第8話 そこに映る君は、まるで嘘のようで

 俺は、ターサの視線の先を辿った。


 ラオン……!


 レストランの奥中央の大きな衛生モニターに映し出された、ラオンの姿。

 装飾きらびやかな、ジュピターの王城の大広間の映像。何十人、いや何百人という貴族らしい来客の中央に、ラオンは居た。


 俺の心臓が、はしゃぐように騒いだ。

 まるでお伽噺とぎばなしに出てくるような……いや、そんな陳腐な表現じゃ足りない。息が止まるくらい……それも違う。


 そこに映し出されたラオンは、俺の力量じゃ表現しきれないくらい綺麗だった。

 ピンクと白の、ふわりとしたドレス。それを飾るように、ワインレッドの長い髪が肩にかかる。レースの袖から覗いた形の良い腕を、ラオンは静かに振っていた。

 俺の記憶の中よりも、少し大人びた笑顔で。



「あ~、ラオン姫、ホント可愛いよなあ~! 益々綺麗になっちゃってさあ」


 うっとりとほざくターサの声を、俺は聞き流した。

 そんな事、云うまでもなく判ってる。苦しいくらい、判ってんだよ。


 ラオンは、綺麗になっていく。俺の知らない間に。きっと、これからも……。

 それが、救いようもないくらい苦しい。


 衛生モニターのアナウンスが、その映像はラオンの15歳の誕生パーティーのものである事を伝えた。最新の、リアルタイムの映像である事も。


 今日が、ラオンの誕生日? 


 そこに映るのは、15歳になったばかりのラオンの姿。通信を通して、今この瞬間ラオンと繋がってる。俺は瞬きすら惜しむ程に、画面の向こうのラオンに眼を釘付ける。


「何だ、今年はマーズの日にちで今日だったのか。毎年ジュピターの日にちと多少誤差があるからなあ。知ってたら花とか贈ってたのに」



 ターサが悔しげに呟く。こいつ、ラオンの誕生日、知ってたのか。

 俺はターサに軽い嫉妬を覚えた。俺は、知らなかったのに。

 俺はターサを睨み付けたい衝動を堪え、画面の映像を追った。


 そうか、ラオン、15歳になったんだな……


 俺の知ってるラオンは、まだ13歳だったのにな。もう、二年も会ってないんだなあ。

 その現実をまざまざと噛み締めると、胸がチリチリと切ない。


 俺も、後二ヶ月で17歳になる。

 画面の向こうで微笑むラオンは、俺の傍で笑っていたラオンとは違う、巨大惑星ジュピターの姫君、ラオン。酷く遠い、本当に手の届かない相手なんだと知らしめられる。


 薄っぺらい画面が映し出す、体温を持たないラオン。俺の真正面で嬉しそうに笑っていた、ラオンとは違う。


 なんだよこれ、苦し過ぎるよ、ラオン……

 今すぐ、お前に触れたい。その手に触れて、お前の存在を確かめたい。

 その体温、感触を……。その手を掴んで走った、あの頃みたいにさりげなく。



 ラオンの顔が、画面に大きく映し出された。

 柔らかな淡い唇が、言葉を紡いで動く。声は、聞く事ができなかった。

 もう一言何かを呟いて、ラオンはにっこり微笑んだ。


 ラオンの大きな眼、片方に光の粒。


 キラリ。


 粒は光を宿し、頬を伝って零れ落ちていく。



 え? 涙?


 淡く染まった頬を流れた、白い筋。

 モニターの大きな画面に映し出されたラオンは、泣いていた。穏やかに微笑んだまま、片方の眼からだけ涙を流していた。

 俺が見た、一昨日おとといの夢そのままに。



「はあ~、可愛いなあ! やっぱラオン姫は俺の永遠の天使……いや、女神様だな」


 ターサが腑抜けた声で呟く。

 何云ってんだ、こいつ。ラオンの涙を見て、こんな呑気な事ほざける神経が信じらんねえ。

 俺は、ターサを横目で睨む。


 けど、何かおかしい。ここに居る客のほとんどが映像を見ていた筈なのに、誰一人ラオンの涙を気に止めてる様子はない。

 あれだけ大きな画面で、気づかないわけないのに。不自然な感覚。



 ……まさか、見えてない?


 もう一度、ターサに眼を向ける。やっぱりラオンの涙に気づいてる様子もなく、すでに別の話題を口にしてる。


 他の誰も、見えてない? まさか、俺だけなのか?

 俺にしか、見えてない?


 ラオンの涙は、他の誰にも見えていない。多分、あのパーティーの来客にも。

 モニターの画面は、すでに別のニュースを伝え始めていた。


 なんだ、これって……。


 俺にしか見えない、ラオンの涙。

 ラオンの片方の眼からだけ零れ落ちた涙。微笑んだままの、ラオンの表情。


 もしかして、ラオン本人も涙を流してる事に気づいてない?


 俺は、連夜のラオンの夢を思い出していた。

 ラオンの記憶をそのまま映し出したような、夢。そして昨夜の、ミシャでの記憶のような夢。

 ラオンの手のひらから零れ落ちていく、キラキラ光る粒子。


 ラオンお前、なんで泣いてんだよ……


 何もできない、自分の不甲斐ふがいなさが堪らなく情けない。

 今すぐにでも、ラオンの傍に駆けていきたい。ラオンを泣かせる全ての原因から、守ってやりたい。


 俺が、ラオンを守ってやるんだ!


 俺の、この世界で一番、大切な存在だから……。



 瞬間、世界が一変した。




          to be continue


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る