第29話

『2-A』

北川先生のクラスね…


どうしようかしら?

知らせるべきか、約束通り黙っておくべきか…

美嘉は迷っていた。


いくら担任とは言え、男性教師に教え子の妊娠を告げるのは

どうかと思われる…


でも、もしまた倒れでもしたら?

今日のような姿を、他の子に見られたら?


多感な時期の少女達は、無邪気で…残酷だ。


今時珍しい話ではないのかもしれない。

それでも同級生の妊娠はセンセーショナルな噂話として

あっという間に学校中に広まるだろう。


結局傷つくのは本人だ。

不要なトラブルは避けなければ。

やっぱり、先生の耳には入れておこう。


美嘉は立ち上がると、職員室へと向かった。



幸い、北川は自分の席でテストの採点をしていた。

「北川先生、ちょっとお話があるんですけど…

 お時間いただけますか?」


北川は顔を上げると、爽やかな笑顔を浮かべた。

女生徒から「素敵~」と騒がれている、韓流スマイル。


美嘉は、どうしても好きになれなかった。

『ニセモノの笑顔』 目、笑ってないから…


「何でしょう?山崎先生が僕に話しなんて、珍しいですね」

北川は、赤ペンを置くと、美嘉の方に向き直った。


「あの…ここでは、ちょっと」

言い澱むと、警戒するような顔をした。

「保健室まで、来ていただきたいんですけど」


暫く考え込むと、採点中のテストを裏返しにして立ち上がった。

「いいですよ」


保健室へ戻ると、美嘉はパイプ椅子を北川に勧めた。

腰を下ろすと、探るような目をして美嘉を見る。


「で、お話って言うのは?」

「今日、先生のクラスの生徒が部活中、貧血で倒れたんです」

「はぁ…」


何だ、そんな事か。

北川の顔はそう言いたげだった。


「その子、妊娠してるみたいなんです」

「えっ?本当ですか?

 まいったなぁ。誰です?」

北川は大げさにため息をつくと、頭を掻いた。

「”厄介事に巻き込まれて”まいったなぁ」…美嘉の耳にはそう聞こえた。


こんな男に話すんじゃなかった…

早くも、美嘉の心の中に、後悔の念が広がる。


「いえ…あの、もういいです」


話を打ち切ろうとすると、北川が口を歪めて笑う。

「今更いいなんて言われたって、気になるじゃないですか。

 それとも僕を連れ出す為の口実ですか?」


はぁ?

何考えてるの、こいつ。自惚れにも程がある。

美嘉が睨みつけると、下卑た笑いが顔一杯に広がった。


これ以上の屈辱は耐えられない!


美嘉は、少女の名を告げた。


その瞬間、北川の笑いが凍りついた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る