裏切りの鎮魂歌(レクイエム)

一ノ瀬 愛結

第1話 プロローグ

「美月さま、いい加減起きてください!遅刻しますよ」


冴子さんのソプラノボイスが部屋中に響き渡る。

「う…ん、今何時?」


首元の布団を頭の上までずり上げながら尋ねる。

「8時10分前でございます」


8時10分前?って事は…今7時50分?


―――――!!!―――――

あたしは布団を跳ね上げ、ベッドから飛び降りた。


「遅刻よ!遅刻!何で早く起こしてくれなかったの」

「何度も起こしましたよ。

 夕べは旦那様の留守をいい事に夜遊びが過ぎたんじゃございませんか?」


ギクッ!


「そ、そんなこと無いわ。

 昨日は課題がいっぱい出て、夜中までかかっちゃったのよ」

にやにや笑いを浮かべる冴子さん。

あたしの言葉など、全然信用していない。

まいったなぁ…冴子さんにはかなわない。


何しろあたしがオシメをしていた頃から、母親代わりに

面倒を見てくれていた人だもの…


「美月さま。早くお仕度なさってくださいね。小山さんがお待ちですよ」

「分かってるわよぉ」


手早く制服に着替えて、洗面所で顔を洗い歯を磨き

ついでに手櫛で髪を整える。


家から学校までは車で30分。HRの始まる8時30分までに

教室に滑り込めればセーフ。


今日も小山さんに、すっ飛ばしてもらわなきゃ。


淡い桜色のグロスをさっと塗り、まつげをビューラーで軽くカールさせて

…よし、準備完了。


チッペンデールのダイニングテーブルの上には

朝食をとっている暇の無いあたしの為に冴子さんが

握っておいてくれた小さなおにぎりが2つ乗せてあった。


それを手に取り、玄関へと向かう途中で電話が鳴った。

こんな朝早くに誰かしら?

応対は冴子さんに任せて靴を履いていると


「美月さま、お電話でございますよ」

朝のくそ忙しい時に電話をしてくるやつは、ひとりしか浮かばない。

「もう家を出たって言って!」

間髪いれずに怒鳴り返すと、困惑したような冴子さんの声。


「それが、花菜子さまからのお電話なんですが…」

花菜子?

慌ててダイニングへと駆け戻り受話器を受け取る。

「もしもし」

「あんた、また寝坊したんでしょ!

 それから、携帯の全然繋がらないんだけど」


あっ、電源入れるの忘れてた!


「その調子じゃ、まだニュース見てないね」

ニュースどころか鏡だってまともに見ちゃいない。。。

「すぐにTVつけて。たぶんどの局でもやってるはずだから」


いつになく興奮気味な花菜子の声。


「ちょ、ちょっと待ってよ。そんな事してたら遅刻しちゃう」

「そっか、メールも見てないのね。大丈夫、今日は臨時休校だから」

「何で休校なの?あ、ちょっと冴子さん、お願いTVつけて」


時計を気にしながら遠巻きに様子を伺っていた冴子さんは急いで

リモコンのスイッチを押した。

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