第37話
ホテルのエントランスには、既に徹ちゃんの運転するベンツが
横付けになっていた。
真柴が素早く後部座席のドアを開ける。
「どうぞ、お嬢様」
促され、車内へ乗り込むと、静かにドアが閉められた。
徹ちゃんが助手席の窓を開ける。
「徹。悪ぃが、お嬢の事頼んだぞ」
「はい、ちゃんと家まで送り届けます」
えっ。
てっきり真柴も一緒に乗っていくのかと思っていたあたしは驚いて
後部席から身を乗り出した。
「あんたは帰らないの?」
「この後、人と会う約束があるんだ。じゃあな、お嬢。良い夢を」
真柴が軽く手を振ると、徹ちゃんが車を走らせた。
あたしは、シートに身を沈めると深いため息をつく。
真柴の唇が触れた右手の甲が、熱をもったように熱く感じる。
包み込むように、そっと左手で覆った。
胸が苦しい程ドキドキしているのに、何故だか懐かしさを感じる。
何だろう?
記憶の片隅が、そっと揺さぶられるような不思議な感覚。
目を閉じ、必死に思い出そうとするけれど、それは薄い靄に
包まれているように、どこか朧気ではっきりと掴めない。
「あの、姐さん」
運転席から、徹ちゃんの遠慮がちな声がする。
「なぁに?」
あたしは目を開いた。
「組長、じゃなくって…副社長が今から会うってのは
女じゃないっすよ。だから安心しててください」
「はぁ?」
「いや、誤解しちゃ、まずいかなって思って…」
徹ちゃんの余計な気遣いに、どっと疲れが出る。
今夜は、悪夢にうなされそうだ…
裏切りの鎮魂歌(レクイエム) 一ノ瀬 愛結 @akimama7
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。裏切りの鎮魂歌(レクイエム)の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます