第8話

アンティークな扉を開けると、カウベルの優しい音が店に響いた。

「いらっしゃいませ」

カウンターの奥からマダムが顔をのぞかせる。


あたし達は、最近お気に入りの喫茶店「回転木馬」で

ランチを摂る事にした。


老夫婦が経営しているこの店は、こじんまりとしているが

セピアを基調にした内装は落ち着いていて、居心地が良かった。


それに、マダムの手作りチーズケーキは絶品。


…綺麗な白髪の上品な店主夫人を、あたし達は密かに

『マダム』と呼んでいた…


「学校、大変な事になっちゃったわね」

お盆の水をテーブルに置きながら、マダムが言った。

「今朝ニュースで見てびっくりしたわ」


メニューを見ていた花菜子が顔を上げ

「しばらく休校になっちゃいそうです。

 あ、ペペロンチーノのセットとデザートにチーズケーキお願いします」

「あたしは、カルボナーラのセットとチーズケーキで」


マダムが厨房に引っ込むと、花菜子が水を一口飲みながら言った。


「北川先生って、最近婚約したって噂なかった?」

あたしはちょっと考えて

「そういえば、何週間か前にA組の子達がトイレで話してたかも」

と答えた。


殺害された北川先生は隣のA組の担任だが、古典の担当教師でも

あったので、あたし達の古典の授業も受け持っていた。

中高・大学とテニス部に所属していたという色黒で

目鼻立ちのはっきりした顔と、がっちりした長身で生徒たちの中には

熱狂的なファンもいた。


「先生の婚約を聞いて、ショックのあまり貧血でぶっ倒れた子が

 いたとかって話もあったよね?」

「そうだっけ?」

「この手の話なら綾華に聞くのが一番なんだけど…」


綾華は、『ミス研』唯一の部員で、中等部の3年生だ。

校内のゴシップネタなら、【歩く三面記事】の異名を持つ彼女に聞くのが一番。


「お待ちどうさま」

ペペロンチーノとカルボナーラが運ばれてきてたので

あたしたちの会話は一旦中断した。

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