第27話 夜行列車

 シン……としていた。


 眼を開くと、そこは列車の中だった。

 弛い振動。同時に音も戻ってきた。ゴトゴトと、列車の走る規則正しい音。

 橙の灯りに照らされた車内に他の乗客は誰も居ない。俺だけが一人、忘れられたように硬い木製の座席に座っていた。


 窓の外に眼をやる。インクを零したように真っ黒な列車の外には、赤や青の人工灯が点々と散らばっていた。



 ああ、今は夜なのか。

 俺はぼんやりとそんな事を思いながら、流れ過ぎていく光景を眺めた。


 知らない街の灯り。遠くチラチラとともり、離れていく。


 俺は、僅かに窓を開けてみた。指先程の隙間から、冷たい夜の風が滑り込む。

 その鋭い風の中に微かに何かの匂いが混じり、俺の鼻先をくすぐった。果物のような、優しい匂い。まだ熟し切らない、甘く酸っぱい果実。

 それとも、花の匂い? 何処かに花でも咲いてるのか。


 鋭く冷たい夜風は、まるで春の心地良い風になって人影のない車内を満たした。

 俺は硬い座席に凭れかかり、薄く眼を閉じる。瞼の裏に、ぐるぐると忙しなく渦を巻くきりのようなものが見えた。


 俺は、小さく長く息を吐く。

 ゴトゴトという列車の音が、ゴウゴウと唸る風に混じる。他に雑音はなく、夜風の中に列車の規則正しい音だけが流れ込んでくる。それは何処かで聞いた、何かの音に似ている気がした。


 この列車は、何処に向かってるんだろう。


 行き先も、俺はどうして、いつの間に列車に乗り込んだのか。それすら判らず、ただ連れられるままに列車に揺られる。

 チラチラ灯る光。それ以外は何もない夜の中を、列車は走っていく。



《離れていても、心の欠片とその持ち主は引かれ合う。君たち二人が、互いの心の結び目で引かれ合うように》


 白衣の人の言葉が、頭の中で繰り返される。


 ほんの寸分のズレで、触れ合う事も見つける事もできない。

 今の俺と、ラオンの関係。


 同じ処であって、全く別の処に居る。

 隣り合わせなのに、何億光年も遠い処。


 今の二人の距離。



《あのに会いたいと、強く望んでごらん。幾度あの娘に拒まれようと、強く》


 やっぱり俺は、苦しいくらいにラオンが好きだ。

 届かなくたって好きなんだ。


 心の結び目。


 俺とラオンを繋ぐ、きっと見えない糸のようなもの。


 あまりに離れ過ぎていて、今の俺にはラオンと結び付いている実感なんてない。

 けどそれが俺とラオンを繋ぐ唯一のものならば、俺は絶対にそれを放さない。どんだけ引きずられたって、この手が擦り切れたって放すもんか。


 俺は窓を半分程開き、通り過ぎてきた線路を覗いた。走り去った向こうは、すでに暗闇に呑まれている。

 光が映る夜の河が見えた。走る列車の灯りが、水面を照らす。

 まるで星空を駆ける、列車のように。


 なんだか眩暈のような眠気を覚え、俺はもう一度眼を閉じた。




        to be continue


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