第25話 覚悟

「あのが旅立ったのは、この宇宙と交わり重なるひずみ。何も存在しない処。存在してはならない処、淵。そこへ行くという事は、宇宙の記憶から消失するという事なんだよ。あの娘は、それを受け入れた」



 俺は馬鹿みたいに惚けたまま、立ち尽くした。

 心臓の底から、体が震えていた。


 皆から消えてしまった、ラオンの記憶。ラオンの居た、時間。

 ラオンの存在が、宇宙の記憶から消失する……?


 俺は間抜けな程ポカンと口を開けたまま、白衣の人を見詰めた。

 何でもいい。何でもいいから、救いを求めるように。


 情けねえよ、俺。告げられるまで、なんにも知らずに過ごしてた。ラオンの事、俺までまんまと忘れそうになった。悔しいよ、俺。



「……お願いだよ、何でもいいから、どんな小さくてもいいから、俺にできる事教えてくれよ!」


 ラオンにしてやれる事を。

 手遅れになる前に、追いつけなくなる前に。

 もう二度と、ラオンの事忘れたりしないから。ラオンの記憶を繋ぎ止めて、絶対に離さないから。もし俺自身が消えちまったとしても、絶対に離さないから。




「あの娘を追いかける。君にその覚悟があるんだね」


 白衣の人の声が、俺の内側に降り注いだ。


「そこへ旅立てば、その存在は宇宙の記憶から失われる。存在しなかった事になる。だから、あの娘の存在、記憶は人々から消失した」



《居なくなってしまうのは、僕一人で充分だから》



「その事実を聞かされた後、あの娘……ラオンは微笑んでそう云った。それでも探しに行くと決めた。失った、心の欠片を」


 ラオンは、その事実をどう受け止めたんだろう。たった一人で、あいつはそれを受け入れた。

 心の欠片……。

 それを取り戻した後、あいつはどうするつもりだったんだよ。

 皆に存在を忘れられたまま、一人でどうするつもりだったんだよ。


 ……俺だけでも、お前の傍に居たっていいじゃんか! そうだろ?

 俺は失って困るもんなんて何も持ってない。


 ラオン、お前以外は……。

 お前を失うのが、一番怖いんだよ!

 俺は、皆に忘れられたって構わない。お前と二人、一緒に存在忘れられちまうのも悪くない。

 二人で此処から存在しなくなって、気ままに宇宙を流れて行くのもいい。


 喩え愛する感情を取り戻せなかったとしても、一生付き合って探し続けてやる。

 お前が死ぬまで俺に恋心を抱く事がなかったとしても、俺がお前を好きだって事実は絶対に変わらねえよ。



 ラオン……。


 俺は、お前が好きだ。好きで堪らねえんだよ。



 だから……。




「俺は、必ずあいつの望みをもう一度叶えてやるんだ」



 白衣の人は、俺の出す答えを最初から知っていたように微笑み、頷いた。





         to be continue


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