第33話

「どういう事ですか?」


真柴は目を細めて笑った。

「気に食わなきゃ客の前でもふてくされる。自己中の典型だ。

 おまけに、実力もねえのに、プライドだけは高い」


確かに真柴の言う通りだった。


「鼻っ柱をへしおられてまで、うちの店に留まるなんて事はねえよ」


ひとつ伸びをすると

「今夜が最後かもな」

と付け加えた。


浅倉は、葵の履歴書を思い出していた。

職歴の欄には、数箇所のホストクラブの名前が記入されていた。

そのどれもが、短期間で入退店を繰り返していた気がする。


「オーナー」

キャッシャーに声を掛けられ、真柴が振り返った。

「山崎様がお帰りですが」

「クロドンのお礼に、送り出しでも行って来るか」

真柴は、煙草を灰皿に押し付けると、立ち上がった。



「ねぇ、ジン君。私、今度来た時にはあなたを本指名するから。

 来週、有給取って友達とグアムに行くの。お土産買ってくるからね」

「楽しみにしてますよ」


美嘉は、名残惜しそうにタクシーに乗り込んだ。

窓を開けて、手を振る。

真柴は、頭を下げて車が夜の都会に消えていくのを見送った。


「お疲れ様でした」

いつの間にか、浅倉が後ろに立っていた。

「おぅ、お疲れ。悪ぃけど、おれもこのまま帰るわ」

「車を呼びましょうか?」


浅倉が内ポケットからスマホを取り出すのを手で制した。

「いや、いい。その辺でタクシー拾うから」


背を向けて歩き出した真柴が、不意に足を止めた。


「ああ、浅倉、頼みたい事がある」

「はい?」

「今度、美嘉さんが来たら『ジン』は退店したって伝えてくれ」

「分かりました」


聖也に頑張ってもらうしかないな…浅倉は次回の付け回しを考え始めた。


「あと、おれの掛でクロドン1本入れておいてくれないか」

真柴は、苦笑いを浮かべた。

「さすがにシャンパン2本も入れてもらっちゃ、気が引ける…

 ジンからのプレゼントだ」


オーナーらしいな…浅倉の口元に笑みが広がる。

義理堅いというか…生真面目というか…


「承りました」

深々と頭を下げた。

「じゃあ、頼んだぞ」


そう言って微笑んだ真柴の瞳は、優しく輝き、男の浅倉でも

ドキッとするほど魅惑的だった。

「は、はい」


真柴は頷くと、再び背を向け歩き始めた。


「あの、オーナー」

浅倉が声を掛けると、真柴はゆっくりと振り返った。

「何だ?」


「…本気でホストやってみませんか?

 オーナーならすぐにNO1になれます!」


真柴は、一瞬あっけに取られたような顔をみせたが

すぐに眉間にしわを寄せ、しかめっ面をした。


「勘弁してくれよ」


そう言うと、ひらひら手を振り足早に歩き出した。


…もったいないな…

その背中を見送りながら、浅倉は呟くのだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る