第32話 スパイラル

 それは、宇宙の秩序の保たれた処では、決して存在を許されないモノ。


 膨大な光の束。空間の裂け目から溢れ出し、とぐろを巻くようにするすると折り重なっていく。

 はかりしれない無数の光る糸。それがぐるぐると果てのない群れを成すように宙を回る。

 それが、無限に続くかと思った。


 やがて光の糸は結びつくように寄り集まり、一塊の小さな恒星のようになった。


 網膜が焼かれる程の強い光。けど、眩しさを感じない。

 むしろ片時さえ眼を離す事を躊躇ためらう、とうとい光。


 俺は、この光を知っている。ラオンの夢。


 ラオンの記憶をそのまま辿るようなあの夢の中で、ラオンが見詰めていた。

 あの光。

 ミシャで、ラオンが眼にしたモノ。


 それが今、俺の目の前に生じている。



 …………逃げろ!



 本能が警告のように発する恐怖心を、必死に呑み下し抑え込む。


 これは、ミシャでラオンが対峙たいじしたモノ。あの時ラオンは、たった一人でこれと向かい合った。躊躇ためらいもせず、真っ直ぐにこれを見詰めた。


 ……俺が怯えて、どうすんだ。


 カラカラに渇いた喉に、唾を呑み込む。


 まるで星がひとつ目の前にあるような、途轍とてつもない圧力。全身でその重さを感じ、受け止める。脇の下や手のひらに、ぬるりとした汗が滲む。


 俺が今対峙しているのは、生き物ならば黙って服従するしかないような圧倒的なモノ。


 このまま、命を取られるかもしれない。



 …………ビビってんじゃねえっ!


 俺がきりに呑まれてる間に、ラオンはミシャでクピトを手に入れた。ラオンはあの時、間違いなくこの光の集合体と出会った。そしてきっと、何らかのやり取りの後、クピトを得た。


 恐らくそれが、ミシャでラオンの身に起きた出来事。


 この光の集合体は、現れるべくして俺の前に現れた。

 それは俺が、ラオンの落とした心の欠片を取り戻す事を強く望んだから。


 その為なら俺は、別の代償でも何でも差し出してやる。

 そう心で、強く思ったから。


 この途轍もないモノを、俺自身が呼び寄せた。


 俺は僅かに強張ったまま、正面の光の集合体を見据えた。日常に居れば、一生涯眼にする事もなかった光景。


 俺はミシャを探すあの三日間の旅の間に、ラオンに恋をしていた。俺自身気づかぬうちに覚えた、生まれて初めての恋心。その恋心が、ラオンをミシャへと導いてしまった。

 その結果、ラオンは望み通り愛の宝石クピトを手に入れた。恋する心を、愛する感情を引き換えに。


 俺がラオンをミシャへと連れていっちまったせいで、ラオンは心の欠片を失った。

 だから俺が、絶対にラオンの心の欠片を取り戻す。

 そう決めたんだ。




《ならば今度はお前が、あの娘の心の欠片でできたクピトを手に入れるのか》



 …………声?


 いや、耳に聞こえる感覚とは違う。俺の内側に、直に響く感じ。宇宙のボイドで出会った、白衣の人の言葉と同じ感覚。

 語りかけてきたのは、間違いなく光の集合体。


 あの娘の心の欠片でできたクピト……? あの娘……ラオンの……?




《クピトは、人間の愛するという感情の結晶。それを手に入れた者がその代償として残した心の欠片が、この星ミシャで結晶となり別のクピトが生じる》



 光の集合体の語る言葉のひとつひとつが、ずしずしと俺の内側に落ちてくる。


 クピトを手に入れた人間が落とした愛するという感情が、次のクピトを生み出す……?


 それが、延々と繰り返されるってのか……。まるで、無限のスパイラル。




《クピトを得た者は、この宇宙にただ二人。あの娘が手にしたクピトが、最初の者の愛する感情の結晶。そして今このミシャで眠るクピトが、あの娘の心の欠片から生じた結晶》



 ラオンの手のひらから、キラキラと零れ落ちる粒子。このミシャの砂の中に呑まれていく粒子。

 夢で見たその光景を、俺は茫然としながら思い出していた。




           to be continue




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