第4話

「お嬢様、まもなく学校に到着いたしますが」

小山さんの声で我にかえる。

顔をあげて窓の外を見ると、正門の前には人だかりが出来ていた。


「正門前にお停めするのは少々困難かと…」

「ここでいいわ。後は歩いていくから」

「畏まりました」


小山さんが後部座席のドアを開けてくれる。

「ありがとう」

あたしが優雅に車から降りると、

「あ、あの、お嬢様」

遠慮がちな小山さんの声。


「左の頬に米粒がついおりますが…」


しまった!車の中で食べた冴子さんのおにぎり!!

あたしは、あわててつまみ取ると、口の中へ放り込んだ。


「…ありがとう、小山さん」

小山さんが深々と頭を下げる。


その時、あたしを呼ぶ声がした。

「美月~」

見ると、花菜子が大きく手を振りながら走ってくる。


「おはよう、小山さん。さすがね、20分ジャストよ」

「おはようございます。日高様。おそれいります。

 あの、お嬢様お帰りのお迎えはいかがいたしましょうか?」

「帰りは電車で帰るから大丈夫よ。冴子さんには花菜子と

 お昼を食べてから帰ると伝えておいて頂戴」


小山さんはちょっと心配そうな顔をしたが、

「承知いたしました。では、お嬢様お気を付けて。

 日高様、失礼いたします」

と一礼して運転席へと戻っていった。


走り去るアウディS8の後ろ姿を見送りながら、花菜子が呟く。


「はぁっ、すっかり忘れてたけど、あんたもお嬢様なんだね」

「え?何それ?」

「普段一緒にいると全然感じないけどさ」

「あら、あたしだって精一杯お嬢様やってるわよ!」


そう抗議すると、花菜子はにやりと笑って

「本物のお姫さん達の中じゃ、あんたのお嬢様なんて全然素人よ」


素人って…

ちょっとふてくされてみせるが、ついプッと吹き出してしまった。


「ねぇ、そんな事よりすごい騒ぎじゃない。うちの学校で

 殺人事件なんてミス研の血が騒ぐわ~」

あたしも大きく頷いた。


花菜子が言った『ミス研』というのは『ミステリー研究会』の略。

あたしが部長、花菜子が副部長を務めている。

うちの学校の文化部は、茶道・華道・書道に箏曲、百人一首や

珍しいものだと香道なんていう、渋すぎるものしか存在していなかった。


コナン・ドイルのファンだった事がきっかけで仲良くなったあたし達は

昨年新設申請書を学校事務局に提出したのだ。

先生方は、部活名を見ただけで眉をひそめ、即却下をくらった。


でも、そんな事ぐらいで引き下がるはずもなくあたし達は

少々姑息な手段を使わせていただいた。

申請書に、おやじ様の寄付申込書を添付して再提出してみたところ

即日許可が下りたのだ。


地獄の沙汰も、学校のセンセイも金次第ってとこかしら。

現金なものね!


ちなみに、おやじ様には部活名を「世界名作文学愛読書研究会」と

伝えてある…

シャーロックホームズだって立派な名作だもの。


「ねえ、正門のところまで行ってみない?」

「行ってみる!!」

あたし達は同時に走り出した。

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