第26話 始まりを知り、終わりを告げる者

「自分の存在が消えてしまう事実を聞かされた時、あのは最初、怖いと云ってポロポロと涙を零していたんだよ」


 ラオンが、泣いていた。


 胸が小石を呑み込んだように、ズキンとした。

 怖いと云って泣いていたラオンの傍に、俺は居てやれなかった。


「自分の存在が消えてしまうのが怖いと、皆から忘れられてしまうのが悲しいと。けれど、泣き尽くした後、あの娘は静かに強く、その場所に一人で行くと決めた」


 嫌なら、やめてもいいのだよ。

 そう云った白衣の人に、ラオンはゆっくりと首を横に振った。



「そしてあの娘は、自分が居なくなってしまう前に、君に会いたいと云った」



 白衣の人は、俺を見据えてそう云った。


 ラオンが、俺に会いたいって……本当に……?

 自分の存在が消失してしまう前に、両親でも誰でもなく、俺を選んだ……。



《これ、ソモルにあげる》


 夢の中で、迷いなく差し出された、ラオンの手のひらの中のクピト。

 あれは、夢なんかじゃない……? ラオンの、望み?


《これは、僕の心なんだ》


 ラオンが、最後に俺に伝えたかった言葉。

 喩えその後俺が忘れてしまったとしても、それでも告げようと思った言葉。


 ……ラオン。


 俺の内側でラオンへの恋心が堪えきれない程に溢れ、俺の全てを埋め尽くした。その想い以外は何も存在しない程に、毛細血管の端まで、全部を満たして揺さぶった。


 ラオンに会いたい。今すぐに触れたい。

 触れて、全部の細胞でラオンの存在を確かめたい。

 そこに居るという事を。

 その体温から、鼓動から、感触から、髪の毛一本一本まで、確かめたい。

 そこに、ラオンが居る事を。


 触れたなら、もう絶対に離さない。離すもんか!

 俺の傍に、ずっと繋ぎ止めてやる。

 一人で決めた罰だ。一人でそんな処に行こうとした罰だ。


 俺が、お前を守るから……守らせて欲しいんだよ!

 俺の知らない処で泣くなよ。俺の傍で泣けよ。

 お前が泣き尽くすまで、ずっと胸かしてやるから。

 俺もう、出会った頃みたいなガキでもへたれでもねえよ。

 お前が思ってるよりも、ずっと強くなったんだよ、これでも。

 好きなを全力で守れるくらい、支えられるくらいに。


 だからラオン、俺はお前を追いかける。

 お前の失った感情を、絶対に取り戻してやる。


 お前は最後に、俺に会いに来てくれた。

 それはきっと、恋じゃない。けどお前は、最後に言葉を交わす相手に、俺を選んでくれた。

 それだけで今は充分なんだ。

 充分、俺に勇気をくれた。


 だから……。



「俺は、ラオンを追いかけます」


 白衣の人は、もう俺の意思を知っている。けれど俺は、それをはっきりと言葉に乗せた。決して揺るがない気持ちを。

 その人は、何も云わずに微笑んでいた。その眼は宇宙そのもののように雄大で、全てを包み込む暖かさ。


 気がつくと、光が俺を包んでいた。

 白いような、青いような、光。淡く仄かな、発光体。



「離れていても、心の欠片とその持ち主は引かれ合う。君たち二人が、互いの心の結び目で引かれ合うように」


 無音という膨大な音が、空間に渦を巻くように溢れ返っていく。


「あの娘に会いたいと、強く望んでごらん。幾度あの娘に拒まれようと」


 白衣の人は、何も映さない静かな水のような眼差しで頷いた。



「教えて下さい。あなたは、誰なんですか」


 最後に、俺は訊ねた。白衣の人の水のような眼差しに、荘厳な光が揺らめく。



「私には正体などないよ。あえて君たちの言葉で喩えるならば、『始まりを知り、終わりを告げる者』とでもなるだろうか」


 空間をゆく光の中に、喩えようもないその声は溶けた。


 柔らかな光の中に、そこにある全てがかたちを失い、溶けていく。元々、像なんてない、何もなかったのかも知れない。白衣の人が告げたように、此処に像なんて意味がない。


 此処はきっと、そういう処。

 そしてそれを俺に告げたあの人は、やっぱり宇宙そのものだ。


 俺は今、カタチを成さない眼を閉じる。


 そしてラオンと俺を繋ぐ、心の結び目を手繰り寄せた。






           to be continue






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