第25話

フロアーが俄かに色めき立った。

ボーイや客の付いていないホスト達がテーブルにシャンパングラスを

並べていく。


高額のボトルを注文してくれたお客に対し、感謝の気持ちを込めて

店中のホストが集まり行う『シャンパンコール』の準備が始まったのだ。


参ったな…真柴はため息をついた。


店の売上アップにつながるありがたい申し出ではあるのだが…

立場を偽っている身では複雑な心境だ。


「大丈夫ですか?」

真柴が尋ねると、美嘉はくすくす笑いながら

「ジン君の為のドンペリなんだから、もっと嬉しそうな顔してよ。

 大丈夫よ、掛け踏み倒したりしないから」

「いえ…それは…」

「もしかして、聖也君の事気にしてるの?

 葵君は私の担当って言ってたけど、永久指名って訳じゃないのよ。

 私気が多いから一人に決められなくって…いつも場内指名なのよ」


永久指名というのは、ホストクラブ独特の制度で、一度本指名をすると

以後そのホストが担当となり、基本的には他のホストに指名を変えられない。


担当の決まっているお客に対して、他のホストは営業を掛けていけない

決まりにもなっている。

この制度は、ホスト同士がお客を取り合ってトラブルにならないよう

設けられているのだ。


それに対して場内指名はフリーで来店し、テーブルについてから

気に入ったホストを指名する事を言う。


葵は『今夜の担当』聖也を差し置いての為にボトルを入れるのは

ルール違反だと、遠まわしに釘を刺そうとしたのだ。


しかし、美嘉は永久担当を持っていないのだから、誰の為にボトルを入れようとまったく問題はないと言いたいらしい。


「もちろん、聖也君のフォローも後でちゃんとするわよ」

そう、付け加えた。

ここまで言われては、素直に受けるしかない。


「ありがとうございます」

真柴は頭を下げた。


「山崎様」

アイスペールに入ったドンペリを持った浅倉が美嘉に声を掛ける。


「準備が整いましたので、始めさせて頂いてよろしいでしょうか?」

「ええ、お願い」


浅倉が合図をすると、店中のホストが美嘉のテーブルに集まってきた。

店内に流れていた曲がトランスに変わる。

コール担当の大河がマイクを手に、中央に進み出た。


「こちらの姫より、ドンペリオーダー戴きました」

「ありがとうございます」

ホスト一同声を合わせる。


煌びやかなショーの幕開けだ。

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