第23話
ラ・クレマの赤と入れ替わるように、指名の入った聖也が席を立った。
邪魔者がいなくなったと言わんばかりに、葵が身を乗り出す。
そんな葵をじらすように、美嘉はグラスの赤い液体を口に含み
舌でじっくりと味わっていた。
「美嘉さん、早く」
葵が急かすと、悪戯っ子の様な笑みを浮かべる。
「仲村先生――加害者の方ね―――は今時珍しい、熱血体育ばかって感じかな。
とても教育熱心だけど、うちの学校のお嬢様達には評判悪かったわ」
「ああ、ぼくの学校にもいたよ。
脳みそまで筋肉で出来てるんじゃないかっていう先生」
葵は、声を立てて笑った。
それまで、黙って二人のやり取りを聞いていた真柴が口を挟む。
「で、被害者の先生はどんな人でした?」
美嘉は眉根を寄せて考え込んだ。
「そうね…優しいし穏やかだから、生徒に人気があったわね。けど…」
「けど?」
「『坊ちゃん』に出てくる野だいこみたいなタイプ。理事長の飼い犬」
吐き出すような口調で言った。
どうやら、北川の事をあまり良く思っていないらしい。
美嘉の言葉を受けて、葵が戸惑った顔をした。
「野だいこって…ぼく和太鼓なら分かるんだけど…」
真柴が吹きだすと、葵はすごい目をして睨んだ。
「”野だいこ”っていうのは、夏目漱石の書いた小説『坊ちゃん』に
出てくる画の教師、吉川のあだ名だ」
「要するに、太鼓持ちって事よ」
葵は美嘉と真柴を交互に見ると、益々困惑した表情を浮かべた。
「ぼくだって夏目漱石ぐらい知ってるよ。お札の人でしょ?
太鼓持ちっていうのは…えっと…ブラスバンド?」
美嘉と真柴は、顔を見合わせて笑った。
葵は、何故自分が笑われているのか理解できず、不機嫌な顔をして
そっぽを向いてしまう。
葵はお役御免だな。
質問は、真柴が引き継いだ。
「それじゃ、二人は仲が良くなかった?」
「大学の同級生だって聞いてたけど。仲は…最悪ね。」
美嘉は指先でグラスのふちをなぞった。
「っていうか、仲村先生がけし掛けてるって感じだったかな。
そう言えば、事件が起きる少し前にも宿直の事で揉めてたわね」
「宿直?」
「ええ」
小さくが頷く。
「うちの学校には宿直当番っていうのがあって…まぁ宿直って言っても
学校に泊まるわけじゃなくて、男の先生が毎日交代で放課後から午後9時まで
学校見回りや緊急電話の応対をする事になってるの」
一旦言葉を切ると、ワインを一口飲んだ。
「仲村先生が、北川先生は宿直当番をサボってるって言い出したのよ」
「さぼり?」
「そう。
北川先生が宿直の時に、仲村先生が学校に電話をしたらしいんだけど
誰も出なかったそうなの」
随分と子供っぽい真似をするな…
さっき葵が言っていた『脳みそまで筋肉で出来てる』という言葉が蘇った。
「それで、北川先生は何て?」
「もちろん否定したわ。校内の見回り中で気づかなかったって。
いつもは、仲村先生に何を言われてもあまり取り合わない先生が
珍しくムキになってた…」
それじゃ、認めたようなもんだ…
真柴は苦笑すると、こめかみに人差し指をあて、軽く目を伏せた。
北川は何をしてたんだ?
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