第11話 名刀オサフネ

「有名な剣なの?」


 シルヴィが興味深そうに言った。


「俺の生まれた国ではな。師匠が同じ人が打った刀を持っていた……備前長船がこの国に流れてくるとは思わなかった……」


「やっぱり見る目があるじゃないか!」


 露店商は興奮気味な話し方をやめないどころか、さっきよりも饒舌じょうぜつになっていた。


「こいつをどこで手に入れた? まともな状態だし、ステータスの文字も化けてないし」

「そいつは言えないなあマイディア! ただ役にたてられる人に使って欲しいんだよ! 君はジャパニア人だろう? さあ、誠意をみせてもらえないかな」


 長髪が指で丸の字をつくった。金なんかたいして持ってないぞ。普通のサムライが使う日本刀でも五十万ダカットはする。


「今あるのは路銀の二十万ダカットだけだ」

「うわー、それじゃあ売れないな。あ、じゃあ君の横にいるかわいこちゃんを貸してくれてもいいよ?」


 シルヴィを指差す。冗談じゃない。いくら伝説の名刀だろうが、人間と秤にのせられるか。


「あきらめるよ」

「おおっ、大事にしてるんだ! やけるねえ!」


「いや事情が……じゃねえよ。だいたいお前に関係ねえだろ」

「うーん、でも残念だな。君は見る目があるからなあ」


「さっきも言ったけど、俺は無職だ」

「えっ?」


 キラキラの服に身を包んだ男が初めてしゃべるのをやめて、俺の全身をじろじろと見渡した。


「サムライじゃないのか」

「あったりまえだろ。こんな貧相なサムライがいるかよ」


「体格、ついてる傷、風貌、間違いなくサムライと思ったんだがな」

「ステータス・オープン」


 俺は耳の横で指をならした。当たりまえだが、レベル4の無職と書いてある。


「あらららら。たしかにだね。うーん、どうしようかな。じゃあ明日まで貸すっていうのはどう? これで稼げばいいよ」


「だから俺はこいつを装備できん」

「手に持つくらいできるさ。あとはジャパニア魂が教えてくれるよ」


 どうもみたところ、こいつはチャイニアの出身らしい。ジャパニアの隣だが、近くて遠い国だな。剣術の心得とか以前に、そんな目だつもん持ちたくねえよ。


「それ、お金さえ出せば本当に貸してくれるの」


 突然、横からシルヴィが口をだした。


「そりゃもちろん」

「小さい方なら私が持てるわ。レンジャーの装備制限にも引っかからない」


 なにを言っとるんだ。


「おいおいおまてまて。小太刀でもレンジャーの短剣と違うんだぞ。やめとけよ」

「これ持ってたら、レベルに換算すればあたしでも22には相当するわ」


 聞いちゃいねえ。


「おやおや、お嬢ちゃんの方がわかってるね!」


 そりゃたしかにレベル12のシルヴィが持っても相当な相手でも倒せる。オーガやトロールでも行けるだろう。だけどうさんくさすぎて話にならんぞ。


「おじさん、借りて」


 主従関係ってなんだろう。


「小太刀だけなら二十万かなあ」

「まてまてまてよ。そんなに出したら今日の飯も食えねえよ」


 俺が割り込もうとする前にシルヴィの早口。


「十九万なら」

「いいよ! 決まりだね!」


 なんてこった。俺の金だぞ。


 刀を右手に、シルヴィが宿屋へもどった。


「どーすんだよこれ」

「決まってるでしょ。高い仕事受けるのよ。おじさんとあたしとこれがあれば、あっという間にお金なんか作れるわ」


 そんな焦らんでも、と言いたいが、シルヴィにそれは言えないなと思いなおした。のんびりやろうぜってのは、もうちょっと俺の奴隷でいろってことだ。


「さっさとお金作らないと、誰かさんがいつカラダ要求してくるかわかんないしー」


 言わなくてよかった。本当によかった。


 思いながらオサフネを手にとった。鑑定書に説明書きがそえてある。抜いて刃を見たが、書いてある通りだ。間違いなくジャパニアの刀工、備前長船のものだった。どうしてこんなものがここにと改めて思うが、とにかく事実として俺の手にはこいつがある。


「これでミッションやるとレベルが上がっちまうなぁ」

「そういえばろくに聞いてなかったけど、なんでおじさん、レベル上げないの? あんなに強いのに。コボルト倒した時も経験値少なかったから結局上がってないし」


「目立ちたくねえのよ」

「なんで? 別にいいじゃない。強くなるのよ?」


「腕力と魔力はな」

「新しい魔法だって覚えられる」


「強くなるって、一生懸命努力して、それで報われるかっていうとなあ……」

「なるでしょ?」


「どうかねえ。そっちこそ、なんでレベルを上げたいなんて思うんだよ。解放はわかるが、強くならんでも生きてくことはできるぞ」

「なんで? 強くなりたいわよ! そっちこそ、なんでそう思わないの? 本当は強いじゃない。もったいないわよ」


 そのセリフに一瞬だけ若い時のことを思い出したが、すぐに胸の中で押し殺した。


「そんなことないよ」

「大人は夢が無くてイヤね」


 言って、シルヴィが小太刀を抜いた。逆手に握って、ゆっくりと斬ったり突いたりする動作を繰り返してから鞘へもどした。


「使い物になりそうだわ」


 二つの刀をそっと棚へ置く。それぞれのベッドで体を休めて、太陽が傾いてきたころだった。


 ガタガタと階段がゆれる。お客様、という宿屋の親父の声に続いて、鉄の足音が複数、ドアの前でとまった。


「ダン・ゴヤ! シルヴィ・オッフェンバック! 御用あらためだ、ここを開けろ!」


 なんだろう。土地の役人だろうか。


「開いてるよ!」


 俺が怒鳴ると、すぐにドアがきしんだ。


「二人だけか?」

「あっ、ありました!」


 銀色の鎧を着た兵士が刀に駆け寄る。やはりこの土地の保安隊だ。横においた鑑定書をつかみとり、それから俺たちを見た。


「ふーむ、事情は明らかだな」


 意を決した表情で、隊長らしき男が腰に手をやる。


「なんなのあんたたち?」


 シルヴィの問いには答えず、隊長が抜刀して叫んだ。


「宝刀、ビゼンオサフネの小刀を盗んだかどで逮捕する!」

「なんだと!」


 跳ねあがった。


 役人は冷や汗をぬぐいながら俺たちをにらみつけている。冗談で作っている表情ではない。そいつはゆっくりと懐から羊皮紙を取り出し、俺たちに向けた。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~

     【逮 捕 状】


被疑者:ダン・ゴヤ

被疑者:シルヴィ・オッフェンバック


罪名:盗難


被疑事実の要旨:

ビゼンオサフネ(小)の盗難


引致すべき場所:

ブリストラ副伯領行政局保安隊取調室


有効期間:神暦2020年12月31日

請求者官職氏名:ジョン・グリーン


有効期間経過後は,この令状により逮捕

に着手することができない。

この場合には,これを司法局に返還しな

ければならない。

有効期間内であっても逮捕の必要がなく

なったときは、直ちにこれを司法局に返

還しなければならない。

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