第5話 君の記憶


 また夢を見た。

 ラオンと出会った日の夢。


 酒場ファザリオンのカウンター席に、ラオンと隣り合わせに座る俺。何故か俺は、俺の姿を斜め横からの視線で眺めていた。


 13歳の頃の俺の様子を、客観的に見詰める17歳間近な俺。

 すげえ、微妙な気分。


 この頃の俺は金儲けにしか興味がなくて、しょっちゅう悪巧わるだくみばっかしてた。サンタルファンの街に来て、今の集積所で働くようになってからはちょっとは改心したけど……。


 ラオンに近づいて声をかけたのだって、あいつのカードゲームの強さに目をつけたから。利用して、まんまと儲けてやろうとたくらんだから。


 ラオンを自分のペースに乗せようと、13歳の俺は必死に言葉をあやつる。そんな俺の甘ったるい声が、今聞くと情けなくて気恥ずかしい。俺、こんな声してたんだな……。

 ほんの数年前の自分なのに、ずいぶんガキだったんだなって思う。


 俺もラオンも、初めて出会ったこの時からだいぶ成長した。昨夜の夢の風呂上がりのラオンの顔を思い出し、また少しむず痒い心地になった。


 13歳の俺は、ラオンの気を惹こうと巧みに話しかける。見てて居たたまれなくなるくらい、ガキ丸出しだ。後ろから頭ひっぱたいてやりたくなる。

 強がりばかりで、自分一人でなんでもできる気でいて、生意気で。

 この時の俺、ラオンの眼にどんな風に映ってたんだろうな。



 ふと、場面が変わった。


 視界の全てを覆う、星空。これは、天の川……。

 出会ったあの日、二人で一緒に見上げた夜空。


 ラオンが教えてくれた、天の川の話を思い出す。

 天の川は、死んだ星の欠片が寄り添う処。星の墓場。そして、置き去りにされた夢の残骸が眠る処……。


 ラオンの心地好い声が、俺の鼓膜を撫でる。


 星を見上げる、俺の横顔が見えた。辺りは暗い筈なのに、俺の横顔は夜の帳に浮かび上がるようにくっきりと鮮明だった。まるで、夜目の利くラオンの視線を通したように。


 あれ? これってまさか、ラオンの視線?

 昨夜の夢と、同じ? 


 リアルだった。記憶をまるまる辿っていくように。

 これは、ラオンの記憶そのもの? あの日のラオンの、記憶の中の情景?

 これはラオンが見ていた、あの日の俺の姿。


 まさか……。



 また場面が入れ替わった。

 俺が見える。これは、ステーションから貨物宇宙船に忍び込んだ時の俺の姿。


「走れっ、ラオン!」


 今よりもずっと甲高い俺の声が叫ぶ。

 タイタンの酒場での俺。女盗賊に剣を突きつけられたラオンの傍に慌てて駆け寄る俺。庇おうとするものの、顔が明らかにびびってる。情けない俺。


 ラオンの手を引いて走る俺の背中。これは、カジノに忍び込んだ時。


 次々に情景が入れ替わる。ラオンの記憶の断片を繋ぎ会わせたみたいに。


 これは、マフィアに捕らえられた時。


 無理矢理強いられたロシアンルーレット。ラオンの正面に座った俺。顔が真っ青なうえに、脂汗も半端ない。この時は、本気で死を覚悟した。


 これは、ミシャに向かう宇宙船の中。


 外は一面の銀河。ラオンが見ていた、宇宙の景色。

 一瞬、散らばる星がゆらり滲んだ。ぼんやりと、視界に光が溶けて広がる。


 ラオン、泣いてる……?


 後部座席に居た俺は、この時のラオンの表情を見ていない。言葉を紡ぐ、ラオンの声を思い出す。泣いてたのか、ラオン……。



 羽根のように閃く光。


 仄青い光を放ち、直線上に揺らめく幻の星ミシャ。その地表の淡い砂が広がる。

 この星でラオンが何を見たのか、俺は知らない。

 ミシャに降り立った俺は深いきりに包まれ、それが晴れた時にはラオンはすでに愛の宝石クピトを手に入れていた。


 正面に、光の束が見えた。昨夜の夢で見たのと同じ、目まぐるしく渦を巻く光の束。折り重なる、膨大な光の束。あり得ない程に、眩しい光。


 そしてラオンの視界の先には、砂の上に転がり落ちたクピトの光が映り込む。

 白くて小さなラオンの手が、砂の上からそれを掬いあげる。


 その刹那、砂の上に何かが零れ落ちた。


 ラオンの手のひらから、キラキラと粒子のようなものが零れ落ちていた。幾つも、幾つも、キラキラ、キラキラと……。


 ミシャの淡い砂の中に溶けるように呑み込まれ、そして消えた。


 粒子の煌めきが消えたラオンの手のひらには、クピトだけが残っていた。透明な、光を放ちながら。まるで、その粒子と引き換えに与えられた……そんなように。



 そこで、夢は途切れた。



       to be continue


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る