第3話
殺人事件の現場となってしまった聖ニコル女学園は、幼稚園から
大学まで一貫教育を行う、いわゆるエスカレーター式のお嬢様学校だ。
その歴史は古く、今年創立125年を迎えた。
明治時代に社交場としてコンドルが設計した鹿鳴館を模して作られた
校舎はとても優雅で華やか。
元々は、華族や士族など上流階級のご令嬢達の花嫁修業の場として
建てられたらしいが、昭和に年号が改められる頃には一般入試が
行われるようになり、身分に分け隔てなく、広く世間に門扉を開いたのだ。
(と、『聖ニコル女学園のあゆみ』に書かれている)
とは言え、ばか高い授業料(普通の私立高校の3倍はかかるらしい)のせいで
生徒の大半は世が世ならお姫様というお嬢様達が占めていた。
かくいうあたしも、世間一般の常識から見れば「お嬢様」の部類に
入るのかもしれない。
あたしのおやじ様 片桐悟朗は、大学在学中にワインの輸入販売会社
『quatre raisans(キャトル レザン)』≪四粒のぶどう≫を立ち上げた。
たった四人で始めた(そのうちの一人が亡くなったかあ様だった)
小さな会社がワインブームの波に乗り、急成長を遂げたのは起業6年目のこと。
最上級ランクのAOCワインの他にも、上級なテーブルワインの
ヴァン・ドゥ・ペイやお手軽なヴァン・ドゥ・ターブルなどの輸入開始により
着実に売り上げを伸ばしていった。
近年は、ブルゴーニュにグラン=クリュ(特級畑)を所有し
オリジナルワインの醸造も手がけている。
キャトル レザンのオリジナル商品は地元のドメーヌをも唸らす程の逸品だ。
創業30周年を迎え、年商1兆円を超える大企業へと成長したのだった。
-キャトル レザン会社案内 沿革より抜粋-
そんなおやじ様の一人娘であるあたし片桐美月は、幼児部より
聖ニコルに通っている。
入園式当日、初めての集団生活に身も心も疲れ果てていたあたしは
カルチャーショックに襲われた。
お姫様達との生活レベルがあまりにも違い過ぎたのだ。
だって、うちには「じいや」も「ばあや」も「執事」もいなかったんだもの
(母親代わりの冴子さんはいたけど…)
「SP」に至っては、言葉すら聞いた事がなかった。
SPをスヌーピーの略だと思ったあたしは、自慢げに
「うちにも大きいのがいるよ!サンタさんが持ってきてくれたの!!」
と言ってお姫様達の失笑をかった…
―――――…とても苦い思い出。
その後しばらく登園拒否をして冴子さんを困らせたなぁ。
毎朝繰り広げられる攻防戦。
そんな片桐家の朝に平和を取り戻す救世主が現れたのだ。
一般庶民のお友達(といっても某大臣や大病院の院長の娘など
そうそうたるメンバーだけど)の出現。
やっと訪れたあたしのバラ色幼稚園ライフ。
この幸せを守る為、幼いながらも必死に考えた。
お姫様に意地悪されない様にするには…?
自分がお姫様になればいい!
早速おやじ様の呼び方を「ぱぱ」から「お父様」に改め
冴子さんを「ばあや」 と呼んでみた。
眠る時には、SP代わりのスヌーピーを廊下に置いてあたしの部屋の
警護をしてもらう。
(「ばあや」に関しては、「わたしはまだおばあちゃんじゃありません!」
と当時20代半ばを過ぎたばかりだった冴子さんの猛抗議にあい
即断念させられたけど)
シンデレラの絵本を読んで
「魔法使いのおばあさんがやって来てあたしをお姫様に変えてくれる」
そう信じ、毎晩お星様にもお願いをした…
なのに、魔法使いは現れず、あたしはいつまでたっても片桐美月のままだった…
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