第9話


マダムが再び厨房に戻ると、あたしはフォークにパスタを

巻きつけながら

「一体誰が北川先生を殺したんだと思う?」

と聞いた。


「そうね…私は美術の小牧が怪しいと思うけど」

「小牧?」

小牧一弥こまき かずやの神経質そうな青白い顔が浮かんだ。


小牧は非常勤の美術講師で、週2回 中・高等部の授業を担当している。

美術準備室を『アトリエ』と呼び、ソファーベッドや、小型冷蔵庫等を

運び込んで、完全に私物化していた。

有名美術大学在学中に二科展に2度入選した経歴があり、講師の割には

かなり優遇された扱いを受けてる。


「何で小牧が?」

「禁断の愛の終焉とか?」

「はぁ?」

確かに、どこか女性的な雰囲気のある小牧と、北川先生が寄り添う図は

退廃的で絵になるかもしれない。


「でも、それはありえないよ」

あたしが答えると、花菜子が不満げに口を尖らせた。

「何でよ!」

「だって、小牧って絶対ナルシストだよ。

 自分以外は愛せないタイプじゃない?」


成程ね…花菜子は小さく呟くと、眉間にしわを寄せた。


「じゃあ、誰が犯人なんだろう?北川先生って、人から恨みを

 買う様には見えないし…

 被害者が仲村ならもっと分かりやすかったのになぁ…」


花菜子が言う仲村というのは、おそらく体育教師の仲村秀之なかむら ひでゆきの事だろう。

今時の教師にしては珍しく、熱血青春先生。

一昔前の学園ドラマに出てくるような暑苦しさで生徒に接している。


もし彼が、崩壊寸前の高校に着任していれば、もう少し受け入れられて

いたのかもしれないが、聖ニコルは超お嬢様学校。

基本お姫様・お嬢様は優雅にたおやかに育てられてきた。

それ故、跳んだり、走ったりする事が苦手だ。

―――――要するに運動音痴が多い。

そんな生徒達にも、一切指導の手を緩めないスパルタ授業に

反発する者も少なくなかった。

パワハラだと、親から抗議の電話が掛かってくることもあったらしい。

再三、理事長から注意を受けたが

「みんな甘すぎますよ。教師が生徒に屈してどうするんですか」の

一言で聞く耳は持たない。

そんな訳で、学園の中では非常に浮いた存在だった。


「そうね。仲村なら恨まれる事もあったかもね…」

結局、デザートの絶品チーズケーキを食べ終える頃になっても

容疑者の目星は付かなかった。

「まあ、警察の発表を待つしかないわね」

あまりにも頼りない探偵さんだと言われそうだが

状況が何ひとつ掴めていないのだから、これ以上考えても仕方ない。


ちょっと前に学校からの緊急連絡メールが届いた。


明日から1週間、休校が決まったらしい。

取りあえず、TVのニュースをチェックして

何か分かった事があったらお互いに連絡し合おう。

そう花菜子と約束をして、駅のホームで別れた。

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