第7話 真昼のセンチメンタル
ターサに連れ回されて何軒もの服屋をはしごして、ようやく飯にありつけたのは正午を二時間も過ぎた頃だった。仕事より疲れる。
入ったのは、テラス席とかあるコジャレたレストラン。重たくなった気分と足を引きずり、案内された席に着く。休日だからか、昼時を過ぎたわりには賑わっていた。
「俺、もう決まった」
余裕のターサを上目に、俺はメニューとまだ睨み合っていた。この店、なんだか馬鹿にしたような名前のメニューしかねえ。これじゃ、料理の内容なんて判んねえよ。なんだよ、この若鶏の小悪魔風ライスって……。
ターサの奴、注文取りに来たウエイトレスにさらりと気取って頼みやがって。もう、俺もそれでいいよ。ターサに便乗してメニューを決め、俺はグラスの水を一気に飲み干す。
空になったグラスを置くと間もなく、ウエイトレスがまた水を注いでくれた。それを更に一口含みながら、街の風景に眼をやる。俺とターサが案内されたテラス席からは、180度景色が見渡せた。遠く聳え立つマーズの王城が、圧倒するように空に伸びている。
あの城に、今オリンクは居る。
老王の体調が芳しくないらしい。
オリンクが王になる。
冗談みたいな話だよな。あいつがマーズ王だなんて。そしたらもう、あいつとは会えなくなるのかな……。なんか、やだな。
ターサや他の連中は、オリンクの正体を知らない。知らない方がいいのかもしれない。
ターサが、わけの判らねえ雑誌のモデルの話をしてる。俺は上の空で、ぼんやりと色んな事を考え始めた。
オリンクが今の仕事場にやって来たのは、約三年前。同じ地域の荷物を仕分け、配達する俺を見よう見まねて、あいつはあっという間に仕事を覚えた。
俺やターサ、他の連中は、ずっと今みたいな恵まれた環境に居たわけじゃない。時々不意に昔の嫌な記憶が胸を
規格外の怪力だし、何処に収まるんだってくらい大飯食らいだし。凄く手のかかる弟のようだと思えば、力強くて頼もしい兄ちゃんのようでもあり。
オリンクって、そういう奴なんだ。だから、マーズの王になるなんて、全然ピンと来ない。
ずいぶん遠くに行っちまうんだな……。
ラオンだってそうだ。出会った時は、あんなに傍に感じられたのに。
俺は、昨夜見た不可思議な夢を思い出していた。まるでラオンの記憶をそのまま映し出したような、夢。俺とラオンが出会った時の、冒険の記憶。
ラオンの眼に映っていた、まだ13歳の俺の姿。そして、ラオンしか知る筈のない、ミシャでの記憶。
ただの夢と片付けちまうには、あまりに腑に落ちない。
ウエイトレスが、ターサのグラスにも水を足していく。透明なグラスの内側で、空気の粒が陽射しを孕み、キラキラと泳ぐ。
三夜続けて、ラオンの夢。
最初の夜の夢は、明らかに俺の欲望。二日目の夜の夢も、俺のラオンへの欲望のせいだと思った。ちょっと俺の想像だけにしてはリアルだったけど、欲求不満だからかなって。ラオンの涙は気がかりだったけど……。
そして、昨夜の夢。ラオンの記憶。
昨夜の夢がラオンの記憶だっていうのなら、一昨日の夢だってラオンの見た記憶なんじゃないのか。そんな風に考えちまう。
なんだって俺が、ラオンの記憶を夢で……?
確かに、ラオンの心を覗き見たいと思った。
俺の事、どう思ってるのかとか。本当にラオンにとって俺は、友達だけの存在なのかとか。ほんの少しでも、恋心とか感じてくれてないのかな、とか。
ラオンが好きだから、しつこいくらいそんな事ばっか考えてる。
俺の記憶の中に棲む、13歳の頃のラオンがにっこりと微笑む。
心のあっちこっちに焼き付けた、二年前のラオンのカタチ。俺の心の中にだけ棲むラオン。
唯一、俺が独り占めする事のできるラオン。現実の、生身のラオンはあまりに遠い。
俺の心で微笑むラオンの片方の眼に、キラリ光る粒。
涙。
涙の粒はラオンの白い頬を伝い、零れ落ちた。
俺の心は、針を突き立てられたみたいにチクリとした。
ラオン、どうした? なんで泣いてんだよ……
ラオンは、俺の問いかけに答えてくれない。ただ、にっこり微笑んでいるだけ。涙なんて見間違いなんじゃないのかと疑ってしまう程、その表情とはちぐはぐで。
けど、確かに涙はそこにある。
いとしい人の、綺麗な涙……。
「あ、ラオン姫だ!」
ターサの声に、俺は急に現実に引き戻された。
何だって? ラオン? まさか……。
to be continue
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