、隅のむしろを引いて床に転がる。シルヴィも毛布を引いて床に転がった。結局ベッドに行かないのかよ。


「ねえ、おじさん」

「ん、なんだ」


「刀、借りてごめんなさい」

「なんでよ」


「あたしがあんなこと言わなければ、今頃は宿屋で寝られたわ。でもあたしが儀式で勝てばいいだけだし、許してね」

「責めてねえよ。許すも何もねえ」


 少し黙ってから、小さな声でシルヴィが続けた。


「おじさんに迷惑かけたくないの」

「迷惑をかけたのは俺だ。おまえをランズマーク領から無理やり連れだしたんだぞ」


 窓の隙間から、星がこぼれてくる。夜になってから、晴れたか、と思ったところで、突然、白い光が黄色くなった。


 うん、と体を起こす。


「ミャオ」


 黒猫だ。首を格子に突っ込んで、部屋に入ってくる。


「ダン」

「は?」


 ネコがしゃべった。思わず飛び起きる。シルヴィも体を起こした。


「無事だったみたいだねー」

「お前、ラクシュか!」


「へっへっへー。いやー探したよ。地下牢じゃなくてよかった」

「なんでこんなところに来たんだよ。笑いものにしたいなら趣味が悪すぎるぞ」


 豆鉄砲を食らったように、パチっと黒猫の目が閉じた。


「アホすぎるよ! どこまで状況見えてないのさ!」

「なにが」


 フーッとヒゲを揺らして、牙の奥からラクシュが言った。


「このままだと、明日、あんたら殺されるよ」


【ステータス】

-------------------------------------------

名前: ラクシュミー・シャンディラ

LV: 25

年齢: 19

種族: ワーキャット

身分: 平民

職業: 商人

属性: 闇

状態: にゃーん

-------------------------------------------

HP: 148/148

MP: 65/65

-------------------------------------------

攻撃: 98

守備: 79

敏捷: 369

魔術: 55

信仰: 21

運勢: 859

-------------------------------------------

武器: なし

防具: なし

財産: 465,223 Ɖ

    (債権/宝石を除く)    

-------------------------------------------

スキル

 かみつき(HP3)

 ひっかき(HP8)

 暗視(MP1)

 隠密(MP5)

 ドウェルガーの鑑定眼(MP3)

 ガネーシャの商魂(MP12)

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