第21話 白衣の人
ピコン、ピコン……
規則正しい機械音のような響き。あるいは、繰り返される管楽器の音。
幾度も、幾度も繰り返す……けど、耳障りじゃない。
淡い光の点滅、星の瞬き……そんなものを連想させる、綺麗な音。
俺は、眼を開いた。
見た事もない場所。眼に映る一面が白い壁。天井は見えない。足元の床は、深い藍色。何処までも終わらず、落ちてしまいそうな錯覚を覚える程に、深い藍。
他は、何もない。
そんな場所に、俺はただぼんやり立ち尽くしていた。
何もない、……部屋? この繰り返される音は、何処から聞こえてくるんだろう。
それでいて、空間はシンとしている。
「やあ、やっぱり君は、
背中の向こうから突然声をかけられ、俺は何故かギクリとした。
声……? そう表現していいのか……。
それくらい、異質な声。今まで聞いた事のない、表現しようのない感じの。声だけじゃ性別すら判断つかない。それどころか、人間なのかすら確信できない。
さっきから俺の耳に聞こえてくるこのピコン、ピコンした音の方が、『音』としてはずっと自然に受け入れられるものだった。
少し考えた後、俺はその声の主の気配を確かめながら、ゆっくりと振り向いた。
真っ白な壁を背景に、その中にそのまま溶け込むような白衣を着た、小さな老人が居た。
髪の毛まで一本残さず真っ白で、顔や手が見えなければ壁に気配を呑まれていたんじゃないか……という具合で、その人はそこに居た。
老人……。姿はそう見えるのに、何故か老いや若さ、そういったものを一切感じさせない。
その人の顔に刻まれた幾つもの皺と白い髪で、俺が勝手に老人と判断しただけ。
年齢なんて、多分この人には必要ない。そう思わせる。
不思議な人だった。
今まで出会ってきた誰とも重ねられない程に、人としての何かが超越している。かけ離れ過ぎている。俺は、目の前の人の正体を計りかねていた。
真っ直ぐに俺を見据える、とても穏やかな眼差し。果てなく遠く何処までも澄み、見詰め返していると吸い込まれそうな心地になる。喩えるならば、それは宇宙そのもの。
俺は戸惑った。言葉を返していいんだろうか。
この人は、俺が来る事を知っていた……?
《やっぱり君は、
そうとしか取れない言葉だった。
「君は、私が何者かと
その人は、俺の心を見透かしたように云った。
俺は益々返す言葉を無くしていた。そもそもこの人に、言葉なんて必要あるのか。俺が何も云わなくても、この人には全てお見通しのような気がした。
嘘偽りも、きっとこの人には通用しない。だったら、こんな風に戸惑ってたってしょうがない。
「そうだね、君が知りたい事を何でも訊ねるといいよ」
その人は、皺だらけの顔に穏やかな笑みを浮かべた。まるで此処に存在する全てを慈しみ、許すような。
この人には、きっと何者も敵わない。そんな気がする。
「俺は、ラオンの事が知りたい」
だいぶ、おおざっぱな訊ね方だった。
ラオンは今、何処に居るのか。ラオンに一体、何が起こってるのか。そして、ラオンの不可解な心の内側。
何処から訊いたらいいか判らなかった。何処からとか悠長な事云わず、今すぐその全てを教えて欲しかった。
俺のこの落ち着かずぐるぐると渦巻いた焦燥も、この人にはきっと全てお見通しだ。
「君は、あの
突然はっきりとした言葉で云われ、俺の心臓は跳ね上がった。
急激に、体温が上昇していく。頭が逆上せる程に、顔が熱くなった。
……照れてる場合かっ!
この人には、誤魔化したって無駄だ。俺は、生唾を呑み込む。手のひらにまで、たっぷりと汗を握る。
「……あ、愛してます! ……もの凄く……」
口にして、更に恥ずかしくなった。本人目の前にしてるわけでもないのに。こんなに緊張して、どうすんだ俺……。
けど、さっきの告白よりましか……。
フラれたわけじゃないと思うけど、何か散々だった、ラオンへの告白。
まじまじと思い出して、またがっくりと来た。
「気落ちする事はないよ。あの娘は君に、素直な気持ちを口にしただけなのだから」
やっぱり全てを悟っているように、その人は俺に云った。
「あの娘の心からは、恋愛感情だけが綺麗に欠落してしまっているのだからね」
「……え? 何だって?」
俺は思わず問い返した。
to be continue
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