第2章 東洋の宝剣

第10話 ブリストラ副伯領

 ランズマーク領を出て少しの期間が過ぎ、俺たちは隣のイングランディア王国に入った。秋も深まっていて、冷たい風が増えてきた。


「おじさん、これからどうするの」


 強い風にまっすぐ赤毛をなびかせてシルヴィが言った。


「ブリストラの港で少し働いてから、お前の故郷に行くつもりさ。ガレリアへ」


 俺たちが歩く丘の上から、朝霧を斜めに横切る紫色のガレー船が見えた。こことガレリアを結ぶ定期便はかなり数が多く、かなり栄えているように見えた。


「おじさん、身よりは一人もいないの」

「いないな」


「結婚してないの」

「してないよ。見てわかるだろ」


「なんでしなかったの?」

「モテなかったからさ」


「なるほど」

「……納得されるとなんか腹立つな」


 また無言になった。なんか気まずい。いや、気まずくて当たり前な気もする。なにしろここ十何年、こんな若い女と一緒にいたことがほとんどない。話題は思いつかないし、何を言ってもいやらしいといわれそうな気がする。


 そもそも立場的には俺は主人なんだ。事実いやらしい。いやそうかな。連れて歩いてるだけならいやらしくないか。というかいやらしいことをしなければいやらしくないだろ。いやいやそれでも。


「うなりながら何考えてるの? いやらしいわね」


 バッサリだ。


「とにかく、早く三十万ダカット稼いで解放するよ」

「その話はとっくに聞いたわよ。それが本気なら感謝するわ」


「本気さ」

「どーだかね。まだ完全にあんたの事信用できないし。彼女もいなくて奴隷を取るとか、信用できるわけないわよ。今はその気でなくても、解放する時になったらお金チラつかせて脱げとか言いだすかもしれないし」


「ひでえ言われようだなあ」

「そうだったらイヤって言ってるだけ」


 口の減らんやつだ。と思いつつも、そんくらい言われて当然という気もする。ランズマーク領を出てからずっとこんな感じだ。もうすこしストレスなく過ごせるようにしないとならん。


 しかしなにより、とにかく三十万ダカットだ。そのカネをどうやって工面するか。実入りのいい仕事でもありゃあいいが。


「見えたわよ、ブリストラ副伯領」


 シルヴィが街へ指を向けた。ランズマーク辺境伯領より小さな都市だが、中継貿易で稼いでいるはずだ。何かしらの仕事はあるだろう。あまり腰に悪くなさそうな奴を選ぼうと思って、秋の坂道を下った。


 門をくぐると人ごみだった。大通りは馬車の行き来も難しいほど騒がしかった。


「宿屋に泊まれるかなあ」

「どこかしらあるでしょ。まあ最悪、連れ込み宿でいいんじゃないの」


 何もないのにすっころぶかと思った。


「いやいやいや?」

「なに?」


「そりゃまずいだろ!」

「なに言ってんの? ヘンなことしないって、さっき言ったじゃない」


「いや、しないよ。しないけど、変な目で見られたらどうする?」

「よそからどう見られたってかまわないわよ」


 そういうものなんだろうか。若いやつの感覚はよくわからん。いやそりゃ俺だってかまわないんだけど、しかし不純過ぎないだろうか。いやまて。おちつけ。そんなことでいちいち狼狽してたらおかしな奴と思われてしまう。


「なんでそんなに狼狽してるの? おかしいんじゃないの?」


 マジでこいつとっとと解放しよう。


 幸い普通の宿はすぐに見つかり、にやにやと薄気味の悪い笑顔で荷物を運んでもらった。死ぬほど気まずい。世の奴隷の主人とか、どういう神経してこんな生活してるんだ。


 一人の時は世界一のイケメンで美女にモテモテとかの妄想にふけっていられたが、実在の美少女が隣にいると、とてもそんなこと考えてられない。世間の目が気になりすぎる。


 やっぱりそうだよなあ、こんな薄汚れたおっさんがハーフエルフの美少女連れてたらどう見ても変態だよなあ。荷物をおろしてため息をついた。が、同行人は休ませてくれなかった。


「日も高いし、買い物にでも行かない?」

「え、もうか?」


「疲れてるの? 別にあたし一人でもいいけど」

「いやいいけど。そっちこそ疲れてるだろ」

「全然。あたし若いし」


 そうですか。


「俺も行くよ。仕事を探さないとな」

「無職は辛いわねー」


「お前だってそうだろ」

「あたしは! ちゃーんと! 仕事! してます! あんたの奴隷! 忘れたの?」


 そうだった……


 ああ、やりにくくて仕方がない。しかもなんだか心の中でのつぶやきが増えてきている気がしてならない。


 とぼとぼ石畳を歩いて、とりあえず雑貨屋に入ることにした。着替えや旅行用の装備がこれから山ほどいる。一つを選んでなんか見慣れた店構えだなと思ったその時、奥から陽気な大声が響いた。


「ドラゴンも真っぷたつの剣から恋人に見せられないエッチな本まで、なんでもかんでも取り扱い! あなたの懐に優しいクリシュナ商会へようこそ!」


 ひっくり返って頭打つかと思った。本日二度目。


「ラクシュ? なんでお前ここにいんの?」

「うわああああダンが来た! また店つぶすつもりか!」


「なんのこっちゃ?」

「コボルト騒動の時に借りてた店が壊されて移転してきたんだよ!」


 なんてこった。ランズマーク領を出て唯一良かったのがこの銭ゲバを見なくて良くなる事だと思ってたのに。


「ま、ここであったのもなんかの縁だし、なんか買っていきなさい。まずは水晶のポーション。HPとMP全回復」

「持ってるよ」


「じゃあ次はこの城壁をぶっ壊すカタパルトを特価で販売!」

「いらんわ!」


「今なら放火にうってつけの油壷がついてきます!」

「俺は誰なんだよ!」


「ボヤでいいなら、この火のスクロールでも……って。え。ダン。あんた、誰連れてるの?」

「誰って……」


 言われて横を見た。そうだ。今、俺は追及されたらとんでもなくまずいヤツを連れてるんだった。


「え、ちょっと。うわー……それ、首輪だよね」


 ヤバいバレた。


「あー、この前の事件でお金が入りましたと。それで……あー……わー……うわー……ひくわー……」

「いや、これは事情があって」


「えーと……どんな事情があれば、ダンがダンの子供でもおかしくない年の女の子を連れることになるのでしょうか……」

「いや、実は身寄りがないハーフエルフで、後見に当たろうと思っていて」


 あわててつっかえながら早口になる俺。すわった目で真顔のワーキャット。


「はぁ。無職のくせに後見。はぁ。身寄りがない美少女を。はぁ。そんなごつい首輪つけて。はぁ」

「いや……その……だから」


「そもそもロクでもないおっさんだと思ってたけど、いよいよ褒めるところがどこにも無くなってしまった……」

「シルヴィ。出よう」


 背を向けると一直線に店を出た。二度とくるか。


「すまんな」

「なにが?」


「奴隷を持ったことがないから、その手の常識がなかった。一緒に歩かないほうがいいかもしれねえな」

「あたしは慣れてるから平気よ。前より目だつ首輪だけど、ランズマーク領にいたころから人の視線はこんなもんだったわ。それに変な目でみられるのはあたしじゃなくて、あたしを連れてる人。いつだってそうだった。さっさと慣れたほうがいいんじゃない」


 この感覚に慣れる日は来そうにないし、来たら来たで自己嫌悪になりそうだ……


 うつむきながら大通りを歩いたが、雑貨屋は他にみつからなかった。旅に必要な保存食や水筒がいるんだが、ラクシュの店では買いたくない。どうしたものかと露店をながめていたら、そこで妙な風体の男が俺の袖をつかんだ。


「ハロー、マイディアサムライ! 剣はいらないかい!?」

「ん?」


 振り返ると長髪に細目、真っ白な東洋の服を着た男が、大きな布の上に武器を並べていた。


「実は君にピッタリのすばらしい剣があるんだよ! 見たいかい? それともご覧になりたいかい?」

「見ないって選択肢をいれろよ」


「ご挨拶だなあ! そんなことがあるわけがないんだよ! なぜならこの剣は君を待っていたんだからね!」


 そいつは長髪をさらっとかきあげながら続けた。なんだこいつは。役者かなんかか。


「俺たちは長い剣はいらんよ。装備できん」


 それを聞くなり、長髪は高らかに笑い声をかえしてきた。


「ちがうんだよなあ! 僕が売ってるのは本物なんだよ! それがわからないキミじゃないんだよ、マイディア。これは運命! フォーチュンなんだよ!」

「そんなものを露店で売るなよ」


 言っても男はとまらないので、なんとなく中央に置いてある武器を手に取った。細い二振りの刀だ。東洋式のこしらえだった。


「日本刀か?」

「こちらが鑑定書だよ! もちろん漢字は読めるよね?」


 ひらっと出してきた紙面に目を通し、そして読み直した。


 もう一度読み直した。


「は?」

「その顔をまっていた!」


 パァンと大げさに男が手をたたく。


「ウソだろ」

「この輝きをみてから続きをどうぞ!」


 鑑定書を三度読んだ。信じられない。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~

      鑑 定 書

一、刀 備前長船長光 打刀、脇差

 長 二尺五寸二分、二尺


 令武 元年 二月五日


 右は當協会に於いて審査の結果

 軍事刀剣と鑑定しこれを証する


    室戸幕府 武者奉行 平 忠典

~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 露天商が俺の手を上から握り、鯉口を切った。油をひいた鋼がほんのわずかに姿をみせた。故郷にいたころにも見たことがある光だ。


 シルヴィが刀の鞘にはりつけた紙へ目を細めた。


「なんか細くて壊れやすそうね。これ、名前なの? バイゼーン・アサフューン……?」


 露天商が口の端いっぱいにつり上げて割り込んだ。


「お嬢ちゃんにはこんな鑑定書じゃ読めないよねえ。ステータス・オープン」


 指をはじくと、2つのステータスが武器の上に浮かんだ。東洋の武器なのに文字化けもしていない。


 俺は固唾かたずをのんで慎重に打刀の鞘をつかんだ。待ち構えていたように、あふれるほどの輝きが俺たちを照らした。


「アサフューンじゃねえ。こいつは……オサフネって読むんだ」


【武器】

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名称: ビゼンオサフネ(大)

攻撃: +769

効果: 武攻の斬撃:ダメージ2倍

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名称: ビゼンオサフネ(小)

攻撃: +432

効果: 練兵の刺突:ダメージ2倍

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